第11話 塞翁が馬で成す初恋の行方

 『辺境伯』と一口に言っても、その由来は名前を与える事情により多岐にわたる。

 建国に際し手柄を建てた地方の貴族が褒賞と称して与えられた場合や、国家間戦争で防衛を果たした領地の貴族への通称だったり、枯れた土地を開拓し繁栄させた貴族への栄誉職だったりと様々だ。

 この国の辺境伯は2人いて、1人は何を隠そう義父となったクロード公爵。そしてもう1人が、王太子の婚約者として名乗りを挙げた辺境伯。

 国の真反対に位置するもう1人の辺境伯は、外交によって口先三寸をメインに戦う義父に対して、ガチガチの武闘派。

 と、いうのも、こちら側は同レベルの大国が隣国なだけあってここ数百年戦闘行為もない平和な状態が続いている。

 しかし、反対側は未だ安定しない小国群。部族ごとで小競り合いが繰り返され、そのどさくさに国境線を越えを狙ってくる。

 百年単位で小競り合っているのもどうかと思うけれど、それをきっちりがっちり防ぎ、過不足なく禍根もなく賠償を取っている脳筋なだけでなく外交もしっかり出来る。なくてはならない大事な『辺境伯』だ。

 正式な爵位自体は伯爵だが、それによってこの国の誰も侮ることはしない。

 特に先代の辺境伯は忠誠心も厚く、常『国』のことを第一に行動していると自他ともに言われるほどの愛国者だ。

 80歳も越えたというのに杖も付かずに矍鑠としており、剣を取り馬に乗ることは出来ずともその名前は国内外に轟き、国境線に隣接する諸外国を牽制している。

 老公は長年に渡り国を守り、王家を見守ってきた。何せ、爵位を譲られたのが10歳にも満たない幼い頃で、息子に譲ったのが50歳を過ぎてから。

 それは、前線で指揮を取る騎士団長職も兼ねているにしては遅い引退だった。

 一線を退いてからも見習いへの指導をしたり、王室の相談役として王城に上がったりと、80歳となり故郷の領地に隠棲するまで国中を飛び回っていた。

 長年に渡り国中で仕事をしていただけに、愛国心や王家に対する忠誠心は人一倍高く、そして…情け深い老人として王太子の現状を憤るのではなく憂いる数少ない人物だった。


 その慈悲深さは、他で発揮されたなら有り難がられただろう。


 誰もが見放した王太子の婚約者として自分のたった1人の孫娘の名前を挙げ、自家が直接支える故に会心せよ、と諭そうとするとは!!

 これには他親族も反対したい…が、半ば伝説とも言える先代にして祖父(あるいは実父)に、忠誠とはなんぞや愛国とはなんぞや、と説かれながら説得されては何も言えない。

 孫娘本人も、今まで可愛がってくれた祖父に手を取られながら『お前であれば王太子を支える素晴らしい王太子妃に、ゆくゆくは王妃になれる』と期待をかけられては『頑張ります』と言うしかない。

 王家としては、婚約者の選定をできていないのではなく『しない』理由は、まだおおやけに出来る段階でもない。限られた側近と身内だけで進めている廃嫡計画だ。例え愛国心と忠誠心厚い長年の忠臣だとしても、王族でなく側近でもない老公には言えない内情だった。

 ならば断るか?

 野心に溢れ、を狙う狡い貴族が相手なら、怯む王ではない。しかし、老公は彼にとってもよくよく相談に乗ってくれた師であり、その生涯の功績を持って国を守ってくれた大事な家臣。この提案の心はどこまでも優しく愛国に満ち満ちたものであると分かっているので、無碍にもできない。

 しかも何が質が悪いって、これを老公が大々的に発表したことだ。

 内密に、秘密裏に。『打診』として先に話があればまだ対処のしようはあった。こっそり老公にだけ内情を話し理解を求める方法だってあった。

 国の英雄。国家の守護者。そのたった1人の孫娘を王家に捧げると宣言されて、断ることは不可能だ。いくら王政とはいえ、国民感情を丸切り無視はできない。

 例え、その英雄の孫娘の嫁ぐ先がダメ男だったとしても、それを断ることの方が非難される。

 夫がダメ男で可哀想、と同情が湧くのはその後で、そんなダメ男に育てた王家ってどうなの?と不満が出るのはもっと後からだ。


 さて、それではこの問題をどう解決するか。

 この老公の大発表から数日。王城では関係各者を集めて話し合いが行われていた。

 重苦しい空気に包まれた部屋には、国王と宰相。王弟にして公爵の義父、クロード公爵。現辺境伯であるアルバート伯爵とその娘のメイリン嬢。そしてある意味では当事者のカーネリアン青年と私。

 最初に話し合いの際に挨拶した時に、アルバート伯爵からはなぜ居る?という顔をされたけれど、廃嫡の計画を説明すれば私たちがいることも納得された。

 それと同時に主張されたのが、娘は『王太子』に嫁ぐのだから廃嫡後は次の王太子となるカーネリアン青年にスライドさせ『王太子妃』として扱え、と言うもの。

 それが、長年忠誠を捧げ仕えてきた伯爵家へのせめてもの賠償だ、と言うもっともすぎてこれ以外に適切な賠償がないくらいには、当然の主張だった。

 ここで問題になるのは、カーネリアン青年は実は既婚で何を隠そう私が妻なこと。これがこの話を極限にまでややこしくさせている。

 対外的には私は隣国出身の娘でまだ婚約者。しかも年齢差もある。そこへ行くとカーネリアン青年とメイリン嬢とのは年齢的に釣り合いも取れているし、国の反対側とはいえ同じく国境線を守る辺境伯同士。

 確かに誰が聞いても、政治的にはどちらを嫁にするべきか簡単な問題だった。

 だから、アルバート伯爵の主張もここまでは至ってよくある娘の未来を案じる父親としては当たり前の要求。

 貴族としては当然に『自国の王妃には自国民』を望むものだ。もちろん、世の中には他国から輿入れする妃もいるがその場合は当然に生粋の『王族の娘』。たとえ多少知恵が回って使い道のありそうな娘だとしても、戸籍上の王女ではと言う時にも弱い。

 これも分かる。ただ、ここから先が悪かった。


 「そんなにその娘が良いのなら側室か愛妾にでもされれば良いでしょう」

 「ですが、間違ってもお子など成さぬようにしてくださいよ」

 「全く、これだから頭の良い女は小賢しくて嫌なんだ」


 と、まぁまぁな女性蔑視発言に見事にカーネリアン青年が『絶対にメイリン嬢とは結婚も婚約もしない!側室にもしない!』と爆発してしまったのだ。


 カーネリアン青年が王太子の話を受けるにあたって、王様といくつかした約束があり、その中の一つに『側室は持たない』がある。

 そもそもは公爵家の次男とその嫁で終わる2人だった。(私は未来を知ってて嫁にきたけれど)それを無理に捻じ曲げ王太子と王太子妃になるわけなので、いくつかカーネリアン青年が条件を出したと言う経緯だ。

 世継ぎの問題も出てくるだろうに、側室を持たない宣言をした、と報告された私としては初夜すら経験していない今からもう既に子供のことで胃が痛い。

 しかし、クロード伯爵はそこまでは説明されていない。だから仕方ないと言えば仕方ない。

 長年王国に支えてきた歴史と英雄的な祖父を持つ自分の娘を、まさか断られるわけがないとう言う自負もあっただろう。

 それなのに真っ向から拒否されたのだ。当然ながら怒髪天。

 結果、話し合いはここ数回ずっと重い空気が漂っているし、同じ議題でずっとグルグルと会議が踊っている。


 アルバート伯爵としての言い分の根っこは詰まるところ1つ。娘の名誉を傷つける結果があるのが確定なら、それを保証する未来も提示しろ、だ。

 しかし、もうすでに伯爵領を中心に、メイリン嬢が王太子の婚約者に名乗りをあげたのは知られてしまっている。

 そして、王太子の悪名は国中が知っている。

 そんな男の婚約者になるのだ。どれだけ彼女本人が拒絶し否定したとしても、その純潔を疑う人間は出てくる。そんな令嬢をたとえ祖父や家門の名声があったとしても、廃嫡し婚約破棄後に嫁に貰おうとする家があるだろうか。

 離婚や死亡によって未亡人となった貴族女性の再婚がない訳ではない。はばかれもしていないし後ろ指が刺される行為でもない。

 だから、いっそ婚約なんて悠長な期間でなく結婚してしまえば良かった。

 しかし、ことは王家の話なので、今日婚約しました半年後に結婚します、にはならない。最低でも1年半。できれば2年以上は準備期間が必要になる。それでは結婚した直後に廃嫡される王太子の妃になってしまう。

 どうあっても、メイリン嬢は婚約のうちに止めていた方が肉体的には痛手が少ないが、名誉的には結婚した方が良い。

 この板挟みの保証が決められずに、話し合いは空回り続けている。

 気まずい空気の中、カーネリアン青年とアルバート伯爵のトゲ混じりの舌戦から怒鳴り合いになり、掴み合いになる直前で宰相が止めに入って終わる。

 もうそんな事が何回も繰り返されていて、いい加減王城のお茶にもお菓子にも飽き飽きしてきていた。


 「わたくし、お慕いしている方がいます」


 今日の話し合いもそろそろ掴み合いになるか、と思われ始めた頃。今の今まで一言も口を開かなかったメイリン嬢が初めて言葉を発した。

 それは父親であるアルバート伯爵も寝耳に水の事実だったらしく、飲みかけていたお茶をギャグマンガのように吹き出しぶち撒け咽せている。

 咳混じりに娘に詰め寄れば、今までの淑女然とした佇まいを崩すように椅子に深く背中を預けニヤリと笑い『知らないのはお父さまとお祖父様だけよ』とシレッと口にした。


 「成人しても好きなら結婚してくださると、約束しているの。」


 聞けばお相手はアルバート伯爵家有する国境騎士団の団長。なんと今年で45歳!!

 団長さんとしては、主人とその一門の大事にしているお姫様なメイリン嬢の初恋を無碍にも出来ず苦肉の策で『成人しても好きなら〜』と大人として流した。

 けれど、メイリン嬢は変わらずに想い続け成人も目前なのに婚約者もいない。

 そうなのだ。思えば辺境伯として英雄として讃えられている祖父がいながら、家門直系の唯一のお姫様なのに婚約者もいない。

 それだけ吟味をしているのかと思ったけれど…実はこれは母親も一枚噛んでいるのだろう。


「団長とはいえその爵位は領地もない子爵。しかも過去に奥様をご病気で亡くされている。たとえ我が家門に貢献高いお方といえど、すんなりと認めていただくには障害が多いのは大人になればわかります」


 しかし、悪名高い王太子の婚約者となり、しかもその後廃嫡ともなればまともな貴族家は英雄の孫娘と言えど嫁ないし婿に行かせるのに渋るだろう。

 そこで、数年後ともなれば50歳目前になる男寡の団長を、長年の功績も加味して娘を進呈する、という建前で、厄介払いで追い出しでもしてくれれば対外的に言い訳は立つ。


 「ですから、どうぞお父さまは気兼ねなくわたくしをあの王太子に差し出してください。純潔は彼の方に捧げると誓っていますので、ご安心を。騎士団直伝の護身術で指先1つ触れさせません」


 王太子妃ともなれば王城に上がり妃教育をするはずだけれど、結婚するまで領地を離れたくない、と言い張り王家から家庭教師を派遣することにすれば顔をあわせる機会も減らせる。

 距離が距離なので頻繁に行き来もしにくいのを理由にすれば、そうそう呼び出されることもないだろうし、呼び出されても拒否できる。


 「ですので、陛下。このお話謹んでお受けしたいと想いますので、どうぞ手続きをお進めください。」


 優雅に微笑むその顔からは、それまで感じた従順で流されるままな令嬢の仮面は外れ、強かに粘り強く国境線を守る歴戦の辺境伯家の交渉術の片鱗を見せていた。


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