第2話:馬鹿に付ける薬はないことを確信する

 死ぬ寸前に持ってたクソ乙女ゲーの世界に転生。

 よりにもよって『シナリオの盛り上がりのために無理やり作られたラスボス』の侯爵令嬢に転生してしまったがために、断罪回避のために足掻き続けた人生だった。

 

 例えクソゲー世界とはいえ、シナリオの破綻を起こさないよう最新の注意を払って回避行動を心掛けていたのに、結果は断罪されて死亡。

 どれだけ友好関係を築いていようと、ヒロインに関わる片っ端から攻略対象たちはバカになってしまうのが仕様らしい。

 実の娘を冷遇し養女のヒロインを溺愛する父親とは普通の父娘関係が構築できていたので、この仕様は攻略対象限定っぽい。

 ゲームでは『まさかロリコン?もしくは紫の上計画か?』と疑惑が湧くほどだった父親からヒロインへの激重感情は、長年に亘る実娘への落胆や絶望の裏返しだったのだろう。

 亀裂も不和もなくなれば、思い込みが激しくすぐ泣くヒロインを面倒がり、まともな実娘を可愛がる普通の父親だった。

 これはモブも同様で、断罪シーンでとして『なんて酷い女なんだ』『ヒロインちゃん可哀想』と騒いでいた彼や彼女たちも、言いがかりで一方的に罪をでっち上げられ断罪されている令嬢に対し同情の声を上げていた。

 

 ま、それでも結果は死亡でしたけどね!?


 しかも、幽霊?になってその後の国が滅ぶところまで見ることになってしまった。

 人々の苦しむ声や業火に包まれる城や国とか…嘆く両親や、それでも俺は悪くないと喚く兄2人とか、見るに絶えない惨劇だった。


 何はともあれ、私にとってはBADエンド(DEADエンド?)でした、という事でこのルートは終わり。死んだ私は次の転生先に行けるはずだった。

 …行けると思った。

 事故死してこの世界に転生したんだから、そこで死んだらまた違う世界か人生(あるいは動物?)になるもんだと思うでしょ。

 

 また同じ世界で侯爵令嬢だった私は、大いに嘆いた。


 かつては、あんなに『お利口さんの赤ちゃん』と褒められた手のかからない赤ん坊だった私は、火のついたように泣く赤ん坊に成り果てた。

 おとなしかった前世では気が付かなかったけれど、赤ん坊にとって泣くのは相当に体力を消耗する。

 日がな一日。朝から晩まで嘆くこと3日目。高熱と衰弱で死んだ。

 いっそこのまま死んでしまえば次の転生が待っているかも、と浅はかに考えてそのまま命を手放した。

 命がもったいない、と言われそうだし、もし転生したとして『私』の意識は今度こそ消えてしまうかもしれない。

 それでもこのクソゲー世界に嫌気がさしていたから、死ぬほど嫌、死んででも逃げる、を体現させて貰った。


 そして…こんにちは、3回目のクソゲー世界!!


 2回目の転生をヤケクソ速攻で終わらせてしまったけれど、寝て起きたのと変わらない感覚で『初めまして私の可愛い』と言われて、盛大に産声あげてたのにスン…ってなったよね。

 流石に転生RTAを2回連続でする気も起きなかったので、今度はもう少し違うアプローチをしてみよう、と必死に前向きに考え生きる気力に変換させた。

 いつも、赤ん坊らしからぬ難しい顔をする私を、母もメイドも気味悪がって最初の転生よりも扱いがぞんざいになったけれど、父親が大層気に入ってくれて可愛がってくれた。

 2度目の令嬢人生なので、家庭教師も舌を撒く優秀さで侯爵も鼻が高く、才女の妹に触発されて兄2人もグングン成績を伸ばしていく。

 忌むべき攻略対象でもあり幼馴染でもある2人も、是非に是非にと深く頭を下げて申し込んできた婚約者の王太子も一緒に学力を上げていく。

 

 ヒロインに関わって知能が下がるなら、それを踏みとどまれるくらいに頭を良くすれば良い。


 お勉強ばかりでなく、人とのコミュニケーションの大事さを説き、芸術や文学に触れさせ感受性を育て、共同で何かを成すことで協調性を養う。

 国内だけでなく国外にまで『次代は安泰』と轟くほど、パラメーターを育成した。

 もちろん、元の乙女ゲームはテキストを読み進めるアドベンチャー形式のゲームであって、パラメーター育成のシミュレーションゲームではない。

 でもま、私は主人公のヒロインではないし攻略している訳じゃないので。

 歴代最高の頭脳と称賛され、既に父の侯爵からいくつか仕事を任されている上の兄。誰もが夢想し実現を諦めていた幻の魔法をいくつも編み出した下の兄。音楽だけでなく絵画の世界でも頭角を表し画壇を賑わせる音楽家。オーラの覚醒に留まらず文学にも造詣深く、いくつもベストセラーを生み出した騎士。類まれな美貌と画期的な政策で諸外国にも注目されている王太子。

 これ以上にないほど完璧に近い育成結果に満足して迎えたゲーム開始。


 ヒロインに出会う度にバカになり、断罪シーンは起こってしまった。


 『推し量るだけでなくちゃんと確認する』『1人で悩まないで相談する』を徹底的に教え込んでいたおかげで、何度も何度も『君は本当にこんなことをしているの?』と聞かれ、その度に証拠や証言付きで否定してきた。

 それでも、最終的に私は断罪され殺された。

 教えた連携と協調によって、用意周到に準備されていた毒を飲まされ血を吐き倒れた。

 頭を良くした分、計画性が格段に上がり最期まで彼らは踏みとどまっているんだと勘違いしていた。

 薄れる意識の中、息の苦しさだけが思考を満たしていたけれど、心臓が動きをとめ脳が活動を停止して終えば、半透明で俯瞰視点の私が再び立ち上がり『その後の話』を視聴し始める。

 あんなに完璧に優秀に育て上げたのに、阿呆な顔でヒロインに群がる彼らを見てがっかりした。

 思考を放棄し、目の前の少女からの微笑みだけを喜びとし、少女の求めるがままにその優秀さを消費し、与えられていた称賛を踏み躙っていく。

 侯爵令嬢を私刑により毒殺した計画自体は、用意周到に準備された計画だったが、それ以外は杜撰でアリバイ工作もしていない。ひたすらに、毒を飲ませる令嬢を騙すことに徹底し、それ以外の人の目があることを考慮さえしていなかった。

 諸外国に響くほどに優秀だと褒め称えられた王国の頭脳は、あっという間に『女で身を持ち崩したアホ』の代名詞になってしまった。

 息子たちの将来に期待していただけ親の落胆は大きく、罪のなすりつけ合いが始まる。

 曰く、『うちの息子は誰それに唆されて、身分を理由に、脅されて』。

 王太子も巻き込んだ、高位貴族同士の言い合いはそのまま国内の貴族を分断し、内紛により国は滅亡。

 元凶となったヒロインは、この騒動のうちに行方不明となりいつしか語られることもなくなってしまった…。

 計画に2人の息子が関わっていると言うことで、中心家門出会ったと決めつけられた侯爵家は早々に闇討ちにあい、屋敷は怨念渦巻く廃墟となってしまった。


 どう足掻いても絶望!!


 あんなに頑張って育成したのに、ヒロインに良いように顎で使われている姿にがっかりしない訳がない。

 考える頭も、相談する習慣も、相手を疑う思慮も培っていたはずなのに。

 結局、どれだけ足掻いてもシナリオ通りに進むのか。罪もない侯爵令嬢をラスボスとして殺さないと満足できないのか。

 しかも、シナリオ通りに『悪役令嬢』を断罪しないと、国が滅ぶ。

 そりゃあね。次代の国を担うような貴族の子弟たちが、罪もない令嬢をよってたかって殺そうなんてセンセーショナルな事件が社会問題にならないはずがない。ましてや、メンツと誇りで保たれているような貴族社会でこれは致命的。

 何が何でも他の誰かに罪をなすりつけ、息子の無実を主張するだろう。

 たとえそれが無理のある理屈でも。

 あくまで、誰が見ても聞いても分かりやすく素行と評判の悪い令嬢、でなければこのシナリオは破綻するのだ。

 私が平和に生き残りたい、と思うこと自体がシナリオの崩壊…破滅の未来に繋がっている。


 なんてバカバカしいのだろう!!


 努力しただけ無駄だと、3回も人生を使って突き付けられてしまった。

 まぁ、うち1回は転生RTAしたからろくに生きてはいないけれど。

 しかも、またもや国が滅んだのを最後に見届けて私は転生させられている。


 こんにちは、4回目のお母さん!


 見慣れた子供部屋の天井を見上げ、もうこのゲームに付き合うのをやめる決意を固める。

 『乙女ゲーム』を愛していたから、クソ乙女ゲーの世界と言えどシナリオを壊さないように、かつ、自分も生き残れるよう行動してきた。

 しかし、その両立が出来ないどころか、問答無用で命を刈り取ってくる上にどうせ国が滅ぶというのなら、もう〜知らん!!

 もしこの世界が、1番どハマりしたあのタイトルやそのタイトルだったら、その世界に殉じるのもやぶさかではなかっただろう。

 だが、正直このゲームには未練も何もない。

 何せ、売っぱらってやろうとしていたゲームだ。


 そうとなれば、あとはタイミング。


 成長し大人になって自分で国外に職を見つけるのが平和的だけれど、残念ながらそうなる前にシナリオは始まり問答無用でバカ共に殺されてしまう。

 そうでなくとも、中途半端に封建的な価値観のあるこの世界では女性の独り立ちは奇異に見られる。

 居ないこともないけれど、あまり推奨される生き方ではない。

 平民のみならず、貴族でも女性で爵位を持ち一家門を支える人もいるが、大体が夫に先立たれて仕方なくだったり、跡取りが成人するまでの中継ぎだったり。あるいは、風聞なんてどこ吹く風の変わり者だったり。

 ましてや、成人どころか就学もしていない幼い少女が国外に居を移したいなんて、どんな理由で許可されよう?

 でもね。実は、あるんです。ほとんど唯一の方法が。

 

 それは、国外の男と結婚、あるいは婚約すること!!


 平民ならおいそれと出来ない方法だ。

 なぜなら、国外の男と結婚までする女性はごく少数だから。

 そもそも関わりがない。

 魔法や魔道具なんて不思議がある世界だけれど、交通の便は馬車か徒歩。

 一応、転送装置なる魔法陣が各所に設置されているが、使用には許可証とそこそこに高額な料金がかかる。もっぱら金持ちか貴族の移動方法だ。

 つまり、平民はチャカポコと馬車に揺られるか、トコトコ歩くしかない。

 大きな街なら、行き交う行商人や旅芸人の誰それに惚れ込んで逃避行よろしく手に手をとって付いていくが、それってほとんど駆け落ちだ。今生の別れにも等しい結婚を許す親はそうはいない。ましてや娘の親ならば。

 しかし、貴族なら?

 それでもあまり一般的ではないけれど、他国へ嫁ぐこともままある。

 主に政略結婚が多いが、稀に賓客に見染められて大恋愛の末…なんてこともあり得る。

 これは1つ前の前世の時だけど、私の元にもいくつか他国からの縁談があった。

 バカ共のステータス育成のためには、まず自分が率先して優秀である必要があり私の名前も近隣国にはそれなりに広がっていた。

 その時点ですでに国王夫妻からは息子の嫁に、と打診があったので、お断りの手紙を出していた。

 10歳にも満たない少女であったが優秀さが売りの娘を尊重し、父は縁談の全てを教えてくれたが、結局は政治的絡みもあって自国の王子との婚約を決めた。

 

 それを今回は、何が何でも他国へ嫁ぐのが目標。

 そのためには今回も優秀な令嬢となり、諸外国に名前を広げなければならない。結果、またもや王子(のちの王太子)から婚約の打診があるだろうけれど、それを蹴れる、あるいは天秤に乗せて悩めるくらいの相手が必要になる。

 今はまだ乳母に抱かれる赤ん坊だけれど、図らずも転生を繰り返したお陰でチート級の知識と経験がある。

 さらに、結果的に失敗には終わったが、ステ上げしたバカ共が生み出したものがある。画期的な政策に実現不可能と言われた魔法、人々を魅了した文学、兵士の効率的な訓練方法。

 それらを提げて嫁げば、たとえ国が滅び後ろ盾が無くなろうとも功績によって冷遇されることはないはず。

 サラリと流されてあまり印象に残っていない縁談の数々だったけれど、今回はしつこく食い下がってでも全部に目を通そう。


 たったの生後数週間で、嫁入り先での身の振り方まで視野に入れて人生設計する人間なんて、世界中できっと私だけなんだろうな。

 誰にも話せない悩みで精神を病まないよう、メンタルの自己ケアだけは心がけよう。

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