第12話 身分に差あれど恋せよ乙女

 ここ数日に渡り喧々諤々けんけんがくがくと繰り広げられてきた話し合いは、メイリン嬢の告白により一応の終止符が打たれることになった。

 まさかの娘の告白に、嫁入り先をしっかり吟味していたつもりのアルバート伯爵は燃え尽きたような顔になってしまい、幾度もカーネリアン青年と壮絶な舌戦を繰り返してきた人物には思えないほどにしなびてしまった。

 目に入れても痛くないほどの愛娘は初恋の騎士団長(45歳)と結婚を望み、おそらく妻もそれを認めていて手を回し成人を目前にしても恋人も婚約者もいなかった。

 彼自身はこれを不審に思わなかった。きっと不審に思われないような理由がしっかり用意されていたのだろう。

 これは後から聞いた話だけれど、アルバート伯爵夫人は分家の出身らしいが、その母親は英雄と称されている先代の母の妹。伯爵夫妻は従兄なのだとか。

 …英雄の才覚は実は女系遺伝なのかもしれない。


 「領地に帰り、早速あの方に告白したいと思います。」


 と、成功を確信している顔で父を従え部屋を出て行ったメイリン嬢を見送り、これで王太子の婚約話は一応の決着となった。


 「いや〜これだから本当に女性は恐ろしい」

 「全く、全く。メイリン嬢の列席は夫人たっての要望でしたが、こんな隠し玉だったとは…」


 冷や汗を拭う仕草をしながら椅子に深く座り直した義父に、新しいお茶を淹れながら宰相が相槌を打つ。

 なるほど、やっぱりメイリン嬢の初恋とその成就は母親も織り込み済みか。知らぬは父親ばかり、と。

 そしてまんまと王家の内部事情を回収され、利用され、弱みとして握られてしまった。

 なんとなくだけど、伯爵家が『辺境伯』となり英雄とまで呼ばれるようになった経緯が読めた気がする。

 ああやって代々の女性陣が軍師よろしく影に日向に活躍していたのだろう。

 前線で戦う殿方の気持ちを損なうことなく、疑われることなく。しかし、利益は最大限に得られるように。

 その戦歴に見合う名声によってここ数代は貴族家門からの嫁入り婿取りが続いていたせいか、女児の出生率が落ちてきていたのだろう。だから、今代ではメイリン嬢しか直系の娘がいなかった。

 そこで一計を案じたのが伯爵夫人。

 メイリン嬢が望む相手は、平民出身でありながら叩き上げの実力で子爵位まで上り詰めた人。その実力と、濃くなりすぎた血を薄めるためにこれ以上にない逸材だったに違いない。

 でなければ、いくら愛娘が初恋を成就させたいと願っても、夫人が手を回してまで婚約を先延ばしにし続けている理由がない。

 廃嫡された王太子の婚約者だったと言う評価は彼女にいつまでもついてまわる。

 しかし、それも話のタネに登るウチは、だ。

 廃太子と同時にカーネリアン青年の立太子式も行われることになっているので、話題はそのまま王弟公爵の次男の王家への養子縁組と立太子及び、その婚約者である異国出身の令嬢が婚約を続行しいずれは王太子妃、そして王妃へとなると言う話題に変わっていく。

 一方のメイリン嬢のその後は、自領で活躍した騎士団長とは言え50歳を目前にした引退も近い男寡に嫁ぐ。そのまま領地から出てくることもなければ忘れられていくだろう。

 英雄の孫娘への仕打ちとして世間は同情するかもしれないが『英雄の孫娘でありながら、更生させることができなかった令嬢』と言う評価になるように操作するのだろう。

 老公としては自分の孫娘に対しての仕打ちに憤るだろうが、愛国心や忠誠心からのこととはいえ、先走り婚約(予定)を公表してしまったのだから罰として甘んじて受けてもらおうと言う流れになった。

 その辺りの説得は『父が請け負いますのでご安心を』とメイリン嬢は言っていたが…恐らくだけど、これは伯爵ともども女性親族からの実質吊し上げだろうと予測している。




 半年後。

 王都にある1番大きな神殿、中央大聖堂で王太子とメイリン嬢の婚約式が行われる。

 主に王族の冠婚葬祭の行われる神殿で、国王の戴冠に次いで大きなイベントが王族の結婚式だ。

 今回は『婚約式』だけれど、何せどれだけ悪評が流れようと一国の王太子の婚約式。しかも、相手は英雄と名高い先代辺境伯を祖父に持つアルバート伯爵令嬢。

 お祝いの宴に集まる貴族の数はそれこそ国中からだし、参列する親族の数も大きな神殿の席全てを埋める予定だ。

 クロード公爵家は王太子にとって叔父一家になるので、その息子の嫁である私もかなり近しい位置で出席予定。

 その関係で、婚約式の前夜にある親族の顔合わせを兼ねた『親戚だけの宴』にも参加をしている。

 普段は、まだ貴族学園にも入学していない身分なので夜の催しには出席できないが、冠婚葬祭は例外。

 あまり遅くまではいられないが、気分としては久しぶりの、今回の転生ではほぼ初めての夜ふかしに少しだけテンションが上がる。

 

 乙女ゲームの世界が元になっているだけあって、この世界の人間の髪も瞳も多種多様でいかにもファンタジーな配色になっている。

 虹の七色プラス白、黒、金、銀。単色だけでなく混じったりもしていて、まさに千差万別。

 ただ、ある程度の配色は遺伝で固まるので髪色や目の色で一族の特定もしやすい。特に今回のように、親族が固まる時は。

 私が嫁いだクロード公爵家は、濃いめの茶髪だったところに王族の黒系の色味が義父であるデリング卿によって、さらに濃い色になりほとんど黒に近い発色をしている。

 義兄であるオリヴァーもカーネリアン青年も、黒やそれに近い濃い色をしている。

 王家…と言うか、王族からの出席者はまさにピンからキリまでと言った感じで、3代前の国王の妹の嫁ぎ先の娘に入婿した公とかまで出席している、まさに玉石混合状態。

 しかし、共通しているのは全員が黒系の髪色。よくよく見れば元の色が濃い青や藍、茶系だけれど全てが暗色だった。

 一方のアルバート伯爵家は私の予想通りに血族婚を繰り返してきたのだろう、見事な金髪の集団だった。

 色の濃淡はあれど、全員が輝くブロンドで瞳の色までほぼ同系統の色味をしている。

 これは伴侶となる人間の容姿まで徹底的に厳選していないと保てないはず。

 嫁あるいは婿に行く先はともかく、貰う場合には相当に厳しい審査をしているのだろう。

 まさか断る際に容姿を理由に断りはしていないだろうけれど、それならば尤もらしく誰もが納得できる理由を毎回捻り出していると言うわけか。

 軋轢もなく、後腐れもない正当な理由を。

 やはり、あの一門の武断のイメージは先代伯爵の功績が大きそうだ。それまではクロード公爵家同様、頭で国境線を守っていたに違いない。

 もちろん、年がら年中荒れている小国郡に接する国境なので、ある程度の武力は保持しているだろうがそれはあくまでの為のもの。

 言ってしまえば、年中戦時中で文化水準の低い国々相手に、金髪に白皙の美丈夫や美女を相対させる事による外見的な高貴性を以て優位を示す方法だ。

 その中でも際立って美しいのが式の主役の1人であるメイリン嬢。

 黄金で作られた絹糸のような波打つ髪に、陶器のような真白く滑らかな肌。金の針の様な長いまつ毛で縁取られた瞳は、宝石のようにシャンデリアの輝きを反射するアイスブルー。細い首と華奢な肩、括れた細い腰に豊かな胸。そっとグラスを持つ指先まで磨き上げられた、最高級の造形の美少女。

 話し合いの時から綺麗な女の子だと思っていたけれど、今日は一段と光り輝いている。

 今日のために磨き上げられ作り上げられただけではない。内面から光が溢れてきている気がする。


(…あぁ、上手く行ったのか)


 まじまじと眺めていたら、バチっと視線が合ってしまった。

 あまりジロジロ見るのはマナー違反にあたると言うのに、視線がガッツリ合ってしまって狼狽えていると、光り輝く美少女はそのまま微笑みながら近寄ってきた。

 ちなみに、この宴の主役ではあるけれどメイリン嬢の隣はご両親や兄たちによって、蟻1匹許さぬ厳戒態勢。

 王太子と並んでいたのなんて、入場の時だけじゃないかな?

 その時だって、介添人として双方の親族の女性が後ろに控えしっかり監視をしていたので王太子の不埒な腕は彼女に触れてもいない。差し出した左腕にそっと手を添えられただけの接触だった。

 今だって挨拶と称して主役はそれぞれ別。親子連れ立って方々に挨拶をして周り、お互いの親、と言うか国王夫妻が決して王太子がメイリン嬢に近づかないように誘導している。

 そうして、2人の兄に守られたメイリン嬢がカーネリアン青年と並んでいる私の前に立つ。


 「カーネリアン様、エルリンデ様。本日はお越しいただきありがとうございます。明日もよろしくお願いいたしますね」


 完璧な初対面の挨拶。それも当然、私はアルバート公爵領からほとんど出ていない。それ以外では義母のアマリエ夫人と一緒に王妃の催しを数回程度。それも王妃とごく親しい御婦人数名だけの身内のお茶会だ。

 アルバート辺境伯領からほとんど出ないメイリン嬢と会う機会などありようもない。

 …と言うのが対外的な事実。

 実際は半年前にはほぼ連日顔を合わせていた間柄だ。

 もっとも、話をしたのはあくまでメイリン嬢と国王陛下や宰相、義父たちなので私と個人的な関わりはやっぱり皆無だけれど。


 「ご婚約おめでとうございますメイリン様。」


 貴族としての社交辞令も転生4回目ともなればなれたもの。(うち1回はRTAで即終了したけれど)

 カーネリアン青年も意外と言うか…いや、あの父にしてこの息子なのだろう。

 面の皮はそれなりに厚い。

 そこは流石に公爵家の人間として教育されているし、王太子教育でさらに磨きがかかった感じだ。

 メイリン嬢と兄君2人も交えて当たり障りのない初対面の会話をしていると、唐突にメイリン嬢が私の手を取り『少し話がしたい』と言い出した。

 つまりは内緒の話がしたいから、人気のないところに行きましょうって意味なんだけど…。ガッチガチにガードして王太子の接触を回避している状況で、そんな行動は危険極まりない。

 そんなことはわかりきっているはずなのに、メイリン嬢は手を握って放そうとしないし兄2人も別段止めようともしない。つまり、これはアルバート伯爵側(の、ご婦人方)に何かしらの思惑があると言うこと。

 当然に作戦を知っているアーネリアン青年は戸惑っているけれど、メイリン嬢の兄2人に何やら目配せをされて心配そうにしながらも、そっと1歩下がる。


 「エルリンデ様、こちらです」


 そう言って案内されたのは、宴会場から少し離れたでアルバート伯爵側親族の休憩室だった。

 

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