第4話:青天の霹靂に打たれると人は泣く(前編)

 母に疎まれ兄2人に冷たくされ、1人寂しく庭で泣いていた娘は、隣国の王子さまに見染められ新しい家族を作り末長く幸せになりましたとさ。おしまい。


 正確には娘は別に泣いてないし、王子ではなく『王子さまのような少年』だけど。

 まるで絵本のような出会いをして、結婚を申し込まれOKしたのは事実。

 こっちが垂らした釣り針に勢いよく食いついてくれたのは嬉しいし、一足飛び感は否めないけれど最上級の結果なのは間違いない。

 もしかして、こっちが釣られた魚かしら?とカーネリアン少年の顔を伺うけれど、今し方プロポースしたばかりの少女にじぃっ…と見つめられて、本気で照れているようにしか見えない。もしこれが演技だとしたら、とんでもない名優だ。きっと、彼が死ぬまでアカデミー賞の主演男優賞は彼が独占するだろう。

 

 色々と聞きたいことや言いたいことがあったのに、タイミング悪くお城の鐘がなる。これは午餐会の終了の合図だ。

 参加者は一旦帰宅し、今度は夜のダンスパーティーに向けて急いで夜会用に準備をする。

 参加できるのは成人以上の大人だけ。夜遅くまでもよおされるので、未成年以下は参加できない。

 控えていたメイドも今ばかりは目配せをしてきて、戻るよう促してくる。

 カーネリアン少年の迎えもいずれここにくるだろう。それを察して、彼はつけていたネクタイの飾りを取り外し、私に差し出す。

 彼の瞳に合わせた黄緑色の宝石が嵌め込まれたピン留めは、繊細な金の台座の裏に家紋が掘られている。おそらくクロード家の紋章だろう。それに沿うように『カーネリアン・クロード』の名前も彫ってあった。


 「約束の証に。必ず迎えに行くからね」


 そう言って受け取った私の手に優しく触れるキスをして、カーネリアン少年は生垣の向こうに行ってしまった。

 おそらくその辺りに庭の外から出入りできる隙間があるのだろう。

 上等で繊細な貴族の服を損なうことなく、しかし見つかりにくい配置とギリギリに木を配置した隠し通路のような隙間が。

 つまりここは、お忍びで逢瀬を楽しむ密会場所だったわけだ。意図せず座っていたけれど、何やら大人の官能を匂わせるアダルトな場所だったらしい。

 そして、表立って同じ通路から男女が出てきて勘繰られぬよう、わざわざ作られた隠し通路。

 だからメイドも割って入らず控えていただけだったんだ、と気がついた。

 自分が付いた令嬢に、無遠慮に近づこうとする人間を止めないのはおかしいと思ったんだ。

 きっと彼女メイドは、私とカーネリアン少年は申し合わせてここに来たと思ったんだろう。

 そして、彼を探して追ってきたお城の近衛兵も察して出てこなかった。

 親同士が水面下で示し合わせ、あたかも偶然の出会で恋に落ちた少年少女のように演出した、と思っているに違いない。

 それを裏付けるように、初対面だというのに結婚の約束までしているので確信はますます深まっていそうだ。

 違いますよ。

 そんな談合はありませんし、正真正銘の初対面です。少なくとも私は。

 寄りかかって寝ていたせいで一部乱れていた髪をメイドに直してもらい、彼女の先導で庭に戻る。

 ここから順番に馬車まで案内されて、親と合流することになっている。

 私はそこに到着する前に、受け取ったネクタイ飾りをそっとドレスのポケットにしまった。

 子供用のドレスだからか、ハンカチ程度が入れられるポケットがドレープに隠れて付いていて良かった。行きに持っていなかった宝飾品アクセサリーを手にしているのを見られて何かを言われても面倒臭い。

 盗んだ、と言われるような財産事情の家ではないけれど、他国の公爵家の家紋入りなので物議は醸す。

 庭に到着した私の元に兄たちが駆け寄り、『どこに言っていたんだ!?』と責め立てるけれど、どこにも何も今更だ。

 先にさっさと置いて行ってしまったのは自分たちだろうに。

 大方、他の兄弟姉妹で参加している子らを見て、気まずくなって探しでもしたんだろう。構いはしないけれど、付いて来させていればそれなりに形にはなる。

 説明するのも面倒だし、そうせ何を言ったって勝手に行動した私が悪いことにされると思い、適当に向こうにいた、と答えた。

 庭からグルっと見える範囲は花壇に囲まれているだけだが、その間を通る小道を少し行けば背の高い生垣に隠されたあの東屋への道がある。

 なるほど。一見、単なる花壇と庭を囲む生垣にしか見えない。庭からあの東屋に向かう道からして見えない細工がされていたんだ。

 花壇ばかり見ながら適当に歩いていたから、行き着いたのは偶然の産物だったんだな。

 そう考えれば、ますますあそこは秘密の逢引きスポットだったのだろう。

 曲がり角の先にあって見通しも悪く、使用中だった場合はお互いに気まずそうだけれど、どこかに『先客あり』にする目印が隠されていそうだ。




 子供たちにとっては、やっと1日が終わった、と開放感に息を吐く時間だが、大人たちはそうはいかない。

 むしろここからが本番だ。

 昼の装いは華美にならず露出も控えた装いがマナーだが夜は別。

 女性たちはこの日のために磨き上げた玉の肌の出るドレスに身を包み、宝石によって飾る。

 そのためにはまず入浴から。

 午餐会の料理の匂いを流すべく軽く湯浴みを終えた男は、夜会用の礼服に着替えれば後はひたすら妻の身支度が終わるまで待機。

 だからと言って礼服を着ている以上、服に皺の寄らぬようにしゃんと座っていなければならないので窮屈極まりない。できれば出発直前に着替えたいけれど、メイドのほとんどが妻の支度にかかりきりで屋敷中が慌ただしい中、いかに旦那さまと言えどそんなワガママは許されない。

 いったら最後、屋敷中の女性を敵に回すことになる。

 それはこの家の旦那さまである、侯爵その人も変わらない。

 退屈なのは子供たちも同じで、ひとっ風呂浴びて着替えも終えればあとは暇だ。しかし、屋敷中がバタバタと騒がしい中、うろちょろすれば邪魔になる。

 気軽にお茶も言いつけられないので大人しく部屋にいるしかない。

 普段から庭ではしゃぎ回る子供でもないけれど、大人しく部屋にと思うと途端に退屈で仕方ない。

 何か面白いことでもないか、と考えた末、妹にでも会いに行こうかしら?と考えるくらいには暇で暇で、退屈で退屈で仕方なかった。

 集合時間にやや遅れて現れた妹は、最後にお土産として渡された菓子を受け取っていないだろう。それを自慢しがてら部屋に行こう。

 普段めったに関わらない妹だからこそ、ただなんとなく尋ねるのに気が引けて、ここぞとばかりに見つけた理由でいそいそと尋ねれば、お昼寝中だと門前払いをされてしまう。

 せっかく来たのに、と憤慨するも、『お嬢様も朝がおようございましたので』と言われれば諦めるしかない。

 だって、今、母の部屋でやっている大騒ぎは本日2度目。

 1度目は、まだ太陽も上りきらぬ時間だったのを知っている。

 同じ時間に同じことを妹もやっていたなら、なるほどあの妹なら寝ついてしまうだろう。何せ我らが妹は、自分たちに比べずいぶん小さく、外に全く出ないので真っ白くて細っこい。みるからに体力もない。

 仕方なく諦めて部屋に戻り、自慢して分けてあげるつもりだったお菓子をモソモソと摘んでいる間に、いつの間にか自分たちも寝てしまい晩ご飯に起こされるまで気がつかなった。

 妹は起きれなかったらしい。後から部屋で食べるそうだ。

 母もいない食事の席で、せっかく少しはお話ができると思っていたのに。これには兄弟はがっかりした。

 色々と話したいことがあった。妹にとっての初めての王城の感想を聞きたかった。誰か友達はできたのか聞きたかった。どこにいたのか心配したことを言いたかった。そして、普段、母の顔色を窺って話しかけれないことを謝りたかった。

 なんとなく、今日でなければもう言えない気がしたから。



 

 帰宅の馬車に揺られている段階で、意識が朦朧としていた。

 願っていたことが最高レベルで叶う目処が立ち、今日の予定も終わり、あとは帰宅するだけだと思うと、途端に眠気が襲ってきたからだ。

 ただし、ここは子供用の馬車の中。

 あの庭のように無人の一角ではないし、傍にいるのも王子様然としたカーネリアン少年ではない。バカ共その1とその2である2人の兄だ。

 ドレスのドレープに隠れてそっと太ももを抓りながらなんとか耐え抜き、自室でドレスを脱いで湯船に浸かってもう限界。

 気がついたらネグリジェに着替えられていて布団の中だった。

 ヘアセットのために付けられていたピンや油のベタつきもないので、寝ている私を洗って着替えさせてくれたのだろう。

 さらに言えば、こんな時間に起きてスープを準備してくれたのも申し訳ない。

 よくよく考えれば、朝は身支度でろくに食べられれず、昼食だってボッチには居心地の悪いあの場所でむしゃむしゃ食べることもできず、サンドイッチ1つと焼き菓子しか口にしていない。その上、晩ご飯も寝こけてスルーしてしまっては空腹で胃も痛むと言うもの。

 空腹もあるけれど、眠気もまだまだ猛威を奮っているので、しょぼしょぼする目のまま起き上がったベッドでメイドにひと匙ずつ食べさせてもらっている。

 とろりと甘いコーンスープが、空っぽの胃にしみる。


 そうして、食事代わりのスープを食べさせてもらっていると、にわかに屋敷が騒がしくなった。

 両親が帰宅したのだろう。それにしては大騒ぎに聞こえる。 

 階下のこととはいえ、広い屋敷でそこまで喧騒が登ってくることはまずないし、酔って騒ぐほど酒を飲んでくることもない2人だ。

 一体何事だろうと思いつつ、口元に運ばれるスープを啜っていると喧騒が段々と自室に近づいてきている気配を感じる。

 大きな音を立てて開け放たれた扉から現れたのは、汗だくで髪を振り乱した母とそれを止めようと必死に宥める父。

 あまりの音に、びっくりしてメイドはスープ皿をひっくり返しベッドと私はスープ塗れになってしまった。

 慌てて謝罪と火傷の心配をするメイドを押し除け、今しっかり覚醒したばかりの私は目を丸くして、鬼気迫る顔をした母を見上げる。


 「このアバズレの売女が!どんな媚を売って公爵に取り入った」


 驚きで声も上げられない私にさらにブチ切れた母は、私をにビンタをしてきた。

 父が今度こそ母を羽交締めにして引き剥がすが、正直遅い。こちとら叩かれた後じゃ!!

 女性とはいえ大人が力一杯に叩いたので頬は熱いし、思わず触れた手にはぬるりとした感触がある。爪か指輪ででも切れたらしい。

 回復魔法がある世界なので痕が残ることはないだろうが…仮にも嫁入り前の実娘になんてことをするのだろう。

 口から泡までふいて喚く母を引きずりながら、父が侯爵家お抱えの医者と回復術師を呼ぶように矢継ぎ早に指示を出す。

 駆けつけた回復術師により私の頬はすぐに治療され、切り傷も腫れもあっという間に完治したが、いまだになぜ母に叩かれたのか意味がわからない。

 そして、医者によって母と私には鎮痛剤と睡眠薬が投与された。

 母はともかくなぜ私にまで?と思ったけれど、精神はともかく10歳の体は正直だった。

 狂気に染まり泡を飛ばしながらつかみかかってくる母を夢に見て、私はおねしょした後の冷たさで目を覚すことになる。

 恥ずかしさで号泣す私をメイドが必死に背中を撫でで落ち着かせてくれるけれど、その優しさが羞恥心を増加させるから…あの、ほんと止めて〜!!

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