気体師匠が分からない
藤泉都理
冷たい温かい
温めたら膨張し、冷やしたら圧縮する。
無理やり膨らませると冷えて、無理やり縮めると温まる。
温かかったら、機嫌が良い。
冷えていたら、機嫌が悪い。
気体を操る糸目のこいつは終始無表情で機嫌が良いのか悪いのかが分からなかったが、こいつの師匠から近づけば分かると教えられてから、それを基準に判断していたのだ。
近づけばとても冷えていたので、とても機嫌が悪いのだと師匠であるこいつに近づかなかったのだが、やたらこいつが近づいてくるのだ。
機嫌がとても悪いと近づくのか変なやつだなそれとも何か不平を言いたいのか。
そう思ったので、ちょっと我慢して留まっていたが、何も言わないしあまりに冷たいのでさらに機嫌が悪くなるのを承知で買い物に行って来ると言うと、ついて行くと言い距離を縮める。
冷たい冷たい冷たい。
近づくなと叫び蹴り上げて天へ飛ばそうとしたが、足ごたえなし。
ぜんっぜん。
そうだこいつは気体みたいなもんだと分かっていても、きいっとなって地団太を踏んでもう一度近づくなと言って蹴り上げれば、暴力はだめだと至極常識的な事を言われてまたきいっとなった。
「どうして暴力を振るったんだい?」
「あんたが冷たいからだい!」
「え?冷たい?」
「そうだよ冷たいんだよすっごくどうして機嫌が悪いのか知らないけど言いたい事があるなら言えよ莫迦師匠!」
「機嫌が、悪い?」
首をゆっくり傾げるこいつを睨みつける。
「私は機嫌が悪くないよ」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないよ。むしろめちゃくちゃ機嫌が良いんだよ。いいお酒が入ったからね。だから、君の買い物にも一緒について行って美味しいおつまみを買おうと思ったんだよ」
「え?だって。あんた、冷たいぞ。すっごく」
「え?冷たい?」
首どころか身体も傾げるこいつに事情を説明すると、ああとゆっくり頷いて、身体と首を真っすぐにして言ったのだ。
温度を当てにしないで直接機嫌が良いか悪いか訊いてほしいと。
目を丸くした。
そんなの察するもんだと思っていたからだ。
じゃあそうしようと思ったが、すぐに思い直した。
「いや訊けないだろ?」
「う~ん。そうだなあ。うん。じゃあ、今日はとりあえず機嫌が良いから。でも、温度は調整できないから近づかないよ」
「おう。じゃあ、行こう」
「うん」
色々と納得はしていないけど、考えるのは面倒だったので放っておく。
今は。
離れていても冷たく感じたが、離れろよとは言わなかった。
まあ、今だけは。
(2023.1.3)
気体師匠が分からない 藤泉都理 @fujitori
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