第3話:瓢箪から駒の実体験(後編)
カーネリアン・クロード。
そう名乗った少年は、後に隣国の王となる男の子だ。
彼の父親は現国王の弟で、王位継承権はそのままに公爵家に婿入りをした。
国境に面した領地であり国防の要である公爵家に、濃い王族の血をいれることにより牽制を強めることが目的の婚姻だったが、幸いにも夫婦仲は良好で2人の息子と1人の娘に恵まれた。
王位継承権は保持しているが、現国王にはきちんと王子と王女が存在しているため公爵の継承順位は第3位。カーネリアンより5歳上の兄は4位で3つ上の姉が5位。カーネリアン自身は第6位とだいぶ低い。
予備の予備の予備。
余程のこともなければ玉座は遠い順位だった。
それなのに、王太子がとんでもない余程のことをしでかす。
お忍びで訪れた街の盛り場で娘を孕ませ、よりにもよってその娘を王太子妃、ゆくゆくは王妃に据えると言い出したのだ。
しかも密やかに両親にだけ言えば良いものを、何をとち狂ったのか自分の誕生日パーティーで着飾らせた娘を伴っての大宣言!!
腹の膨れたドレス姿の娘の腰を抱き、デレっと顔を蕩けさせる姿に参列者は一同唖然。
王女はすでに他国の王族への嫁入りが決定しており、婚約と同時に継承権を放棄している。次いで3、4位の現公爵とその後継である兄では、まさか王位につくわけにも行かない。国内の貴族家に姉もとっくに嫁いでおり、その際に継承権は放棄している。
巡りに巡って継承権第6位だったカーネリアンにお鉢が周り、兄の補佐官から『国王』なんて、とんでもない転職をする羽目になる。
当代国王の養子となり立太子するのが21歳の時。今から約5年後の話だ。
そうなると、今の彼は16歳のはずだけれど…どう見ても13〜4歳、喋るその声に第二次性徴の兆しを聞かなければもっと下に見える。
まぁ、男の子はある日突然急成長するから、彼はきっとこれからなのだろう。
ちなみに、この事件は私の入学前後くらい…ゲームシナリオの開始くらいで起こった出来事なのでよく覚えている。
他国の王位継承問題なんぞ、これから恋をしようとする乙女には関係ないからかゲーム中では噂にも出なかった。
しかし、よくよく考えれば歴史は過去からの続きもの。国同士は地続きですぐ隣り。
それなのにシナリオ上でこの話が出なかったのは、やっぱり
私と言えば、どこの国も王太子がやらかすのは必定の世界なのかしら?と、チベスナ顔になりながらも、もし彼の国の人間に関わる場合は
どんな人物なのかはついぞ見る機会もなかったし、人生最期の経歴が学生の身分では他国の重要人物に会うこともなかったけれど。
そうか、こんな顔をしていたのだな。そう思って、じぃっと顔を見つめすぎていたらしい。
柔和に微笑んでいた瞳に少しの不信感が浮かぶのを見て、慌てて目を逸らしついでに話も逸らす。
「あ…の、あなたはなんで1人でいるのかな?って思って…。お友達とかいないの?」
彼の今の身分はあくまで公爵の息子だが、その実は王弟の息子。国から同年代のお付きの者だっていただろうし、城の人間だって他国からの賓客なのでこれ以上ないくらいに警護(という名の監視)をしていたはず。
どちらにせよ、すぐに探しに来そうなものを。どうしていまだにここにいるのだろうか?
言葉を選んで『帰ったほうが良い』を仄めかす話術に、年齢にそぐわぬ賢さを感じ取ったカーネリアンがどこか楽しそうに笑みを深める。
「ううん。僕は1人でここに来たんだ。お父様とは、会場が別になってしまったからね」
確かに、友人知人と旅行に来たわけでもない。使節団に他に同年代の子供がいなければ、知り合いは会場にはいないだろう。
だけれど。何度も言うが、賓客の息子を1人で放置はしないし、なんならうちの国の子とかが話をしにいくなり何かしていたはず。
煩わしくて、1人になりたくてここに逃げてきたのか。何か理由があってここに来たのか。
彼が有名になった出来事のあらまししか知らないので、内面的な情報は何もない。
『男』になり切れていない、少女的な柔らかさも見えそうな可愛らしい笑顔からは全く真意が読み取れない。
もしかしたら結構良い性格をしているのかもしれない。
だとしたら、ますます狙い目だ。
苦労はしたが、国内では私の名前は結構広がっている。他国までは無理でも、国境沿いに領地のある彼や彼の親の耳には入っているはず。
大人に比べれば年齢も近い彼に『もし機会があったら仲良くしときなさい』くらいは言うだろう。
それの証拠に、16歳の少年の頭の中で『ここから何処まで仲良くなるか、なれるのか』を、庭の景色を楽しむフリで誤魔化しながらこの場を繋ぐ言葉を探すような不自然な沈黙が続いている。
まるっきりの子供だったらいくらでも誤魔化して懐柔できだでしょうが、先ほどのたった1回の会話でこちらの賢さを感じ取り、言葉が続かなくなってしまったんだろう。そこまで察せれるくらいに地頭も良い。
それならば。こちらから釣り針…もとい、助け舟を出してやるのが出来る女の会話術というもの。
何せ、これをきっかけに仲良くなりたい気持ちはこちらが上だ。
あと2年と少しでヒロインが我が家に預けられる年になる。
バカ共が彼女と関わり、知能を低下させる日が目前に迫っている。
今回は友好関係でもないし、地頭も育成していないので簡単に敵に回るだろう。今回はおそらく母も。
早急に婚約をまとめ、生活習慣を学ぶためでも、そちらの貴族学校に通うための準備でもなんでも、とにかく理由をつけて逃亡を図らないと非常に不味い。
できるならヒロインの顔を見ることなく、ゲームからおさらばしたい。
そして、こんな時のために私は数々の伏線を用意してきている。
「お兄ちゃんも1人ぼっちなんだ…」
ぎりぎり届く小さな声…のつもりの、意外と普通に聞こえる音量で呟く。
もちろん、ワザとだ。
子供と言うのは、小声のつもりで全く小さくなっていない独り言を言うものだ。
大人はわざと相手に陰口が届くように嫌味たらしく使ったりもするけれど、子供のそれは本当に小声のつもりが多い。
これに『うん、1人ぼっちなんだ』と間髪入れずに食いついてくるから、思わず笑ってしまいそうになった。
食いつき良すぎか。きっときっかけを見つけた気がしているのだろう。
残念。釣りだよ。
うっかり言ってしまった、と思われるように急いで口をかくし目線を泳がす。
そして、最終的に足元に落として寂しそうにしょんぼり見えるように『そうなんだ…』と嬉しそうに声をこぼす。
同類を見つけた安心感と嬉しさを透かせてみせる高等テクニック。
この食いつきの良さに、確実に『仲良くなっとけ』の指令があったのだろうことを確信した。
だから、精一杯寂しい子供のふりをする。
その頭脳明晰さから父には大事にされているが、あくまでも頭脳が目的で、娘として可愛がられているのではないこと。
母には気味悪がられ、冷たくされ無視され邪険にされ…『家庭』では放置されていること。
兄2人は母に相手にしてくれないこと。
今だって、たとえ兄弟仲が微妙であってもこういった衆目のある場で弟妹の面倒を見ないのは外聞が悪い。なのに放ったらかしにされていることから、信憑性もましましだろう。
これらを、頭は良いがどこか子供らしく聞こえるように言葉を選んで話す。
そして…
「こんなお
最後のセリフは
子供らしく突拍子もない発言だけど、家に未練がないことを暗示しているセリフになっている。
こうだったら良いな、こうなって欲しいな。と言う、子供特有の実現性のない他力本願な願望にも聞こえるので、そこまでの不自然さはない。
でも、私は天才少女の設定で売っているので、表情はあくまで哀しそうにする。『そんなこと不可能と分かっていて、でも願わずにはいられない』少しだけ賢い大人の顔。
これで、『じゃあ、今日は一緒にいよう』とか『滞在中に遊ぼう』とか誘ってくれればこのミッションは成功だ。
そして、彼が帰国する時に『お手紙出すね』と文通を約束できればとりあえずはミッション成功。
1年ほど経ったあたりで、縁談話でも申し込んでくれれば万々歳。
別に彼からではなくとも、彼を通じて話を聞いた別の貴族が興味を持ち申し込んでくれればそれで良い。
最初は、父は他国への婚姻を渋るだろうし国王陛下も許しはしないだろう。
けれど、隣国の王弟の血も入っている公爵家へ嫁ぎ、それが自国との国境沿いであれば有事の際に何かと使えそうだ、と政治的に考え結局は許すだろう。
国王や父の、政治的な計算高さや能力は信用している。
母は、家庭内どころか国からも出ていってくれるなら清々するするとか思って、両手でもあげて送り出してくれるんじゃね?
公爵側にも利点はある。カーネリアンは次男だ。家督と領地を継ぐわけではない。なので、そこまで結婚相手の条件をつける気もなかったのに、他国とはいえ名の知れた侯爵令嬢を嫁に迎えられるのだ。
幼いながらに数々の学説や魔道理論、慈善事業や法の改正案を生み出した才女が補佐官の嫁にくるのだからこれほどに心強いものはない。
相手国にとっても、隣国との友好の架け橋として国境沿いの国にその国の令嬢が嫁ぐのを反対はしない。
それにいざとなった時には人質なり見せしめなりにできると考えるだろう。
良い時も悪い時も想定し、いざとなったらスッパリ切り捨てることも厭わない。それが施政者の姿だ。
俯いて自身の寂しさをポツリポツリと雨粒のようにこぼす子供に、16歳のカーネリアン少年はどう答えてくれるのかしら?
色々考えて伏線やら釣り針やらは仕込んできたけれど、さて、どう食いついてくるか。
もしかしたら、案外面倒くさそうだ、と思って食いついた釣り針を離してしまうかもしれない。
打算な大人なら、面倒も込みで利益を取ろうと粘るだろうが、子供は案外簡単に諦める可能性がある。
そうなってしまっては元も子もない。
属性を盛りすぎただろうか?もう少し控えるべきだった?
相槌以外の言葉が返ってこず、ついには沈黙してしまったカーネリアン少年に、内心で焦りが募る。
こうなったら、こっちから押すべき?子供の馴れ馴れしさで『お友達になって』作戦でもする?
でも、それって今までの言動と矛盾する子供っぽさになってしまうよね。
セーブ&ロードもできないし、攻略ウィキもない。選択肢のない乙女ゲームを攻略している気分だ。
いや、この世界は元々が乙女ゲームなんだけど!
バカ共の時は、一応は攻略したキャラたちなので悩みも苦しみも把握していたから安心して行動できた。
本当の攻略はヒロインの役目だから、地雷を踏まないことにだけ注意して接していた。それだけでも友好関係は十分に築ける。
まさか、ここにきてリアルに男の子を攻略するとは思わなかった。しかも、打算まみれで結婚まで視野に入れたガチ攻略。
ゲームのキャラ、と割り切れない…地続きの世界で生きる肉感を伴った実在の人物。それを利用とする後ろめたさが、ここにきて急に心臓を刺し始める。
無言の時間はどれぐらいだったか。
数秒にも数十分にも感じられる沈黙に耐え切れず、意を決して、『聞かなかったことにしてください』と言って、仕切り直しにしようと口を開きかけた瞬間、
「じゃあ、僕のお嫁さんになる?」
今1番言って欲しい言葉ランキング堂々1位の返事だけれど、まさか本当に今言われるとは思わず、勢いよく顔をあげてしまった。
素の驚きで目を丸くする私に、カーネリアン少年は照れて少し赤くなった顔で目を泳がせながらモゴモゴと言い訳を続ける。
「僕は別の国の人間だけど、本当にすぐ隣だし…家族仲は良い方だからきっときちんと家族として迎えてくれると思うよ。」
「僕は次男だから、家督は告げないけれど不自由はさせないって約束するし。何より…」
言い募れば言い募るほど赤くなっていく顔と小さくなる声。
けれど、泳ぎに泳ぎまくる黄緑の瞳が、唐突にピタッと向けられて
「僕はお嫁さんは大事にしたいって思ってる。一生、ずっと。だから、僕と結婚…しない?」
恥ずかしくても、大事なことはしっかり目を見て伝えるよう教育でもされてるのかもしれない。
あれだけ回遊していた視線は、しかし、大事な場面では獲物を狙う鋭さで真っ直ぐこちらを見つめてくる。
紅顔の美少年のあまりにもまっすぐな言葉に、なぜだか本気で嬉しくて恥ずかしくなってしまって『なる!お嫁さんになる!!』なんて、バカみたいな返事しかできなくなってしまった。
…くそっ!ここは、恥ずかしそうに照れながらも『嬉しい』と涙ぐむところだろう!!
あざとい子供の演技の仮面を一瞬で引き剥がされてしまった。これが本当の子供の純粋な真心と言葉の力か!?
それに釣られてしまった訳だけど大丈夫かな、この急展開。
なんだか、今にでも国に連れて帰りそうなことを言っているけれど…。
まさか…ねぇ??
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