第5話 迷宮下層とボス
「随分進んだな」
粗雑に岩を削っただけのような通路の先に階段があったので、降りてみた。
「ここは壁が滑らかじゃの」
手を触れてみると、確かにすべすべしている。
真っ直ぐな一本道の床近くの苔が発光して足元から照らされているのが、ちょっとオシャレな感じ。
まあ、ロマンチックには程遠い場所なんだが。
降りてすぐにいたゴブリンが魔石となって消える。
魔石も米粒から豆粒ぐらいになって、色も多少赤みが強くなった。
少しは強くなっているのだろうか?
『
そろそろ自分も手合わせをしたい。
人型の相手とは親との稽古以外ではやったことがないから、ちょっと試してみたい。
教師が言っていたが、迷宮のモンスターは生物学的な意味の生き物ではなく、迷宮から漏れ出ている魔力が形になったに過ぎない。
とはいえ、人に似た形をした存在を躊躇なく斬れるかどうか。
もちろん鈴鹿のために、立ち塞がる者は全て
「ぬし殿よ、そんなに焦るではない」
「焦っている? 僕が?」
「うむ、ぬし殿は焦ると右手の小指がぴくぴく動くのですぐ分かる。わしらはここまで来たのだ。どうすればいいかの筋道も付いた。後は堅実に進むだけよ、そこまで焦ってわしを成長させなくてもよいぞ」
「……しかし」
鈴鹿がそっと手を触れてくる。
「このがっこうとやらには何年も通わねばならぬのであろ? ゆっくりと楽もうではないか」
ふっと息を吐いて肩の力を抜く。
そうだな、どうすればいいか分かってから、妙に焦っていたかもしれない。
まずはこの非日常である迷宮を楽しもう。
親父が言っていた、「迷宮に飲まれるな、平常心を保て」と。
迷宮では安全マージンを十分に取って、まだ行けると思った所で戻るのが大事だとも。
今の状況は安全マージンとかそれ以前だけど、平常心は失っていたな。
平常心平常心と唱えながら通路を進むが、こんな時に限って何も出てこない。
さっきの一体だけだ。
しかも上の階の入り組んだ通路とは違って、ひたすら真っ直ぐに道が続いていてゴブリンが隠れていそうな場所も横道もない。
まだ行けるも何も、判断のしようが無いから進むしかないじゃん。
出口も分からないし。
あまりにも何も出なくて歩き飽きた頃に、やっと何かが見えてきた。
「む、少し大きいのがおるようじゃな」
今までの無味乾燥な壁とは異なり、粗雑な装飾が施された扉の前に
大柄と言っても、今までのゴブリンが小学生程度だったのが、中学生になったぐらいだが。
「今日はまだ一度も刀を抜いていないんだ、どの位の強さか試してみたい」
鈴鹿が呆れた顔を浮かべる。
「仕方ないのう、危なくなったら助けに入るぞ」
「ああ、頼りにしている」
懐の『
親父から渡された三尺三寸(約100㎝)の大太刀、鳥居反りの大切先に鎬高く身幅広く、重ね厚く柄も一尺二寸(約36㎝)と長く、ひたすら頑丈さを追求して実戦向きだが、2㎏を超えており普通の刀の倍以上の重さだ。
正に『壊れじ』との概念を突き固めたような姿をしている。
如何なる時も決して折れず曲がらず砕けず、刀としてあり続けるだろう。
ベルトに鞘を通し、僅かに肩を捻って抜く。
「ガアァァァァァ」
こちらに気が付いたゴブリンが威圧するように叫び、
対して緩やかに刀を引きながら左足を半歩前に出すと体が自然にやや斜めとなり、刀が体で隠れる。
ゴブリンが一歩踏み出し、斧槍を上段から振り下ろそうとして左手が下がった隙をついて、こちらも踏み込むと同時に素早く刀を斜めに首筋へと繰り出した。
豆腐でも切るような軽い手応えの後、くるくると跳ね上がった首が宙を舞い、体が地面に向かって倒れ、どちらも床に届く前に粒子となって消滅した。
「何と他愛無いことよ」
「蜂の方がよっぽど手強かったな」
鈴鹿がぽてぽて歩いてきて、かなり赤みが増した魔石を拾い上げる。
「多少は妖力が籠っておるの。とはいえ、気休め程度じゃな」
「そうか」
地面に落ちていた
2mほどの柄の先に30㎝ほどの槍の穂先と左右に斧と鉤が付いた武器で、突くだけではなく、切る、叩く、鉤で引っ掛けると多彩な使い方が出来るがそれだけに熟練が必要だと、鍛錬の時に『お袋』が言っていた。
さっきのゴブリンは使いこなせていなかったようで、長柄武器の利点であるリーチの長さを全く活かさず、無駄に大振りをしていた。
そんなのは近寄るチャンスでしかない。
「これは貰っておくか」
「武器よりも、道具として便利そうじゃな」
「何かを壊すとか、どこかによじ登るのに使えそうだ」
武器としての質はそこそこ、さっきまでのなまくらなゴブリンの剣や槍よりは多少ましな程度だ。
さて、この扉を開けると何が出てくるか。
ゲームならボス部屋って所だろうけど。
「開けるぞ」
何かの金属で出来ていそうな蒼黒い重そうな観音開きの扉に手を触れると、僅かに軋んで奥へと開く。
一歩足を踏み入れると、予想通り広いホールになっていた。
武道場ほどの広さと高い天井、今までの廊下に比べると壁際の燭台の僅かな光しかない薄暗い石造りの室内。
奥に何かが待ち構えているのが見える。
まあ、言うまでもなくボスだろう。
中ボスか大ボスか知らないが。
背後でゆっくりと扉が閉まる。
同時にボスの周囲が明るくなった。
「グォォォォォォォ!」
今までと比べると、格段に力強い威嚇するような咆哮が響く。
緑灰色の肌に太い綱を縒り合わせたような筋肉が盛り上がり、大人よりも頭二つ分は高い位置にある粗雑な造作の頭には濁った血のような金壺眼と耳まで裂けた巨大な口から薄汚れた二本の牙が突き出し、骨を束ねた装飾品を首からぶら下げ、動物の毛皮を腰回りに纏い、ヴァイキングが持っていそうな巨大な戦斧を振りかざした姿があった。
「あれはオークだな」
「おおく? 倒してもよいのだな?」
「ああ、いいぞ」
威嚇に対して平然としているのが気に食わないのか、ボスオークが奥から突っ込んでくる。
「舞え
「「あ」」
一撃でオークの首が落ちた。
弱い、弱すぎるぞオーク。
完全に見かけ倒しだった。
黒い粒子になって消えて、戦斧と爪先ぐらいの小さな魔石だけが残った。
「うわ、魔石もショボい」
「雑魚であったな。大して妖力も籠っておらぬ」
魔石を手に、呆れた表情を浮かべる鈴鹿。
さっきまで何もなかったはずの部屋の奥に、妙に小奇麗な木箱が転がっているのに気が付いた。
「宝箱か?」
「どれ」
鈴鹿が無造作に開ける。
中から何かが飛び出したが、鈴鹿が僅かに首を傾けたので、こちらへ飛んできた。
とっさに手でつかみ取ると、手のひらより長い棒手裏剣だった。
罠なんだろうが、『母さん』が教えてくれた竹罠の方がよっぽど危険だったな。
「ぬし殿よ、これは何だと思う?」
箱の中を覗いていた鈴鹿が振り向いて手招きをしている。
近寄って覗くと、小さな鈍色のメダルのようなものが二つ入っていた。
コインか?
「良くわからないな、後で誰かに聞いてみよう」
拾い上げて一つを鈴鹿の手の上に乗せると、突然奥の壁からガコンと鈍い音が響く。
「何じゃ?」
見ると、僅かに石壁から光が漏れており、手を触れると壁が奥へと開いた。
どうやら先に進む道らしい。
鈴鹿と警戒しつつ入ると、足元が突然光った。
「え?」
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