第7話:千里の道も自己紹介から

 カーネリアン少年と公爵の帰宅はもっと遅くなると思っていた。

 何しろ、ただ『親善使節として行ってきました』と報告するだけで終わりじゃないからだ。

 全く予定にもなかっただろう結婚相手を伴っての帰国。それもおおやけには『婚約』としているが実際は『結婚』。

 あちらの国どころか、自分の国でもすたれて久しいプロポーズ方法で騙し討ちに近い形で婚姻を結び、準備期間も置かずに連れ去るように帰国してきたのだ。

 国際問題にならないように配慮されると言う、随分大きなを相手の国に作ることになってしまい、大層怒られていることだろう。

 もしかしたら何かお咎めもあるかもしれない。

 気を使われ譲歩され、王女にまでして送り出した令嬢を『やっぱ無しで』と送り返すこともできないし、無碍むげに扱うこともできない。

 私の扱いについて、大いに頭を悩ませているに違いない。

 そう心配をしていたのに、めちゃくちゃアッサリと帰ってきた。

 あまりにもアッサリ帰ってくるので思わず『お早いおかえりで…』と本音が出てしまったのは許してほしい。

 それに対しカーネリアン少年は、気を悪くした風もなく『早く会いたかったから頑張った!!』とあっけらかんと答える。

 帰宅するやいなや、真っ先に私にあてがわれた客室へと飛び込んできて、母親や公爵不在の間に代理を務めた兄への帰宅報告は良いのか?とも思うけれど、ちょこんと大人しく隣に座ってニコニコと見つめられると、小言を言う気も失せてしまう。

 少年は本当に飛びかかり抱き付いて来そうだったけれど、メイド2人からの眼光が光っているのに気がつき、目の前に来る頃には小さくなって謎に両手を握られる形になった。

 まるで大型犬…の子供みたいだ。子犬だけれど大型犬の子供なのでちょっとした中型犬ぐらいあるやつ。

 過ごしにくくないか?不便はないか?母や兄は、家人は失礼はしていないか?と、自分が不在の数日間で苦労はしていなかった、を気にしているらしい。

 私が1つ1つに返事をしている最中、微苦笑の執事さんが私とカーネリアン少年を公爵の執務室へ呼びにきた。

 公爵家に来て以来、義母となった公爵夫人の熱い感情表現に気押され気味の私は、この執事さんにこの笑顔でよく助けられている。

 今回も執事さんはやれやれと言う顔で、主人一家であるはずのカーネリアン少年をよくよく宥めつつもしっかり注意している。

 聞いたところによるとこの執事さんは、先先代の公爵の時代からこの家に勤め、執事見習いから正式な執事になったのは先代の時。

 令嬢時代の義母もその息子のカーネリアン少年も、彼にとっては幼い頃を知っているのであしらい方も慣れたモノなのだろう。

 何より、義母もカーネリアン少年も逆らえないらしくしっかりと言うことを聞いているのが微笑ましい。

 執事さんに注意され、ビャッっと飛び上がって立ち上がり、見る間に萎れていくのは見ていて楽しい。

 くすくす笑いながら隣に立って手を繋げば、途端に復活してニコニコしながら歩き出す。やっぱり大型犬みたいだ。

 

 呼ばれて訪れた公爵の執務室は、私はまだ案内されていない部屋の1つだ。新参にしてまだ子供の私なので当然といえば当然なんだけれど。

 まぁ、案内された以上は追い出されないだろうと思い、ドキドキしながら入る。部屋の作りは基本、どこの執務室も変わらない。本棚、応接セット、真正面の大きな執務机。

 公爵が真正面の執務机に座り、応接セットには公爵夫人と義兄が同列で座っていたので、私とカーネリアン少年はその向かいのソファに並んで着席する。

 それぞれにお茶が出され、執事さん以外の家人が下がってから公爵が口を開く。


 「まずは…もう知っていると思うが、カーネリアンが結婚し我が公爵家に新たな家族ができた。嫁ぐに当たって姓を向こうの王族のものにしたが、あと数年もすれば我が家のものになる。エルリンデ嬢だ。」


 「ご紹介に預かりました、エルリンデと申します。今後ともよろしくお願いします」


 急に話を振られて、慌てて手に持っていたティーカップを戻し、立ち上がって頭を下げる。

 この屋敷に来てかれこれ数日。今更紹介をされるのは想定外ですっかり油断していた。

 10歳の子供がするからまだ良いけれど、大人がやったらワタワタとしてみっともない自己紹介になってしまい、王太子としての淑女教育も終えていた自分としては悔しい限りだ。

 公爵はそこから順に、妻にして公爵夫人のアマリエ、義理の兄となるオリヴァー、そして公爵であるデリングだ、と改めての紹介をしてくれた。


 ついさっきの朝食も一緒にしていた相手と改めて自己紹介するのは、なんだか照れ臭い。義兄となるオリヴァーさまもそう思うのか、少し頬を赤くさせ笑っている。 


 「まずは、カーネリアンの結婚についてだ。兄上…王の許しは頂けた。条件は彼の国と概ね同じ、令嬢の成人までは婚約で通すこと、節度は守ること。以上だ。」


 節度を守る。これはつまり婚前交渉はするな、と言うことだろう。

 年頃の男女なら言われるのも分かるが、かたや10歳の幼女。

 少し先走りすぎな忠告な気がしたけれど、結婚したんだからと拉致同然に連れ出されることになり、それを王女になってまで守ろうとされた令嬢が相手だ。慎重になりすぎるくらいでも足りない、と判断されたんだろう。

 いくら婚約しているとはいえ、成人年齢にもなっていない令嬢を妊娠なんてさせたら、平素の時でも醜聞沙汰だ。

 仮初とはいえ、王女となった令嬢の未成年妊娠なんて、それこそ国際問題にもなりかねない。

 何より、見た目はともかくカーネリアン少年もれっきとした16歳。

 そのくらいの男子がどんなもんかは、前世でよく知っている。貴族令息としての教育はされていても、誘惑の多さや勘違い、思い込みの強さは現代日本の男の子たちとさして変わらない。

 年頃になったバカどもとの関わり方を模索し、苦労した最初の転生が頭によぎる。シナリオを準拠するために惚れさせず、かつ好意的な関係を築くのにどれだけ細心の注意を払ったか。

 それから考えれば、カーネリアン少年の場合は苦労はしなくても良さそうだ。

 好感度UPの選択肢の正解や背景は知らないけれど、1人でポツンと寂しくしている幼女を哀れに思い、一生の問題でもある結婚をしてまで救おうとしてくれる少年だ。

 むしろどんどん好感度は稼ぐべきだろう。

 この国での安泰は、夫である彼がどれだけ大事にしてくれるかに掛かっている、と言っても過言ではないのだから。


 「数日以内に、王室から王妃主催の茶会の招待が来ることになっている。準備をしておくように」

 「まぁ!それなら早速ドレスを注文しなきゃ」


 どんなドレスにしましょうか?と楽しそうに公爵夫人が聞いてくる。向こうの王様からいっぱい新しいドレスをもらったし、自分で持っていたものもある。なのでこれ以上は必要ないのだけれど…遠慮して断ってお良いのだろうか?


 「遠慮はいらないわ。せっかくだしお揃いにしましょ?」


 断りずらい提案をされてしまい頷くしかない…。まぁ、でもそれで喜んでくれるのなら別に良いか。

 この義母にも嫌われるよりは好かれておきたいし。お揃いにすると言うことは変なデザインにされて笑いものにされることもないだろう。

 そんなことをする人とは思えないけれど、このゲーム世界での知っている『母親像』が侯爵夫人なのでどうしても疑ってかかってしまう。


 「それと、別邸の準備がまだかかりそうだ。エルリンデ嬢…エルリンデには申し訳ないが、今少しの間は客室で辛抱してほしい。何しろ、王命により節度を守る必要ができたからな。それぞれの別室を用意する必要ができてしまったからね。」


 もちろん、いずれは使うのだから『夫婦の寝室』は残しておく、と付け加えて別邸への転居はまだ先であると知らされる。

 別に今の客室も居心地は良いので構わないけれど、名目上はもう家族なのにいつまでもお客さん扱いで申し訳ないと思っているのかもしれない。

 その他、こっちの国での婚約式はその王妃のお茶会以降に改めて話し合う、と言う形で一旦この席は終わった。

 義母は、早速ドレスの注文をするためにデザイナーを呼ぶらしく、いそいそと手配をしに出て行き、義兄は留守の間の引き継ぎのため、この後も義父とまだ話があると言って残った。

 私はといえば、おそらく午後には義母い呼び出されてドレス選びが始まるだろう。

 それまではこの国の勉強をもっとしておきたいと思い、カーネリアン少年を誘って公爵家の図書室で過ごすことにした。

 少年も、もう暫くしたら休学中の貴族学校に復学するので、追いつくために明日から家庭教師が来るらしい。

 並んで勉強をしよう、と言うことになったので図書室に向かうことにした。

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