第3話:瓢箪から駒の実体験(前編)

 1つ前世と同じく、子供らしからぬ態度や優秀さを気味悪がった母には嫌われていた。

 うまくすれば両親から愛される子供にもなれただろうけれど、そうすると他国へ嫁ぐときに両親ダブルで反対されるかもしれなかった。

 せめて、母からは気味の悪い娘を手放したいと言う思いから賛成されれば、仮に父が縁談に渋っても追い風になるはず。

 母のする嫌がらせがそこまで大事件に発展しないのは、ゲーム本編シナリオと前世で経験済み。

 バカ共とは転生1回目は、友好関係維持のために頻繁に会っていたし、3回目の転生ではステータス育成のためにの家庭教師をしていたけれど、今生では完璧に別行動。

 初対面で軽く挨拶はしたけれど、以降はほとんど会話らしい会話もしていない。

 だって兄弟姉妹のお友達なんて、そもそも、兄弟姉妹間の仲が良くなければ一緒に遊んだりなんてしないでしょ?

 それでも少しは面識がある、程度で『知らぬ顔じゃないんだから』で縁談がまとめられるのが貴族社会なんだけどね。こじつけが過ぎるわ。


 それと、これは少し計算外だったことが1つ。

 私単体で名前を売るのが存外に難しいかった。

 国内でも有数の貴族家の跡取りや王子と一緒だったからこそ、私もそれなりに名前が広まったんだな、と痛感した。

 そこまで酷い男尊女卑社会ではいけれど、女性の自立にあまり寛大ではない点からも『女性』が社会的に表立つことが少ないからだ。

 これで私が、魔法が使えたり騎士としての強さがあれば違ったんだけれど、残念ながらそうではない。

 芸術面でも才能が皆無ではないが、音楽や絵画彫刻などの感性がものをいう方面では凡人並み。令嬢として恥ずかしくない程度の教養の域を出ない。

 だた『天才性』のアピールができた。うん、単純に物凄く頭の良い子アピール。


 転生人生によって先に起こることはだいたい把握しているし、バカ共が考案した政策なども覚えている。

 最初は取り合ってもらえなかったが、家庭教師たちが口を揃えて『天才だ!』と誉めそやし、図書室に入り浸り『ほとんどの本読んじゃった』(転生分も併せて)と言えば、父は徐々に話を聞いてくれるようになる。

 実際に話をすれば、大人の自分でも舌を撒く知識と、はるかに凌駕された発想力と、実現性の高い提案にすっかり骨抜きになってしまった。

 現代日本で22歳まで生き、その後は16歳までを2回と生後数日を1回。合計すれば両親よりも生きている。

 年相応の経験しかしていないが、幽霊期間に眺める地獄のような滅亡動画により気がつけば精神も鋼になり滅多なことでは動じない。

 実は少しやりすぎて、父が冗談で『我が家から初の女性侯爵が誕生するかも知れないな』なんてふざけて言うもんだから、家庭は少しギクシャクしている。

 父は家族愛がそれなりにある人なので、必死に修復しようとしているけれどあまり効果はない。

 どうしても坊っちゃん思考が抜けないのか、空回りが目立つ。

 何より、どれだけ家庭を重視しようとも1度覚えてしまった娘の優秀さは忘れられないのか、いまいち行動に一貫性がなく煮え切らない。

 それに対し、娘ではなく自分を取らない夫に対しお嬢様気質の母はどうしても反発してしまっている。

 バカ共その1、2の兄2人はそんな母に習って、ひたすらに妹を無視している。こちらとしても関わる気がないし、暴力に訴えられるより億倍なので特に改善したいとは思っていない。

 


 しかし、後の運命に関わる出来事はある日唐突に起きる。



 今日は、国王の在位ウン10数年を祝う式典が行われる日。

 当日を中心に前後1週間にわたって、王都が1番盛り上がるのは言うまでもないが、国中がお祭り騒ぎで浮かれ放題になる日だ。。

 ただし、貴族とってはただのお祭り期間ではない。

 周辺諸国の親善使節団が招かれて、連日連夜の催し物三昧。

 今日はあっちでお茶会、夜は舞踏会。明日はサロンで交友会で、夜は観劇と夕食会。そんな中で秘密クラブで内緒の話。

 その都度、衣装を変え宝石を変え。この期間の貴族の準備資金だけで国の経済は回っている、と言っても過言ではないくらいの金額が動く。

 そんな中、子供はほとんど置いてきぼりだ。

 社交界はあくまで大人の世界であり、成人も迎えていない子供の出番はほとんど無い。

 しかし、いくつかの催しでは子供の出席が許されている。

 式典の当日に行われる午餐会はお祭り期間中のメインイベントでもあるが、同時に子供の品評会でもある。

 ここでの子供達のによって、家門の評価や今後のお付き合いを査定するポイントになる

 もちろん、大人と同じ席に着くことは無い。

 10歳〜18歳までの『未成年』と、成人以降の『大人』のグループに分けられ、それぞれ王城内の会場に割り振られる。

 そこでの評価は『評判』として、王城に勤める人間に共有されたり、子供から聞いて大人が把握する。

 

 10歳〜18歳の子供が集められる会場は、晴天なら庭で、雨天ならば室内で行われる立食パーティー。出される食事も軽食やデザートが中心で、そこまでマナーも厳しくない。

 お腹の満たされた子供たちは、近衛兵やメイドたちのさりげない監視の元、庭やそこに面したサロンで時間が来るまで思い思いに遊んだり談笑して過ごす。

 最初の転生の時は、バカ共の機嫌を取るために一緒になって走り回って、3回目の転生ではお行儀よく育てたので、サロンでピアノやバイオリンを弾き詩をそらんじ、ご令嬢方や文化系子弟たちと上品に過ごした。


 では今回は?

 



 現在、我が家は冷戦の真っ最中。

 立派な後継者になるべく心血注いで育てている長男次男を差し置いて、子供らしからぬ不気味な末娘を後継者にしたい、なんてことを父が冗談でも仄めかすから…ついに母がキレたのだ。


 貴族の子供は母が全てをプロデュースし社交の場に送り出す。それは息子が相手でも成人するまで行われる。娘ならば、成人した後の嫁入りまで続く。

 過保護具合によって手を出し口をだす範囲は変わるけれど、どの家も変わらない。それが貴族の家の奥方の仕事の1つでもあるからだ。

 当然、国を挙げての式典には各家の奥方の腕の見せ所だ。見栄え良く、見目麗しく、下品でなく、古臭くなく。

 そんな大人の見栄に子供も使われる。

 しかし残念ながら、私は母に嫌われ育児放棄。兄たちからも遠巻きにされてしまっている。それをフォローするように、父が全力で甘やかしたことによって状態は悪化。父としては良かれと思ってだったんだろうが、母にしてみれば『娘』なんて育てる気もなくなれば自分のテリトリーに居座る『邪魔な女』でしかない。

 しかし、別に対して重大な問題ではない。

 両親から見放されるのはシナリオ通りになっちゃうから困るけれど、少なくとも父からは見放されはしないはず。それだけの貢献をしてきている。

 いくら育児放棄されようとも実際に世話をするのはメイドなので、飢えたりする心配がない。


 そんな両親の冷戦の原因である妹の面倒を見るほど、兄たちは妹を大事には思っていない。

 一緒の馬車に乗りここまで揃って案内はされたけれど、一言も交わさずにさっさと友人たちの方へ行ってしまった。

 つまりは例のバカ共のところ。

 さすがは乙女ゲームの攻略キャラたち。その注目度は貴族学園入学を前にしてすでに群を抜いている。

 そして、注目度ナンバーワンの彼らに相手をされない『妹』の存在は、見ないふり。

 一部の子供…特に16歳以上のお兄さんお姉さんは、親から言い含められているのか視線を向けてくるけど、この空気を無視してまで近寄って来る胆力のある子はいないようだ。

 結果、私はボッチ。

 流石にドレスを着てオシャレをして来るような場所に、暇つぶしに必要だから、と本を持ち込むこともできず手持ち無沙汰に庭を彷徨うろつく。


 これが現代日本ならスマホで、何時間でも暇を潰せたのに!!


 料理が並ぶ子供向けのメイン会場である庭は、ボッチには居心地が悪い。

 サロンは、バカ共が向かうのを見かけたので絶対に行きたくない。

 仕方なく、フラフラと花を見るふりして庭の隅へ隅へ。

 人気のない場所を目指して歩いていると、背の高い生垣に隠された東屋を見つけたのでそこで過ごすことに決める。

 1人フラフラと逸れる子供に対し、メイドが1人付き添い黙って離れたところに待機している。

 こんな子供にも手厚い『おもてなし』のために黙って立っていなきゃならないんだから、メイドと言うのは大変な仕事だ。

 目線を遮るように配置された生垣の向こうから大勢の子供のはしゃいだ声や、バイオリンやピアノの音が薄く聞こえる。それ以外は、小鳥の鳴き声や木々を渡る風の音しか聞こえない長閑のどかさ。

 母に面倒は見てもらえなかったが、父が用意したスタイリスト集団に朝も早くから叩き起こされたお陰で自然と瞼が重くなる。

 起きていなくちゃ…。そう思うほどに眠気は抗い難くなる。

 結局私は眠気に負けて眠ってしまい、それに気がついたのは隣に人の体温を感じ驚きで目が覚めてからだった。


 睡眠の途中で、フッと意識が浮上する瞬間。

 大概は再び眠ってしまうけれど、あるはずのない体温を隣に感じて一気に意識が覚醒する。

 驚きで体が跳ね上がってそのまま隣を見ると、そこには13〜14歳くらいの男の子が座っていた。

 サラリとしたやや青みがかった黒髪に黄緑の瞳の少年は、跳ね起きた私に一瞬驚いた顔をして、でもすぐに薄く笑って『おはよう』と第二次成長の兆しを見せるやや掠れ始めた声で挨拶をしてくる。


 「こんなところで寝てると風邪ひいちゃうよ?」


 ピッタリと寄り添うように座っていたため、羞恥と警戒心で少し距離を取ろうと手をついたその下に、自分のドレスとは違った布の感触がする。

 よく見ると男の子は上着を着ておらず、おそらく彼のものと思われる上着がペソりと落ちていた。

 私が倒れないよう隣に座って支えてくれて、自分の上着をかけてくれた…のかな?

 昼用なので腕や背中は開いてないけれど、ドレスは決して暖かい服ではない。

 レースやチュールは風通しが良いのだ。

 起こすのも忍びないほどに熟睡する女の子を放置することもなく、気を使い寄り添ってくれていた幼い紳士の優しさが有難いやら恥ずかしいやら。

 見なくてもわかるほど、私の顔はきっと赤くなっているはずだ。汗が滲むほどに体温が上がり、顔が熱い。


 「喉は乾いてない?お茶淹れるね」


 いつの間にかテーブルにはティーセットが置かれていた。

 すぐそばに居るメイドには任せず、自分で淹れてくれるらしい。

 外見の年齢はともかく、中身は大人な私は申し訳なさでいっぱいになりながら手渡されたお茶に口をつける。

 嚥下して広がる暖かさで多少なり心臓も落ち着き始める。

 ほう…と一つ息を吐き、改めて目の前の男の子を見て、上着を借りていたことを思い出して慌ててお茶を置く。

 謝罪とお礼と一緒に上着を受け取った少年は、気にしなくて良いよ、とクスクスと笑った。

 くしゃっと落と亜sれてたんだ、きっとシワになっているだろうに。

 なんて良い子なんだろう。

 

 しかし、私はこの子を知らない。


 過去分の転生人生でも見たことのない顔だ。少なくとも、この国の主要な貴族ではない。

 だとすれば、どこかの国の使節団の子供か?。

 あの、王子も含む注目度ナンバーワンのバカ共が作った空気を、無視できるほどの胆力があるのか、鈍感なのか。

 いずれにせよ、『初めまして』で失礼には当たらない人物だ。

 私の目標である『他国の人と婚約して国外逃亡』作戦に使える人脈になってくれるかもしれないし、友好的な態度で接して損はない。

 打算計算で高回転し始めた頭で改めて自己紹介をすれば、少年も礼儀として自己紹介を返してくれる。


 『僕はカーネリアン・クロード。隣の国からお父様と一緒に来たんだ』


 予想通り彼は使節団の一員である隣国の貴族の子供だった。

 しかも、その名前には聞き覚えがある。すぐ隣の国の国境沿いを領地にもつ、公爵家の名前だ。


 決めた。私、絶対にこの子と婚約する。

 

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