第6話:立つ鳥は平気で跡を濁して飛び立つ

 国王の在位を祝う式典も今日が最終日。

 根回ししてある貴族やカーネリアン少年のいる使節団からの歓声や、惜しみない拍手で反対意見を言いにくい雰囲気にして、私は今世での婚約式を行った。

 過去2回の前世とは違うドレスを着て、隣にいるのは王子(のちの王太子)でもない。

 そもそも私自身の身分も侯爵令嬢から、戸籍上では国王の娘の『王女』になっている。

 意図してシナリオを無視すると決めはしたけれど、とんでもないシナリオブレイクになったな、と思い、乾いた笑いが込み上げた。

 貴賓として呼ばれていた教会の司祭を正面に呼び寄せ、その前にカーネリアン少年と並んで膝をつく。

 司祭が行う神への宣誓と、あらかじめ条件の書かれてある婚約書の証人の欄には国王夫妻が署名を行った。

 これで私とカーネリアン少年の婚約が正式なものとなった。

 実際には結婚をしていると言う事実を知っているのは、それぞれの両親家族と国王一家、書類を揃えた側近数名のみ。

 まぁ、この国の国家中枢が認知しているとも言う。


 そうして私は、婚約式を終え使節団と一緒の隊列に馬車を置いて一路、隣国への嫁入りの旅へと出発。

 城下の人々に声援で見送られながら、大型の転移陣がある隣の所領へと向かう。

 小型の転移陣(馬車1台分ほど)は王都にもあるが、複数台の馬車を含んだ隊列の転移には大型の転移陣が必要になる。

 軍事的な側面から大量人数を送れる転移陣を首都に置くのは危険なので、王家から厚く信頼されているいくつかの家門の領地に設置が許されていた。

 婚約したとはいえまだ婚前だし、一応の体裁もあるので私の乗る馬車には他に侯爵家からずっと世話をしてくれているメイドと、王城からの推薦で新たに私専属になったメイドの合計3人だけが乗っている。

 午前のいっぱいを見送り式に使い、昼食は移動の馬車で済ませた。

 修学旅行で空港に向かう前の移動のバス内でお弁当を食べた記憶が蘇り、懐かしさから少し涙ぐんでしまった。

 しばらく馬車に揺られ日暮の直前、傾き始めたあたりで転移陣のある街へ到着。ここで順番待ちのため、しばらく足止めとなる。

 賓客として招かれた他国の使節団だろうと、順番まちは厳守しなければならない。

 よほどの大事、急病とか緊急連絡などを除き、平民も貴族も王族も関係なく順番待ちするのは国際法で決まっている。

 この待ち時間を利用し、いく人かの人はお土産を買いに行ったり、物資の補充をしに行くらしい。

 私はこの時間で着替えをする予定だったので、扉に内鍵をかけ窓のカーテンに隙間がないかチェックされた上で、ドレスを脱ぎ始めた。

 婚約式用のシンプルな純白ドレスは、王妃様のドレスを解き裁断して作られたもの。

 豪華な刺繍にパールや宝石、レースが縫い付けられたずっしりと重厚なドレスだったのを、すべて取っ払い半袖で飾りも何もないシンプルなAラインに仕立て直したものだ。それでもびっしり入った金糸銀糸の刺繍ですごく重い。

 外したレースや宝石、余った布なんかは丁寧に箱につめて嫁入り荷物の中に入っている。

 転移先は公爵領なので移動距離はさほどないし、到着後は公爵家の面々に挨拶もあるので着替えてもそこまでリラックスした服じゃ無いのが辛い。

 とは言え、まだ10歳の少女なのでそこまで本格的なドレスや礼装でもないのが救いと言えば救いかな?

 着替えも済み、乱れた髪も整え終えたところで外から扉がノックされ声がかけられる。

 メイドが私の許可を得て薄くカーテンを捲り窓を開けると、使節団の人が居り『想定以上に早めに順番が来そうですが、ご準備は大丈夫でしょうか?』と問うものだった。

 こちらの支度は終えているのでいつでも大丈夫だ、と伝え、脱いだドレスをケースに片付け再びの出発を待つ。

 いよいよこの国ともこれでオサラバ、だ。着替えも終わったので開けられたカーテンの窓越しに外の景色を眺め、なんとなく目に焼き付ける。

 移動に向けて改めて人員のチェックのため忙しなく走るを使節団の人たちの向こうに、見送る街の人たちが見える。

 その中に、侯爵と兄2人を見つけて思わず立ち上がってしまった。

 出発の時点ですでに『王女』の身分であることも公表したので、両親としての見送りは国王夫妻だったが、実の父とは前日に別れは済ませてあった。

 母は相変わらず突発的に苛立っては怒鳴り散らし、暴れ回っているらしい。

 夫である侯爵にとっては職務でもある式典出席にすら難色を示し、一切の接触はしない、と神に宣誓までさせ、なんとか宰相として式典に出席していた。

 薄情な父と罵ってくれ、と泣きながら謝罪をし『それでもいつでも帰ってきて良い。家は用意する』と抱き締めながら言ってくれた。

 兄2人に対しても少しでも家から出るとすっ飛んでいくんだとか。自分の部屋の窓から見える庭の範囲しか許さず、徹底的に行動を制限しているらしい。


 何それ怖っ!!家出られて良かった!!って、心の底から思ったね。


 人生3回分過ごした(内1回はRTA決めた)国だけれど、出て行くことに寂しさや名残惜しさを感じないのは、母の凶行から逃れられた安心感が1番にくるからかもしれない。

 薄情というなら私こそ薄情だ。そんな渦中に父も兄も置いていくのだから。

 それなのに、雑踏の中にあって護衛の騎士に囲まれて立っている父と兄2人。

 馬車の中で気がついた私に、父は優しく笑い、兄たちは必死に手を振ってくる。

 メイドも侯爵たちに気がついて、出発を遅らせますか?外に出ますか?と聞いてくれたけれど、順番が来ているのに迷惑はかけられない、と答えてただ窓越しに手をふり返すだけに留める。

 号令がかかり、ゆっくりと馬車が走り出す。

 移動陣に整列し、陣の向こうの景色が歪み掠れ消え、次に景色が戻った時は全く見覚えのない景色だった。

 あっさりと呆気ない、家族との別れ。

 次にいつ会えるかも分からないというのに、私は対して寂しさも何も感じていない。

 やっぱり私こそ最高に薄情ものだ。 


 転移陣の設置されていたのは国境沿いの街で、一応まだ外国籍の私たちの入出国の手続きをここで行うらしい。

 馬車の窓越しに2〜3の口頭質問に答え、数ヶ月間の滞在許可証を受け取る。この期限が切れる前に永住申請をする必要がある。

 許可証の発行を待つ間、母が許さなかった兄たちの外出や父の見送りがよく出来たものだと、ぼんやりと考えていた。

 私は確かに父に娘として愛されていたのだろうけれど、どうしてもゲームに出てきた印象が拭いきれなくて、彼を好きにも嫌いにもならなかった。

 娘としてきちんと愛されていた、という実感も、最後の最後に気がついたくらいに父への関心が薄かった。利用し合う関係だとしか思っていなかった。

 ゲームでの『悪役令嬢』への態度から、自分の命令に従わず望む通りに育たなかった娘に冷たい、暴君のような男だと思っていたからだ。

 だから、望み通りの従順だったり、優秀だったりしているから大事にされているのだろうと思っていた。

 そりゃヒロインは確かに良い子だ。

 でも、目の前でワガママ言って家族を困らせてる娘がいて、それに手を焼いている親や兄を見ればどうすれば可愛がられるか簡単に思いつく。

 それを、いい性格してる、とか、ずる賢い、とかは思わない。子供だって子供なりに気を使うし、好かれるように行動するのは当たり前だ。

 とは言え、接触するたびにバカどもの知能指数をどんどんと下げまくり、努力を台無しにし、結果私が2回も死ぬことになったことは許さないけれど。

 帰宅後に彼らはどんな言い訳を母にするのだろうか。

 父が仕事で私に会う可能性ですら許せなかった母が、兄たちに外出までされて血管切れて倒れやしないか…。まぁ、私が心配する道理ももうないけれど。

 やがて手続きも終わり、三度みたび、馬車は走り出す。 

 

 一定の速度で進む馬車に何時間も揺らされ、そろそろ体が辛くなってきた頃、ようやく公爵家の屋敷に到着する。

 使節団はそのまま城に向かう道を行っており、使節とは関係ない私たちの馬車と護衛の騎士数名だけが公爵邸に向かっていた。

 長時間座りっぱなしでフラつく足で必死に馬車から降り、出迎えてくれた公爵夫人に挨拶をする。

 この人がお姑さんになる人だ。まさか、大学生で死んだ私が乙女ゲーム世界でよわい10にして嫁姑問題に直面するとは。

 緊張の面持ちで頭を上げれば、全力全開の笑顔で迎えられ、ついでにかたく抱きしめられてしまった。

 こんなに熱い抱擁は赤ん坊時代にだってされたことはない。態度に気味悪がられて、ろくにコミュニケーションが無かったからだ。


 「お人形さんみたい!!こんなに可愛いお嫁さんが来るなんて、あの子の最大の大手柄だわ!!」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめられて息も出来ないのを公爵家の執事さんがそっと助け出し、長旅の疲れもあるからまずはお部屋へ案内します、とさりげなく距離を取らせてくれた。

 現在、公爵邸では次男のカーネリアン夫妻用に別邸を急拵えで準備中らしく、しばらくは客室になることを謝られた。

 うん、まぁ…まさか親善で出かけた先で嫁連れ帰るなんて思わないし仕方ないよね。こちらが恐縮してしまうくらい丁寧な謝罪に、渡りに船とばかりに子供の口約束に乗る気軽さで求婚にOKしてしまって逆に申し訳ない。

 別邸は公爵邸の敷地内にある林の先にあり、元は数代まえの公爵が余生を過ごすつもりで建設したものらしい。


 「新婚にはうってつけですけれど、お嬢様にはまだ2人暮らしは早くないですか!?」


 と、心配そうにいうのは、侯爵家から王城、そして国も違うこの家にまで着いて来てくれたメイドその1。


 「お嬢様じゃなくて、奥様、ね!ですが私も不安です。ご家族から離されほとんど面識もない殿方との生活なんて」


 と、注意しつつも概ね同意見のメイドその2。こちらは王家から推薦を受けて専属としてついて来てくれたスーパーメイド。なんとこっそり教えてもらってけれそ、護衛もできるらしい。

 彼女たちの心配は極々普通の当たり前のことだ。

 10歳の少女が親元から引き離され、誰も頼る者もいない外国で、見知らぬ大人に囲まれて生活するのを哀れに思わない大人はいない。

 ただ、中身は十分に大人なので平気だし、むしろ自分で望んだ結果なので『ここが天国か…』と感動している私が規格外なだけ。

 まさか馬鹿正直にそんなことを言うこともできないので、曖昧に笑って誤魔化す。

 平素だったら不自然な笑みに疑問でも持たれたかもしれないけれど、今は山とあるトランクの荷解きに忙しいので2人とも気がついてはいない。

 忙しくパタパタと行き来する2人に手伝いを申し出たりもしたけれど、主人を働かせられないと言われて座っているしか無かった。

 せめて別邸に居を移す時には、彼女たちが信頼できると判断した公爵家のメイドが居て手伝ってもらえると良いな〜と思う。

 でないと、数週間後にまたこんなに大変な思いをするのは可哀想だ。

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