第3話 泉開坂迷宮学院


 泉開坂せんかいざか学院は、富士山の麓、人里から遠く離れた富士樹海の中に位置している。


 鈴鹿と一緒に電車を乗り継ぎ、指定された駅に到着して送迎バスに乗り込む。

 知らない景色が続くので、鈴鹿は楽しそうにずっと窓にへばりついていた。


「人間ってのは沢山おるんじゃのう……」


 最後には目を回していたが。


 持ち込みが許された荷物は、学校指定のボストンバッグ一つと、事前に送った段ボール箱一つだけ。

 と言っても、ボストンバッグは鈴鹿がすっぽり入るほど大きいし、実際入った。

 入っているのは着替えや洗面用具なんかの身の回りの物だけなので、中身はほとんど空気でスカスカだ。

 送迎バスの中は、同じ年頃の男女が緊張した面持ちで座っており、中には鈴鹿を見てびっくりして、その後も気になるのかチラチラとした視線を感じる。

 

 幹線道路から外れ、富士の樹海の中に続くどこまでも真っ直ぐな一本道を進み、同じ景色に飽きた頃に突然広い空間が出現した。

 樹海の中にぽっかりと木のない土地があって、高くて長い頑丈そうな塀が続いている。

 道の先には大きな門が一つだけあり、静かに開いた門にバスは吸い込まれていく。

 門を抜けるとロータリーと守衛所があって、先には二車線以上もある真っ直ぐな道路が続き、奥の方に取り立てて特徴が無い鉄筋コンクリート造りの建物が並んでいる。

 何となく、自衛隊の基地っぽい。


 塀に沿って横の方にも道が続いており、そこにはドラッグストアやファミレスっぽい入り口にたくさんの幟を出した建物が見える。

 商店街っぽいが、何で学校の敷地内にあるんだろうか。

 完全全寮制で、どこかに行くのにも車が無いと絶対に無理なので、必要なものが調達できるようにという配慮なんだろうけど。


 何となく、何もない所に塀で囲まれているのが、実家にちょっと似ている。

 スケールは、何十倍も学校の方が上だが。

 

 指定された寮に入ると、荷物が届いていた。

 テープを貼り直した跡があったので、荷物検査がされたのだろう。

 まあ、見られて困る物など何も入っていないんだけど。


  ×  ×  ×


 入学時のオリエンテーションで驚いたが、学院ここの迷宮で戦いを繰り返せば精神階位レベルが上がって強くなれるそうだ。

 まず、この現代に迷宮があると聞かされて耳を疑った。

 更には経験値とレベルまであるとは。

 ここはゲームの世界だったんだろうか。

 前世の記憶とか無いし、転生トラックに轢かれた覚えもない。

 しかも、迷宮職クラスもあるという。

 学生とかアルバイターなんかではなく、まさしくゲームのように戦士とか剣士に魔法使いとか、そう、信じがたいが魔法もあるのだと。

 まあ、今思えば『ママ』の電撃ビリビリは魔法だったんだろうが。


 入学したばかりの今は迷宮職クラスが無い初心者ノービスだが、特定の条件を満たせば職を得て、成長させていけば上級職になれる。

 ますますゲームっぽいけど同じことを考える新入生が多いのか、わざわざ「ゲーム世界ではありません」と副担任が言っていた。


 迷宮職クラスの中に坂上田村麻呂が任命された征夷大将軍があるとは思えないが、神話再現のためには少なくとも将軍、あるならば大将軍にならねば。


 学院の先輩である親父と母親たちは、入学前に色々アドバイスやアイテムをくれた。

 『ママ』から貰ったメモによれば、将軍になるには単に武力に優れているだけではダメで、多人数を指揮して複数回の強襲級レイドボスを倒さねばならない。

 その上、戦闘班チームを複数作って、自分に従う旅団ブリゲードにする必要がある。

 チームでもパーティーでもクラブでも呼び名は何でもいいが、とにかく仲間を集めて組織化しないと。


「人を集めるのは面倒だな」


「ぬし殿は人付き合いが苦手じゃからの」


「田舎育ちだからな。個人的にはこうやって鈴鹿と二人が気楽なんだけど」


 小学校の時の失敗で、人と仲良くなるのは苦手なんだ。

 人気の話題は知らないし、何を話したらいいのか、一般常識もずれているんじゃないかと、悩みは多い。

 

 こうやって悩んでいる間も『小通連しょうとうれん』は律儀に回り続け、ゴブリンは石を落として消える。


 前よりはちょっと赤みが増したような……気のせいか?

 魔力とか妖力とか言い方は色々あるが、この石は魔物が持つ超常の力の源であり、魔物の体内で共に成長するという。

 長く迷宮に棲みついて魔力を大量に摂取した、存在強度の高い魔物ほど大きく、かつ色も濃くなっていく。

 正しくは魔妖奇石まようきせきとか言うらしいが、面倒なので普通は『魔石』と呼ばれている。


 本来人間が使えないような超常の力を振るったり、奇跡のような力を発揮したり、迷宮から出た世界を変えるようなアイテムを維持するために必要だとか。

 どんなに小さくとも学院が買い上げてくれるので、生徒は集めるのを強く推奨されている。


 この辺りも実にゲームっぽいが、本当にゲーム転生じゃないのか?


 『ママ』のメモには、他にも神話再現の必要条件が書いてあった。

 細かいことは省くが、重要なのは自分の刀を「鬼切」と呼ばれるほどに育て上げるか、何とかして手に入れて、鈴鹿の残りの二振りの剣を揃え、協力して強襲級レイドの鬼神を倒さなければならない。

 大事なのは、鬼神を倒して刀を「鬼切」にするのではなく、「鬼切」によって鬼神を倒すことだ。

 つまり、複数の鬼神を倒さなければならない。



 また一つ、ゴブリンの死体が消えて、魔石が残る。


 そういや、家の蜂とかはこんなの落とさなかったし、死体も消えなかったな。

 お陰で、巨大兎はちょくちょく食卓に上がっていた。

 鶏肉のようにあっさりしているのに、濃厚な旨味があってプリプリしていて、煮ても焼いても美味しかった。

 蜂の死体処理は大変だったが。


 実家の周囲も訳の分からない生き物が出没していたが、副担任曰く、迷宮にはもっと謎の生物、厳密な意味では生物ではなく迷宮が作り上げたフェイクだが、それが今のゴブリンのように迷宮がある限り出現し続ける。

 そして、国内の迷宮全ては国が管理し、学院ここに候補者を集め、迷宮探索のやり方やモンスターの倒し方を教えて、魔石や資源を回収する人間を育成し、卒業後は探索員や学院で働いたり、軍隊、警察に入って迷宮調査や討伐を行ったりさせる。

 こうした流れが少なくとも父親たちが学生だった頃には、恐らくそれよりもずっと以前から続いている。

 世界中にも似たようなシステムがあるが、国によっては管理が追い付かず、周辺住民が好き勝手入っていたり、逆に軍隊が組織的に管理をしていたりもするそうだ。

 

 副担任から説明を受けるまでは、迷宮の存在なんて今まで聞いたことが無かった。

 生徒は親や教師の伝手で集められているが、それでも1学年10クラス以上の人数は集められるほどの秘密ネットワークがあるのだろう。


 そんな泉開坂せんかいざか学院は、『ママ』曰く本来の名は『黄泉平坂よもつひらさか』で、つまり異界あのよへの道だとか。

 迷宮は誰が何のために作って、どこに繋がっているのかは誰も知らない。

 本当にあの世に繋がっているのかもしれない。

 神話再現に成功して鈴鹿が25歳になったら、黄泉の国に殴り込みを掛けて取り戻さなければならないので、その下準備が出来るのなら手っ取り早いな。


「のう、ぬし殿はひょっとして割と脳筋だったりするのか?」


 どうやら思考が口から洩れていたらしい。

 鈴鹿が呆れ顔でこっちを見ている。


「そりゃ、あのクソ親父の息子だからな」


 脳筋上等、最後はレベルを上げて物理で殴れば何とかなる……はず。

 まあ物理反射とか物理無効の相手だったら、対策を考えないとならないが、基本は力こそパワーだ。

 親父曰く「鍛えればあらゆる存在を切れる、霊魂だろうと神だろうと」だそうだし。


 歩みに合わせて『小通連しょうとうれん』は回り続け、作業のように落ちては消えるゴブリンの首。

 後に残るのは、代わり映えのしない粗末な武具と妖力のほとんど籠っていない小さな魔石。

 淡々と懐の巾着袋きんちゃくぶくろへ放り込む。

 入学が決まった時に『お袋』が、「昔使っていた物だ」と言って渡してくれたファンタジーの定番『魔法拡張収納袋マジックバッグ』だ。

 寮に持ち込む荷物も入ったし、今もこうやって便利に使っている。


 ついでに飴を取り出し、鈴鹿に渡す。

 鈴鹿の好きなイチゴ味の棒付きキャンディーだ。

 もごもご食べながら、弓を撃ってきたり魔法っぽいのを使うゴブリンの首を落とす鈴鹿。


「ごぶりんとか言う異国の小鬼ばかりじゃな」


「神話再現には向いてないかもしれない」


「他に行った方がいいのではないか?」


「規則で、ここを踏破するまでは他には入れないんだってさ」


「面倒じゃのう、ならさっさと進むとするか」


 鈴鹿が躊躇なく先に進む。

 後を追うと横から突然矢が飛んできたので左手で掴み取り、反対から来た小さな火球を右手で握り潰す。

 ゴブリンが左右から挟み撃ちを狙ったようだが、無駄だったな。

 打根うちね術という戦い方がある。

 弓使いの『母さん』が教えてくれた矢を槍代わりにする格闘術だが、至近距離なら手裏剣のように手で飛ばすことだってできる。

 力の籠っていないヘロヘロ矢程度、受け止めるのも楽勝だ。


 左の通路に隠れていたゴブリンの首に深々と投げ返した矢が刺さった。

 同時に右のゴブリンの首が落ちる。


「すまぬの、気が付かなかった」


「あの位、大したことないよ。刀を出すまでも無かった」


「む、では先に進むか」


 しかし、他のクラスメイトに全然会わないな。

 今日はお試しと言うことで、クラス全員で迷宮門をくぐったはずなのに、気が付いたら他には誰もいなかった。

 まあ授業前に担任が「まれにはぐれることがある」と言ってたから、それだろう。

 大体鈴鹿で全部片付く程度の雑魚しか出てこないノービス用の迷宮だ。

 授業時間が終わると自動帰還が働いて外に出られるらしいから、行ける所まで行ってみよう。


 自分と鈴鹿の前に立ち塞がる者は、何であろうと鏖殺してくれよう。

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