見てるだけでも良かった筈が、どこでどうしてこうなった(カーネリアン)前編
父に着いて隣国に使節団として同行することになった。
現国王の王弟にして公爵の父。領地もその国との国境沿いにあるからおあつらえ向きだったんだろう。
同行するのが後継者の兄ではないのは、本格的に仕事を学び始めたばかりな上に自身の結婚式の準備で、余裕がない!と大騒ぎしたからだ。
仕事になったら容赦がないお父さまだけど、今回は…と、情けをかけたのは意外だった。
おそらく、
だって『ここで手をぬけば禍根になる。存分に付き合いなさい』と助言?していたから。
そうして僕は、中途半端な時期に貴族学校を長期間休むことになってしまった。
事前準備に1ヶ月を王城で勉強に使い、使節の滞在期間が2週間。帰ってきてからも報告やらで1〜2週間は時間が取られる。
約2ヶ月にわたる休暇…いや、もう休学だ。
進学できるか心配だったけれど、王命でもあるしので隣国についてのレポートで免除されて。もう、レポートなんて軽いものじゃなくて、ほとんど学術書みたいなページ数を要求されているけれど…。
隣国の歴史や文化の資料は、勉強で教えられる表だったものだけでなく、様々な方法で集められた黒かったりもする秘密も混じっていて、それを知れるのは面白かった。
けれど、自分の国の勉強だって苦手なのに、他所の国の歴史なんて見てもサッパリわからない。
どうしても目の滑る貴族の名簿に相関図には、どこに領地があり家族構成に親族、傘下の貴族や所属派閥、経済状況など裏と表の両方の情報が事細かに書いてあった。
もちろん、非合法に入手した情報も含まれている。
ただの使節団の一員ならこんな機密を見せてはもらえない。
僕が王弟で公爵の息子で、唯一の同行する子供だから。大人は子供の前では油断して、口が軽くなる。
僕としては、16歳にもなっていまだに声変わりもせず背も伸びない、どこか少女っぽさの残る見た目が嫌になってきているのに、それが役に立つと言われても全然に嬉しくはなかった。
いつの間にか思考が飛んでいたのか、記憶しているページよりもだいぶめくっている。惰性で捲っていたらしい。
途切れた集中に諦めて机から立ち上がり、部屋の窓を開けて空気を入れ替える。
窓から見下ろす庭も城壁の向こうに薄く見える風景も、見慣れた光景だった。
自分にとっての王城は、よく訪れる王族の住居部分は親しい親戚の家でもあり、表立っての政務を行う公の部分は、畏怖の対象でもあった。
ここは、幼い頃から自分たち公爵一家が滞在する際の離宮なので、もはや別荘のような気やすさがある。
「なんだ、もう飽きたのか」
ノックもなしに部屋に入ってきたのは、脇に紙束を挟み両手に盆に乗ったお茶とお菓子を持った父。
親善使節の団長として色々と話し合うことも多いと言うことで、一緒に王城に一緒に滞在している。
「追加で覚えることが増えたぞ。向こうで有名な侯家のお嬢さんだ」
そう言って、お茶とお菓子を渡してくれるよりも先に差し出されたのは、とある侯爵家の資料。
「向こうではかなり有名なお嬢さんでな。とりあえず、お前には最優先で彼女と接触してもらう」
おそらく他の国の奴らも同じこと考えて、年齢近い子供のいる人物を使節団に含ませているだろう、と付け加えられた。
王弟で国境沿いに領地がある公爵、だけが父が使節団団長に選ばれた理由ではないのは当然、分かっていた。
親善以外に何が目的か。何を調べたいのか、誰と親しくなりたいのか。どの国も目的を持って人選されている。
今回、父が選ばれた理由が『彼女』。
実年齢はともかく見た目には『彼女』より2歳程度上にしか見えない。この見た目を使って『彼女』に近づき、伝え聞こえる噂の真偽を測るのが目的だ。
渡された資料にざっと目を通す。
家名と家族構成、そして『彼女』の数々の功績。
華々しいその数々はあくまで表だった情報。
実態は、利用できる娘としか見ていない父親と、娘を気味悪がる母親。そんな母親に習い妹をいないモノとしている2人の兄。
自分には妹はおらず、近しい親戚にも『彼女』ほど幼い子供はない。
それでも、知識として知っている10歳くらいの幼い子供が、家族から家族の扱いもされずどんな思い出過ごしているのか、と思うと胸が重くなる気がする。
「失礼します」
侯爵家以外にも追加された資料に目を通しながら、父が持ってきたお茶とお菓子に口をつける。
父も一緒に、広がっている歴史本や隣国で販売されている新聞に目を通しながら、長年、国境領地を収めていた公爵の視点で色々と注釈を加えていく中、部屋の扉がノックされ布に包まれた薄い板状のものを持ってきた。
それを受け取った父が包みを取り払うと、現れたのは少女の写し絵だった。
一般的にはこのくらいの歳では1人で写し絵は撮らない。必要がないからだ。
年頃になり見合いの釣書と共に相手方に渡すために作成される。婚約者がいる場合は、幼い時分に親同士で決められていることが多いので写し絵を撮る必要もない。
あるとしたら、家族の肖像画の代わりに記念に作られる場合だろう。
だからだろうか。たった1人で佇む少女は少し緊張しているような硬い表情でこちらを見つめている。
黒にも見える深い藍色の波打つ髪は豊かで、厚く縁取るまつ毛の奥では紫水晶のような瞳が煌めいている。
緊張のためか硬くなった微笑みは憂いを帯びたような微笑にも見えて、幼いながらにどこか大人のような色気を醸すアンバランスさに頭を殴られたような衝撃と眩暈を感じる。
額に入ってはいるが、飾って眺めるのではない手元に収めるサイズの写し絵は、隣の国では普通に出回っているものらしい。
あの国において、大小関わらず数多の功績を残した少女は崇拝に近い対象として民衆の支持を得ているらしい。
もちろん、恩恵を1番に受けているのが彼らだ、と言うこともあるだろうが、この容姿が関係していないはずもないだろう。
「これは…もの凄く可愛い娘だねぇ〜」
感嘆の声を上げる父の隣から、情欲の混じった熱を帯びたため息が聞こえ思わずそちらを振り返ってしまう。
写し絵を持ってきた城の使用人が頬を赤らめ、熱を帯びた視線で少女の写し絵を見つめていることに、反射的に肌が泡立つ。
それは良い
僕の視線に気がついたのか、使用人は慌てて部屋を出ていく。
それを目線で追い、しっかりと部屋から出ていったか。『彼女』の前からちゃんといなくなったのか、確認していなければ気が済まなかった。
そんな僕を、父は声を出して笑ったけれど揶揄ったりはしなかった。
「気に入ったなら、嫁にでもするか?」
くくく…と、喉の奥で笑いながら、机の上に広がる大量の各国の資料の中から、比較するためにおいてあった自国の歴史書を引っ張り出す。
分厚いその本のページをペラペラめくって開いて見せたページには、この国の結婚に関する項目が記載されていた。
今の『当たり前』になった結婚観は、100年ほど前に他国から嫁いできた王妃の国の風習だったもの。
それが当時の女性の間で流行し、今ではすっかり定着したものだった。
しかし、それ以前は違う求婚および結婚の風習があった。
知識としてはしていたけれど、特に自分には関係ない話だと思って気にもしていなかった知識。
そこには、
『男性の家紋と名の入ったものを手渡し、女性が結婚の意思が合う場合、受け取りその後の口付けも許す』
そもそも古くは女性は家から出ることもなかった時代だ。
プロポーズをしようと女性の前にたった段階で、親の許しは当然出ているしその際に案内されるのは女性の部屋…男性はそのまま一夜を明かし、翌日新しい家族として朝食に迎えられる。
つまり、お父さまはこの古いもう誰も知らなそうな求婚方法で持ってあの少女と結婚してしまえ、と言っているのだ。
「な、にを!こんな。だって、一夜って!?」
体温が上がり知らず息切れする僕に、ついに耐えきれないとばかりに大声で笑い出す父に、手に持った歴史書を投げつけたい衝動に駆られる。
頭の中では、月明かりに照らされる藍色の髪を絨毯のように広げ、ベッドに横になる『彼女』の姿が思い描かれこびりついて消えてくれない。
「この国の人間だって忘れているような風習だ。いくら才女といえど、この子が知っている可能性は低い。一縷の望みにかけて、さっさと攫ってしまった方が良い」
額縁の背面についているスタンドを起こし、机に立てかけられている『彼女』の写し絵を指先で叩きながら、父が目元を拭う。
泣くほど爆笑したらしい。この人は時々こうやって子供を揶揄っては泣かしていた。最近では泣きはしないけれど、1回1回が重いから回をしてきてしばらく心に残してくる。
本人は、子供とのコミュニケーションだと思っているし、教訓として心に止める必要があるから、と言ってる。もちろん、後から『子供で遊ばない』とお母さまに怒られている。
いつもなら、後から絶対にお母さまに言いつけよう、と思うけれど、今回は理由と内容からして何となくお母さまには言いにくかった。
つまり、黙って耐えて飲み込むしかない。
「父である侯爵を挟んでいるとはいえ、この少女の功績であることがこれほどに周知の事実として民衆に広まっている。もう明日にでも『王子と婚約した』と言われても不思議ではない」
いや、もしかしたら今回の式典で発表されるかもな。そう言って素知らぬ顔をする父の横顔を愕然と見てしまう。
すっかり失念していた。
あの国の王子はたった1人で、だからこそ、花嫁選びは吟味を重ねられているはず。その候補にこの子が上がらないわけがない。
しかし、調べ上げられた侯爵家の情報に、王子の婚約者候補に関する情報はない。
これは王家側の情報でも、いまだ選別の話は上がっていないことからも確実だろう。
ならば…今のうちに?
ここまで考えて、自分がとてもおかしい事を考えていることに気がつく。
ついさっきまでは、情報として、単なる文字の羅列としか思っていなかった少女。多少の同情はあれど、そこまで強い感情はなかったはずなのに、どうしていつの間にこんなに強い衝動を覚えてしまったのか。
唐突に芽生え燃え上がる欲望は燻り続け、初めての熱に冷静になれず、しかも『彼女』の写し絵がそのまま机に立てられたままだったので、この日の集中力は2度と戻らなかった。
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