第6話 副担任と攻略証

 ぐるりと天地が回転するような、飛行機に乗っていて突然エアポケットに落ちて椅子から体が浮くような、急な貧血で眩暈に見舞われたような、何とも言えない胃がむかむかする平衡感覚を失う感覚の後、周囲の景色が薄暗い玄室から明るい日の光の下へ変わった。

 朱塗りの鳥居が連なる先には、コンクリ造りの四階建ての建物がやや傾いた太陽の光を浴びて白く輝いている。

 あれは、校舎だな。

 するとここは、教師に引率されて入った迷宮門ゲートか。


「どうやら、外に放り出されたみたいだな」


「うむ、ここは見覚えがあるの」


 時計を見ると、大体40分ほど経っている。

 授業時間は50分だから、そのうち他の生徒たちも戻ってくるだろう。

 それまで暫くここで待っているか。


 門の近くにファミレスみたいな作りの建物があり、周囲には取り囲むようにベンチが並んでいる。

 腰を下ろすと、鈴鹿が両手を前に出してこっちを見ている。


「ん」


 わきの下に手を入れて持ち上げ、そのままくるんと体を横に回して膝の上に座らせると、真剣な顔で、下から見上げてきた。


「のう、ぬし殿よ」


「何かな、鈴鹿くん」


「全然強くなった気がしないのじゃが」


「奇遇だね、僕もだよ」


 結構な数のゴブリンを倒したが、ほとんど一撃で倒してしまったので、全然経験を積んだような気がしない。

 草刈りと大差ない状況なので、ゴブゴブ迷宮だと全然強くなれない気がする。

 これは別な狩場を探さないとな。


 考え込んでいると、退屈した鈴鹿が手首に着けたマジックバッグから取り出したお手玉をひょいひょいと投げるので、鈴鹿を抱えた手を反対の手首をスナップさせて、もう一度宙に跳ね上げる。

 鈴鹿が左手で一つずつ弾き、自分が右手で弾く。

 目の前に6つのお手玉が一つも落ちることなく乱舞する。

 速度が上がってきてお手玉が見えなくなってきた所で、迷宮門ゲートが突然発光した。

 鈴鹿がひょいひょいとお手玉を受け取って、袖口にしまう。


 なるほど、あんな風になっているのか。

 視線の先、数人の人影が鳥居の下に出現した。


 最初に出てきたのはスーツを着た線は細いが体感がしっかりしてバネがありそうで、動きやすそうに髪を短くまとめた若い女性、確か副担任だったか。

 心配そうな顔で辺りを見て、人数を確認すると一緒に出てきた生徒たちを門の外に案内している。

 全員が門から出たところで目が合った。


「あなたたち! 無事だったの!」


 こっちに慌てて駆けてこようとして、思い直したかのようにまた門の中へ入ってふっと消えた。

 すぐにまた門が光り、生徒を引率して副担任が出てくる。

 なるほど、ああやって生徒を連れ出しているのか。

 じゃあ、担任は最後に出てくるのかな?

 どうやら同時に門を通れるのは6人までらしく、副担任が5人ずつ生徒を連れ出している。

 6回目に出てきた時、担任も一緒だったこれで全部だろう。


 立ち上がって担任の方へと近付く。

 担任が、「誰だっけ、こいつ」と言いたげな表情を浮かべるが、副担任に何事かを囁かれて一つ頷くと、キラリと歯を輝かせて満面の笑みに表情を切り替えた。

 器用だな。


「お前たち……えーっと名前はなんだったか、まあいい、とにかく無事だったか」


「ええ、さっき飛ばされてきた所です」


「さっき?」


 一瞬眉根を寄せる担任。

 何かを言い掛けたところにチャイムが鳴った。


「ああ、授業終わりだな、お前……お前たちの聞き取りは副担任に任せた」


 そう言うと他の生徒たちに向き直る。


「よし、迷宮がどんなものか分かっただろう。詳しい話は授業でやるが今日はこれで解散!」


 疲れた顔の生徒たちが元気のない返事をして、三々五々校舎へと向かう。

 中には迷宮門をちらちらと見ていたり、こっちに視線を投げていたりする者もいる。

 何があったんだろうなあ。

 担任が副担任に何事かを告げると、副担任がこっちに走ってきた。


「話を聞きたいんだけど、今大丈夫?」


「ああ、平気ですよ。疲れることもありませんでしたし」


 一瞬目をむく副担任。


「そ、そう、それならいいんだけど……じゃあ付いてきて」


 門の横にあるファミレスみたいな建物に入っていくのに続く。

 中はカフェのようになっており、奥に横に長いカウンターがある。

 カウンターにはたくさんのレジっぽい物もあるし、壁には色々書かれたボードがあって、むしろファストフード店?

 でも、今はレジの一つにしか店員はいない。

 しかも、とても暇そうにしている。


 店員に片手を上げて挨拶すると、壁際のテーブルに向かう副担任。

 その後に続くが、鈴鹿が興味深げに店内を見ている。


「座って」


「はい」


 促されるまま奥のソファに座ると、横に鈴鹿がよっこらしょと登ってきて、向かい側に副担任も座る。


「コーヒーでいいかしら?」


「はい」


「いちごじゅーすが飲みたいのじゃ」


 鈴鹿を見てちょっと微笑んだ副担任が、懐から出したスマホを操作する。

 操作が終わるとスマホを横に置いてこっちに向き直った。


「えっと……稲瀬君だったわよね」


「はい」


「そうなのじゃ」


 鈴鹿が元気に右手を上げる。


「私はあなたたちの副担任の浅茅あさじよ。まず生徒手帳を見せてくれる?」


 浅茅先生か、覚えた。


 生徒手帳を渡すと、スマホをその上に乗せて表示された画面をじっと見ながら、あちこちタッチしている。

 その間に店員さんが鈴鹿の前にイチゴジュース、我々の前にコーヒーを置いて行く。

 ウィンクしながら身を乗り出すと、耳元にこそっと囁いた。


「新入生さん? ここは必ず使うから先生の話はしっかり聞いておいた方がいいよ」


「はい、ありがとうございます」


「頂きますなのじゃ!」


 鈴鹿がイチゴジュースにストローをさして一口飲む。


「美味しいのじゃ!」


「それは良かった」


 微笑む店員さんの横で、先生が突然驚いた声を上げた。


「ゴブリンとホブゴブリンを討伐?」


「え?」


 店員さんもちょっと驚くが、先生が何か言いたげな視線を送ると手を振って去っていった。

 遠ざかるのを確認して、興奮した様子で身を乗り出してくる。


「魔石を持っている? ほら、倒した後に残る石よ」


 懐のマジックバッグから適当に何個かつまみ出してテーブルの上に置く。

 どれもこれも米粒か豆粒ほどの小さな奴ばかりだ。


「ちょっと借りるわね」


 慌てて立ち上がると魔石を手にカウンターに向かい、店員さんがいるレジ横の機械に入れた。

 レジの表示を覗き込んで、眉を吊り上げ、ちょっと考え込んでから魔石を回収すると戻ってきた。


「本当にゴブリンを倒したのね。しかもこれレベル0迷宮としてはそこそこの魔力があるわ、どこに行っていたの?」


 どこと言われても、門を潜ったら突然鈴鹿と二人だけになっていて、通路を進んで階段を下って扉の先にいたオークっぽいのを倒したら門に飛ばされた、それだけだ。


「え、オーク? あの迷宮はゴブリンとホブゴブリンしか出ないはず……記録上もそうだし」


 スマホをポチポチしながら、あちこち検索して首を傾げる先生。

 そういやほとんどは鈴鹿が倒していて、自分が相手したのは打根術で倒したゴブリンと、扉の前にいたあれ、ホブゴブリンだったのか。


「奥の部屋の先に行ったのね?」


 頷きながら懐から鈍色のメダルを取り出して机の上に置く。


「攻略証! 本当に最奥部でボスを倒したんだ……」

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