第10話:若い時の苦労を買っておかないから!!

 特に理由を聞かれることもなく『アイリス』について調べてくれたのは、彼女の性格や態度はともかくとして、やはり『光属性者』は特別な存在としてどの貴族も気にしていたからだろう。

 それは公爵家も当然に動向を伺っていて、その一端を私に教えるのくらいは別に構わない程度の内容だったというわけだ。

 もうその時点であの国での『アイリス』の評価が伺える。

 多少の問題行動があろうが『聖光』へと覚醒できそうな者ならば恩を売っておくべき、とどの家門も考えて探っていたんだろうけれど、この分だとどの家も匙を投げたのかもしれない。

 どれだけ恩を売っても、優しさを見せても、施しても、素直にありがたいと思う性格かどうか…大いに怪しい判断されたというわけだ。親切にするだけ無駄、だと。

 あらかた予想はしていたけれど、手紙の内容はそれらの仮説を裏打ちするような内容ばかりだった。

 曰く、『自分は覚醒する運命だ』『将来、王太子妃になる』『こんな場所は相応しくない』などと言って、下級シスターやシスター見習いを自分専属の下働きのように扱っている、と書かれていた。


 確かに貴重な光属性者で後々に『聖光』へと覚醒する可能性もある、と普通なら考えそれなりに高待遇であってもおかしくはない。

 しかし、あくまでそこには『覚醒者』となろうとする行動があって初めて与えられるものだ。

 そして今の彼女にその片鱗はない。

 精進する、修行する、謙虚に敬虔に『覚醒者』となるべく収斂するといった行動がない。

 それにも関わらず暴挙を繰り返す『アイリス』に、貴族出身の上級神官/シスターたちは『平民上がりの分際で』と反感を買っているそうだ。

 そもそもの話。貴族出身の上級位の神官やシスターであっても、神に仕えるのが役目である彼や彼女たちは、身の回りのことは自分でする決まりになっている。

 それより上の、司祭や司教まで行けば数人が付き人として側につくが、それだって役職についている仕事上の部下であって正確には『使用人』ではない。

 平民出身である下級神官やシスター、神職ではない下働きの人間に身の回り世話をさせたいなら、お小遣いやお菓子や酒などの嗜好品をプレゼントしたりして『取り巻き』にするしかない。

 人気者の上級神官/シスターは無理難題でも受けた後の旨みが大きく、また、人気の下級神官/シスターや下働きは仕事が早く丁寧であったりと、お互いに持ちつ持たれつの関係で成り立っている。

 中にはワガママが過ぎたり乱暴だったりで嫌われている者もいるが、その場合は自然と周りから人が減り、仕事もおざなりにされる。

 なので、それなりの地位の貴族や資産家から神殿に行く場合は、事前に人を雇い一緒に神殿に送る。

 素行が悪く、勘当され神殿送りになる人間はその傾向が強い。

 強制的に神殿務めになってしまう当の下級神官/シスターは、個人への寄進という形で賃金が支払われている場合もあるが、ほとんどが借金の肩代わりだで無給だ。どれだけ傍若無人に振る舞われても、家族が人質のような者なので反抗もできない。なかなかに悲惨だ。

 いずれにせよ下級神官/シスター及び下働きの人々には、上級の者たちに従うメリットや理由がある。

 それもなしに、顎で使おうとする『アイリス』が嫌われるのは自明の理。

 『光属性者は神が遣わした存在なのだから』と、善性を信じているお気楽な一部の上役がとりなす場面もあるが、そうでもなければ誰からも相手にされていないらしい。

 上役の目のある場でもない限り彼女の発言を『妄言』と笑い飛ばし、遠巻きにされ、もうほとんどの貴族家が『あれはもう無いな』と見切りをつけているのが現状である、と侯爵の手紙では締められていた。


 今回の手紙で私の中での『アイリス』は異世界からの転生者の可能性が上がった。

 この世界で記憶を引き継いで転生を繰り返しているなら、厳しく超えられない身分差がある世界なのに、変に合理的で利害関係で上下が簡単に繋がる世界なのも分かりきっているはずだ。

 いくら貴族と同等扱いで神殿に入れたのだとしても、そこには本物の貴族がいる。隠れるように、追い出されるように落ちぶれた結果なのだとしても、本物がいるのだ。平民の彼女が1番偉いかのように振る舞えば顰蹙ものだろう。

 たとえ『聖光』に覚醒することが約束されていたとしても、その前に始末されてしまえばそこで終いだ。

 それなのに、『アイリス』はそんなことを危惧もせず、馬鹿みたいにゲーム通りに話が進むと思っている。

 十中八九、ゲームの知識を持ちこの世界に転生し、記憶を引き継いで『アイリス』を繰り返しているのだろう。


 あのゲームをプレイした人間が『ヒロインのアイリス』として行動するなら、彼女のやった行動はゲームのシナリオに準じたものだった。

 ただし、ライバル令嬢が悪役らしいことを何もしてこないことを疑問にも思わず、ゲームシナリオをそのまま押し通したあたり『アイリス』の中に入っている人物の善性を疑うところではある。

 冤罪かけ自作自演のために街のゴロツキを雇ってまで『シナリオ通りにしなければいけない』と言う追い詰められていたのかもしれないけれど、自分を虐めてくるはずのキャラクターが一切そんな素振りもないことにも気がつかないはずがない。

 しかも、そこまでゲームシナリオに準拠した最初の転生では、最終的に神殿に幽閉される罰を受けた。

 ならばこそ、2週目には警戒し馬鹿どもを扇動し自分は直接関わらないように悪役令嬢わたしを処理するように仕向けたのだろう。

 もちろん、全ては露見し1週目同様罰を受けたのだけど。

 その記憶があるからこそ、教会に預けられると聞いて強く拒絶したのだろう。

 けれど、シスターとして神殿に入るならば多少の不便はあれど、そこまで酷い場所ではない。古くても整備された清潔な家屋は、貴族の屋敷ほどじゃないけれどそれまでの住まいと比べれば雲泥の差。

 しかも、上級シスター…つまりは貴族扱い。

 囚人として押し込められ、枯れ果て死ぬまで搾り取られた以外で彼女の知る教会とは、ゲーム中での神殿に関わるエピソードでのみ。

 それは侯爵家の令嬢としての訪問や、覚醒した後での祀りあげるかのような待遇だった。

 正確な日常の教会を知らず、ゲームでの知識しか知らなければ、今の『アイリス』の態度も頷ける。

 囚人ではない貴族としての待遇を約束されているから、と客として招かれた時と同じように振る舞っているのだろう。

 今のままならいずれ彼女は勝手に自滅する。教会内と言う狭い世界でで爪弾きされ孤立を極め初めているから。

 最低限の生活の保証はされるけれど、集団の中で悪意を持って孤立されるのは、それが平気な人間でも堪えるはず。

 ここまで状況が悪化している以上、彼女はなんとしても『聖光』へと覚醒を果たす必要がある。

 でなければ『アイリス』の中の人物が望む、ヒロインが歩むべき明るい世界どころか一般的に幸福と言える人生さえ遠い。 

 とは言え、今回の『アイリス』の覚醒は難しいと私は考えている。

 本来、覚醒するには真面目に地道に修行めいたことをする必要があって、それこそ清廉潔白な魂に世俗を捨て去るほどの信心深さが不可欠だ。

 しかし、ヒロインはそうではなかった。

 ゲームでは悪役令嬢による暴漢に襲われるイベントで、身を守るために覚醒した。

 転生した『アイリス』にはその知識があったから、人を雇い自作自演をしてまで暴漢イベントを起こしたのだろう。

 しかし2回成功したその作戦は、今回は使えない。

 鉄壁よりも強固な神聖性による守りのある神殿という聖なる庭において、暴漢の入る隙はない。

 外出でもすればその機会に自演もできそうだけれど、そもそもシスターや神官は俗世から切り離された存在なので滅多に外に出ない。

 出るとしたら、どこかの施設への慰問や遺跡レベルの教会へ集団礼拝などの大イベント。

 当然、行きも帰りも最中も聖騎士団が周囲を固め守っている。

 街のチンピラ1〜2人では全然足りないし、集団を雇うにしても今の『アイリス』は貴族の養女ではなく、後ろ盾もいない。到底お金の工面はできない。


 ここまで考え、読んでいた手紙を丁寧にたたみ直し、文箱に入れ鍵をかける。

 『アイリス』への警戒をすっかり解くことはないけれど、今後は細かく探りを入れるのは逆に目立つ行動になる。

 ここまで落ちぶれた平民の少女を探るのは不自然になる。

 とりあえず、返事に『そんな人には近寄らない方が良い。家門に傷がつく』と忠告しておけば、侯爵も兄たちも安易に接触しないだろう。

 これでしばらくはこっちの国の問題に集中していられそうで良かった。

 何せ、今この国では裏で大きな問題が上がってきている。

 あり得ざることに、王太子に婚約の話が上がっているのだ。

 しかもその相手が問題だ。

 場合によっては国が分裂し、内紛にまで発展する可能性もある。

 前世ではここまでの問題は聞こえてこなかったので、寝耳に水状態でどうするべきか対処に困っているのだ。




 前世で耳に入ったこの国の大事件。

 王太子が市井の娘を孕ませ、あろうことか王太子妃にする、と大々的に宣言。

 その際に婚約していた令嬢がいたとかいないとか、とその辺りがぼかされて伝わってきた。

 王太子の年齢を考えれば、婚約どころか結婚をしていてもおかしくない年齢だった。きっと婚約者の令嬢の今後を考え、国外への噂は徹底して規制されているのだろうと軽く流してしまっていた。

 今だから言えるが、どうしてあの時の私はもっと詳しく調べようと思わなかったのだろうか!!

 

 まさか、王太子の婚約者が『辺境伯』の孫娘だったなんて思ってもいなかった。

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