第13話 遠き辺境には鬼が住むか貴婦人が住むか

 メイリン嬢に手を引かれ案内されたのは、アルバート家女性用の方の部屋だった。

 いつの間に会場から抜けたのか、先代と現伯爵夫人の他に、おそらくアルバート一門の主だった女性陣が揃っている。

 年経てもなお衰えない金髪に白皙の美貌の軍団に迎えられて、少々居心地が悪い。

 居並ぶ方々に笑顔で迎えられたけれど、座りの悪い思いで進められた席に着く。

 

(一体これから何をされるのか…)


 引き攣りそうになる頬を必死に制御しながら、自己紹介と初対面の挨拶をする。


 「エルリンデ様、お会いしたいと思っていました」


 口を開いたのは先代伯爵夫人のマクミラン様。ここには現伯爵夫人のモーティア様もいるけれど、どうやら完全年功序列らしい。


 「…上手くやりましたね」


 にっこりと年輪の如く刻まれた皺の向こうに、深い知性を宿した瞳をいたずらを成功させた子供のように煌めかせてマクミラン夫人が笑う。

 たった一言なのに、思い当たる節があるだけにギクリと肩が跳ねかける。


 「賢い貴女ならご自分の家庭がどれだけいびつかよくよくご理解していたはず。女にとって家から抜け出す術が限られていることも」


 廃嫡してのちの王太子に公爵家次男のカーネリアンがなることも、そのカーネリアンには婚約者がおり破談にするつもりがないことも、そもそも婚約者ではなくすでに『妻』であることも。全ては半年前の話し合いでアルバート伯爵よりもたらされたのであろう。

 そこから立った半年でお隣とはいえ別の国の貴族の家庭事情を、遡ってまで調べ上げたと言うこと。それも、真反対に位置する領地の女性が。

 改めて、彼の領地が情報戦で生き抜いてきたのかが伺える。

 何より、私の読み通り。

 たまたま先代伯爵が活躍し英雄視されたため、武断で収めているイメージになっただけぽいな。


 「こんなに頭の良い姫君、できればうちの子に欲しかったけれど…次代を担うお方になられるのだし、国のためなら同じことよね」


 (ただの公爵家次男で補佐官だったらどうなっていただろうか?離婚させられていた??)


 いや、いくら何でもそこまでの影響力はないだろう。他家に嫁いだ令嬢を無理矢理に離婚させ、自領の男と再婚させるなんて離れ技も良いとこだ。


 「何でも、カーネリアン様は離縁させるなら全て捨てて出ていくとまで陛下とお約束したのだとか…」

 「あら嫌だわ。凄くロマンチック!!」


 メイリン嬢とその母である現アルバート伯爵夫人のモーティア様が、まるで恋バナにときめく女子高生みたいにキャイキャイとはしゃいだ声をあげる。


 「あの王太子が即位する未来に光はないと思いつつも、我がアルバート家は王家と王国に忠誠を誓った身。地獄まで行く覚悟をしていましたが、寸前で光が射してようございました。日々、祈ってみるものですね」


 控えの間にくすくすと笑い声が響く。


 「お察しの通り、アルバート家は代々女系の家門。爵位こそ男児が継ぎますが、その実質は夫人が納めています。後継である2人の相手も決まっていましたが、メイリンの嫁ぎ先だけが難航していて。」


 つまり、お頭担当の嫁の手配は済んでいたけれど、そろそろ血族外の血が必要だった。

 そこでメイリン嬢が推す騎士団長は、なるほど確かに条件には合致する。が、しかし如何せん爵位が低くかなりの歳の差。

 彼女たちにとっても王太子との婚約は渡りに船で、よう感じに娘の評判に瑕疵でもつけてくれれば万々歳だったと。

 知らぬは男たちばかり、か。


 「英雄英雄と持て囃されて、少し調子に乗っていらっしゃったみたいでしたので。しっかり叱っておきましたので。今回はご迷惑をかけてしまってごめんなさいね」


 どうりで宴会場で見かけた先代様は噂と違って大人しいと思ったら…。

 しっかりギッチリと怒られたらしい。頭脳担当の言うこと聞かずに手足が動いたら、そりゃ怒られるわな。


 「それと、教会預かりになった彼の国の光属性の少女ですが…」


 婚約騒動の話で終わりかと思って、緊張で乾いた喉を潤そうとティーカップを手を伸ばした時、マクミラン夫人が声を顰め話し始める。


 「わたくし共の方でも定期的に様子を見ていきましょう。何かと懸念していらっしゃるようですが、今のご身分では頻繁に探るのも限界がございましょう?」

 「ご実家の方になぜかご執心だったと聞いていますよ」

 「例え飛び出したご実家でもさぞご心痛だったでしょう?」


 正直舐めてた。まさかそこまで把握されていたなんて!!

 しかも驚くべきことに、私この部屋に入って挨拶以外で口を開いていない。全て彼女たちだけで話が進んでいく。まぁ、圧倒されて何もいえないって言うのもあるけれど。


 「エルリンデ様。我がアルバート家は今後もより一層の忠誠を王家と王国に捧げていく所存です。どうか末長く、モーティアとメイリンをお可愛がりいただけますようお願いいたします」


 最後の締めくくりのように、マクミラン夫人が立ち上がり頭を深く下げる。

 これは貴族同士の礼ではなく、目上の人間に対する全面服従を表すに等しい行為だ。

 同じように、モーティア夫人やメイリン嬢。他のアルバート家のご婦人方も立ち上がり私に向かって深々と頭を下げる。

 つまりは、これは王太子…いや、王妃の目であり手足にもなる家門から認められたと言うことに他ならない。


 「謹んでお受けします。こちらこそ末長くよろしくお願いします」


 私は、手に取ったままだったティーカップに口をつけ、座ったまま答えた。

 純然たる日本人の私としては、思わず立ち上がって同じように頭を下げてしまいたくなるけれど、彼女たちは『王太子妃』あるいは『未来の王妃』に頭を下げているのだ。

 忠誠を誓うとか何とか言いながら、これもまた試し行為の1つに他ならない。

 狼狽えては失格だ。

 その証拠に、満足そうに笑う老獪な視線の奥は一欠片も笑ってなんかいない。

 それもそのはず。実際に私に仕えることになるのは現伯爵夫人のモーティア様か息子の嫁&メイリン嬢だ。マクミラン夫人は今は王妃に仕えていて、つまりこれは王妃からの試験でもあったのだ。

 普段から気さくでお優しい方だけれど、妃教育は半端なく厳しい。多分、過去2回の王太子の婚約者と言うアドバンテージがなければ早々に脱落していた。


 (まさか、仮初かりそめとはいえ自分の息子の婚約式前夜の宴でまでテストしてくるなんてね…)


 タイミングよく扉がノックされ、メイリン嬢の兄2人とカーネリアン青年が迎えに来る。

 時間にしてどれくらいだったかわからないけれど、精神的にはとんでもなく疲労困憊している。

 よろよろと椅子から降り歩く私を心配して、抱き上げるカーネリアン青年に部屋にいる貴婦人方から控えめな黄色い声が上がる。


(そう言えば、恋バナめいた話も一瞬してたっけ)


 目まぐるしく話が流れていった上に、最後の最後にあった圧迫面接のせいで全ての会話が記憶の彼方に飛ばされた気分だ。

 結局、そのまま抱えられて会場に戻り義父母や義兄に『顔色が悪い』『疲れ他でしょう』『もうおやすみ』と言われ、私のウキウキ夜更かしは終わった。

 久しぶりの夜会の空気をもっと楽しみたかったのに!!




 翌日の婚約式はそれはそれは盛大なものだった。

 参列した人たちは口々に『これは結婚式も楽しみですね』『花嫁姿が楽しみです』とこれ以上に規模が大きく大袈裟な結婚式を望むものだった。

 つまり、私はカーネリアン青年と結婚式するときは、今回かそれ以上のことをしなきゃ『見劣りしたね』と言う評価を下されると言うこと。

 あの!美少女のメイリン嬢以上の晴れ姿じゃないといけないとか、どんだけハードル高いの!?

 仮にもクソでも乙女ゲームのライバル悪役令嬢だったキャラなので、デザインはヒロインと張れるくらいに凝られて入るけれど…世界は広いんだよ。

 ちなみにカーネリアン青年の方に関しては心配していない。婚約者(妻)の贔屓目に見ても、王太子よりも男前度は数百段上だ。

 概ね好意的な感想の中に、『これで王子も少しは落ち着いてくれれば良いね』と今後に向けての布石を落とす。

 誰が言ったかは群衆の中に紛れて判別できないけれど、落とされた一言は波紋のように広がって今日のうちに王都中に広がり、いずれは国中にまで波及していくだろう。

 民衆は王太子の更生を英雄の孫娘であるメイリン嬢に託した、と。


 婚約式を終え、前日の親族限定時以上の規模の宴が行われる。

 腕を組み並んで入場した本日の主役は、またもや個別に引き離されてそれぞれで挨拶まわり。

 普通、主役2人が並んでいないのを指摘する人間くらい出そうだけれど、互いの親族の何としても接触させないと言う気迫で口をつぐむ。

 私たち公爵家…と言うか、主に親族は今日は早くに引っ込む予定なので国王夫妻とアルバート伯爵夫妻、王太子とメイリン嬢にそれぞれ挨拶をした後は少しの貴族たちに声をかけて宴を後にする予定だ。

 その為に前日に別で宴が設けられている。今日は主役の2人を国中の貴族へお披露目し顔を繋ぐのが目的の宴だ。

 なので昨夜のように親族でガチガチにガードすることは出来ない…と、王太子本人は思ったのだろう。

 何せ昨夜は兄2人や両親に阻まれ近づくことは愚か、目線を送ることすらできなかった。(先に兄たちに気付かれニコヤやかにガードされていた)

 寝室も王太子妃用にあつらえた部屋ではなく、母親と寝ると言って肩透かしをくらいおあずけ状態。

 しかし、今日こそは婚約式も終えいよいよ好きにできると考えているのだろう。昼間の婚約式からずっと、下心が丸見えで伸び切った鼻の下が緩みっぱなしだ。

 垣間見たドレスの胸元から見た谷間や白い肌、括れた腰から豊かに張った尻を撫で回す妄想でもしていそうな顔だ。

 だがしかし!当然ながら、そんな淫らがましい夜は訪れない。

 公爵家は私と言う未成年で未就学の子供がいるのでどの出席者よりも先に帰り見ることはできなかったが、大人が帰るにはまだ早い時間あたりに英雄である先代伯爵(老公)が倒れた。


 老いても未だ現役気分で、実際に体も丈夫なことが自慢な老人らしいから、弱った演技は大層プライドを傷つけられるでしょうが…『これは罰ですから』と、笑っていたメイリン嬢の笑顔が昨日のことのように思い出す。

 実際に見たのは半年も前なのに、少しも色褪せない。美少女の怒り混じりの微笑みのなんと恐ろしいことか。


 苦しそうに胸を抑えよろよろと歩く祖父を心配し、メイリン城は付き添い退出。

 そして、そのまま他のアルバート家の者たちと一緒に祖父の泊まる客室そばの控えの間で夜を過ごし、翌日は付き添いながら領地に帰って行った。

 2夜続いて空振りの夜を過ごした王太子は大層憤ったが、逆に父王に『嫁の心配よりも己の欲を優先させるか!!』とご尤もな一喝を受け臍をまげ、見送りにも出てこなかったとか…。

 どこまでも自分を貶すことがお上手ですこと。

 こうして、メイリン嬢は後の汚名だけを手にする未来を得て、見事にその純潔を守り切って帰っていった。

 次に会うのは事件の起こる2年後の王太子の誕生パーティーだ。

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死にたくないので結婚します〜ヒロインのせいでバカになるなら、シナリオなんて無視してさっさと嫁がせていただきます!!〜 椎楽晶 @aki-shi-ra

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