第5話:美味しい美味しい棚から牡丹餅

 最初こそ戸惑い緊張しっぱなしだった王城生活だったけれど、王妃様が中心になって気を配っていただき案外すんなりと馴染むことができた。

 何より、2度に渡る『家族の顔合わせ』の場所で、心の底から国王の養女に…侯爵家を離れて良かったと思える出来事があった。

 最初の『家族の顔合わせ』は、侯爵家一家と国王夫妻と王子。つまりは貰う家と貰われる家の顔合わせ。

 この日ばかりは『伏せてばかり』の侯爵夫人も流石に出席したが、正直それが良く無かった。

 国王一家の前であるから、取り繕ってはいたけれど、娘の私に対し終始攻撃的。

 『頭は良いが淑女教育もろくにされていない芋娘』『この年齢で男に媚を売る小狡い女』『出ていってくれて清々する』『家系図からはちゃんと名前は抹消しておく』『2度と侯爵家に戻れると思うな』『いずれ誰からも愛想尽かされ野垂れ死ぬのがお似合いだ』などなどなど…。

 もちろん、お上品な言葉で何重にもオブラードに、いやシルクに包まれての発言だったけれど、真意が透け透けすぎて食事の場は凍りっぱなし。

 ついには王妃が切れて『夫人は気分がすぐれないようなので帰った方が良さそうね』と、強制帰宅をさせられた。

 父が話を変えようとしても、国王が私を褒めても、王子が曖昧にしか笑わなくても、息子2人が気まずそうに俯いても、王妃に追い出されるまで止まらなかった。

 彼女自身だって、出身は父と同じ侯爵家出身で決して劣る身分の出ではない。貴婦人としての教育だけでなく、それ以外の教養もきちんと収めているし女性社交界でも決して隅にいるような人では無かった。

 それなのに、この壊れっぷり。

 ゲームでヒロインに対するのと同じくらいに、執拗に私を目の敵にし始めた理由がわからない。

 一応、ゲームでヒロインを虐め始めたのは、夫である侯爵や息子たちが養女となったヒロインを可愛がりだし実の娘である『ライバル令嬢』を蔑ろにし始めたのがきっかけだ。もちろん、そうされるだけの理由や下地が『ライバル令嬢』にはあったわけだけど、母親的には気に入らなかったってこhだと思ってたんだけど…。

 呪いのような言葉を残しながら、メイド2人がかりで連れ出される母を見るに理由はそれだけじゃ無かったんだろうな。

 こんな感じで新旧親子の顔合わせは気まずい空気のまま終了した。

 実は密かに王子の婚約者の話が打診されてた、とか。(父は断っていた意外!)

 兄2人が本当はもっと仲良くしたかった、と涙ながらの悔恨の言葉を残したとか。

 父には、いつでも戻れるように別荘を用意したから、とここに来て1番の貴族的発言をされたり、とか。

 色々とあった食事会だった。

 なんだか変な風に壊れた母と同じ屋敷にいるのは危険だっただろうし、養女になった以上は王子との婚約話は消え去る。あのまま心の距離の離れた兄たちの間にヒロインが入れば、もっと話が拗れたに違いない。

 国王夫妻の養女となり、王城に虚を移して良かったと思える出来事だった。


 2回目の『顔合わせ』は、嫁ぐ先の公爵父子と新造国王一家との食事会だった。

 カーネリアン少年の父親である公爵は、血のつながっているだけあって美形な中年だった。

 若い頃はさぞモテたであろう顔に髭はなく、皺がなければ妙に落ち着いた年齢不詳の貴族男性にしか見えなかった。

 しかし、柔和に微笑むその表情の奥にはそれだけではない、侮っても気を許してもいけない気配が滲んでいた。

 雰囲気は終始穏やかで、新旧家族の顔合わせの時のような殺伐とした気まずい空気も流れていない。それなのに、どこかピンと張った空気が根底にあるような気がして落ち着いて食事ができなかった。

 そんな中で、カーネリアン少年はずっと笑顔で私を見つめ、積極的に話しかけてきて、親たちはそれを時折微笑ましそうに見ては少しだけ空気を緩ませていた。

 国王夫妻は、ただの後ろ盾としての名義貸しだけでなく、しっかりと親としての責務を果たすつもりらしい。

 王女が嫁ぐような、国をあげての大々的な結婚式はできないが、式典の最終日にある閉会と使節団の見送りの場で、同時に私の婚約式を行うと言った。

 そう。『婚約』だ。

 私もカーネリアン少年も当然ながら未成年。今回、願ったり叶ったりだが騙し討ちも同然で結ばれた結婚は、未成年も何もそんな概念のない時代の結婚だった。当然、現行の法律ではこっちの国もそっちの国でも認められない。

 それでもしてしまった事実は変わらないので、折衷案として両者の親が決めたのが、対外的には婚約した、と広めるという事。

 これの表現が曖昧で、つまりは大ぴらに大々的に『結婚してま〜す!!』っていうのはダメだけれど、『ここだけの話ですが…』と人に話すのはOK。結果、それが広がって周知の事実になるのもOK…らしい。

 正直、どう違うのか分からん。同じじゃないの?って思ったけれど、この世界の人の感覚では明確に違うんだろう。

 暗黙の了解みたいに広がっていたとしても、正式発表は私の成人を待って行うこと。結婚はすでにこっちの国の国王は了承しているが、そっちの国の王様の説得は自分らでしろよ?『俺は認めた』の一筆くらいは認めてやる、とのことらしい。

 これは、公爵とカーネリアン少年とだけのお茶会を後日したとき、ぽろっと公爵が言ったことなんだけれど。私が国王の養女になることと、そこそこに公の場で他国に嫁ぐことを宣言するのは想定していたけれど、同時にしてくるのは予想外だったらしい。どちらか一方でも王様が行うだけで、私の後ろ盾には国王がいると知らしめるには十分だからだ。

 それなのに、両方を行うということはつまり『扱いにくい嫁』になるらしい。

 万が一に戦争が起こった場合、すぐに人質として使えば相手の感情に火に油を注ぐだけだし、かといって邪魔だからと生国に返せば弱腰だと評価され、スパイにするにしても嫁本人がここまでしてもらった国を裏切るには、余程こちらが手厚く遇さなければならない。嫁ぎ先が良い家族でそれを盾に脅すこともできるが、そうすると今度は自国の貴族たちを敵に回すことになる。

 そういう意味でぞんざい出来ない『扱いにくい嫁』らしい。

 

 心の底から王様の養女になって良かったと思ったね。


 自分の命が大事でゲームのシナリオ無視してよその国に嫁に行くってのに、嫁いだ先でも命の危機とか洒落にならない。

 ましてや、『ライバル令嬢』がきちんとライバルムーブ、意地悪やいじめや犯罪まがいのことをしないと国家崩壊が待っている未来で、絶対に揉めるじゃん。そんな時に適当に扱われて死中に放り込まれるんじゃ、嫁いだ意味がなくなる。

 それに、今は微塵も可能性もないけれど。いずれカーネリアン少年は王位を継ぐことになる。その時はまだこっちの国は健在だし、養女とはいえ一応は『王女』になった娘なら、そのまま王妃でも許されるだろう。

 カーネリアン少年が、この公爵並みに計算高くて腹に一物ありそうな性格なら、離婚するか側室にするかして、正妃は改めて国の貴族から選ぶなりするだろう。

 でも、今のこのカーネリアン少年の恋心が本物で『僕が助けなきゃ』と言う青い正義感で愛情と勘違いしてるんでもない限り、私と離婚するか側室にしろと言われたら継承権の破棄と国外逃亡くらいはしそうだ。

 贅沢がしたい、とか湯水のように金を使いたい、わけではないけれど、この世界で歩んだ人生の全てを侯爵令嬢として生きてきたので、平民の生活がずいぶん分からなくなっている。そもそも生活水準も様式もだいぶ違うし。

 現代日本からの生活や文化で知識無双…と言うよりは、2回分の前世でバカ共が考えたアレコレの方がこの世界では役に立つ。それには高い地位が必要だし、成功して自分の重要性を高めなければ、本当にただ気に入られて嫁に来ただけで終わってしまう。

 

 以上、2回の『家族の顔合わせ』の結果、国王の養女で王女になって本当に良かったと思っている。

 家から出られると言うだけで、攻撃対象を私へと定めた母といずれバカになる兄たちと離れられる。

 すでに内々では人妻となったので王子の婚約者にならずにすみ、国外へ行くのでその他のバカどもと関わることもない。

 見知らぬ風習により親元から引き離されてしまう少女にでも見えているのか、王妃の心遣いは優しさに溢れ、つけてくれたメイドや家庭教師の質も良い。

 『最低限になってしまうが…』と、申し訳なさそうに言って嫁入り支度を急遽用意してくれている。

 いずれも、侯爵令嬢として王太子と婚約し来る結婚の準備として用意していたものよりも上等なものばかりだ。


 正直に言おう。良い事ずくめしかない。


 あとは、向こうの国の王様が結婚を許してくれるかが問題だけど、ここまでこっちの国の王族を巻き込んでいる手前、例え反対だったとしても大ぴらには言えない。ましてや、自分たちの国の風習に倣い、侯爵家の幼い令嬢を1人で嫁がせるのだ。もちろん、相応の待遇をするんだよな?と言う無言の脅しでもある。

 至れり尽くせりとは、まさにこのことだ。

 単なる口約束で、きっかけにでもなれば上々だろうと思っていたのに、まさか本当に結婚するとは思わなかったし、これ以上にない条件で嫁に行けるので肩身の狭い思いもしにくいだろう。

 いや、ほんと。こんな幸運を運んできてくれたカーネリアン少年のことはしっかり大事にしよう。

 恋愛的に好きになれるかは、初対面すぎるし数える程度にしか会ってないから未知数だけれど、尊敬と敬愛の念と感謝だけは忘れずに生きよう。

 あなたが、命の恩人です。

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