第1話:恋は盲目を体験する

 人は死んだらどうなるか。天国で暮らすとか、罪があるなら地獄行き、とか?

 でも日本人には輪廻転生が馴染み深い。

 純日本人だった私も、だから輪廻転生したのかな?と単純に思った。

 けれど、よくよく感げれば『私のまま』であるのはおかしい。

 それなら奇跡的にも生還したのか、とも思ったけれど、段々と視界が晴れて目の前の人物や物の輪郭に加え、色彩や造形まで判別できるようになると『日本ではない』ことに気が付く。

 茶髪や金髪は脱色の上で作られた人工的な髪色でなく、青や緑といった瞳はカラコンではなく宝石みたいに煌めいている。

 もしかしたら治療の一環で海外に搬送された?そんなまさか。実家はそんなに裕福ではない。

 疑問は尽きないけれど、強い憧れのあった海外にいると思うと少しテンションが上がる。

 思わずご機嫌に笑ってしまったが出てきた言葉は『あうあう、だぁ』と喃語なんごで、それに驚いていると『あら〜今日はご機嫌ですね〜』と女性が優しく微笑みかける。

 ここで気がついた。

 私は外国語をここまではっきりと聞き取れないはずだ。

 中学、高校の英語の成績はギリギリ赤点逃れ。その後、大学受験のために死に物狂いで『受験英語』を勉強したけれど、無事に入学を果たした今では全てパァ。毎日授業で四苦八苦していた。

 つまり、私はこの異国(と思われる)に生まれ変わったのだろう、と。

 だとしても、外国語の成績が壊滅的だった私が赤ん坊の時から言葉の判別ができているのは、もしかして転生特典なのかもしれない、と。

 国は違えどある程度の教育は共通だと思うし、もしかして知識チートとかできるんじゃない?

 なんて打算で思わず口角が上がるけれど、視界がはっきりとすればするほど広がる視野に、周囲の大人の着ている服装が現代のものとかけ離れているが嫌でも分かる。

 外国の時代物の撮影か何か?と聞きたくなるような、古典的クラシカルな服装。

 足首まであるワンピースをもっと豪華にしたような…日常的な動きやすさのあるウェディングドレスとも言えるような…。

 母として接してくる女性は、洗濯洗剤や食器洗剤のような香りは一切せず、ふわりと優しく香る花の香りがする。そっと触れる指先は柔らかく一つ存在しない。生活の香りがしない。

 何より私は彼女からお乳をもらっていない。お腹が空いてそれを訴えても、抱き上げて母以外の女性に渡されるのだ。

 おしめを変えるのもぐずる私をあやすのも、一様に丈の長いメイド服に身を包んだ女性たち。


 勘の良いガキの私は気がついたね。これ、異世界転生だ。


 幸いなことに、高貴そうな女性が母であることには間違いはなく。

 つまり現状では生活に困ることはなさそうだということ。

 奨学金とバイトで生活していた前世に比べれば雲泥の差!

 転生特典的な物でもないかと色々とテンプレを試してみたけれど、ステータス画面も収納インベントリも、念じても何も出ない。

 精霊的な存在に『特別な子』認定されるイベントもなく、神様が語りかけてきたり訪ねてきたりもしなかった。

 逆張りで魔王とかが攫いにくるかも?とも思ったけれど、そんな気配はなし。

 平和にこの部屋と散歩先の庭だけが今の私の『世界』だった。

 もしかしたら言語の壁がないのが特典だったのかもしれない。もうそう思おう。

 

 それならそれで、モブでも良いさ。

 お金に困るような地位でないなら、そこそこに生きてそれなりに異世界を観光気分で堪能しよう。

 

 割り切ってしまえば、課題やバイトに追われ時間は捻り出すもの、と無理をしていた前世とは全く違う贅沢な生活だ。寝て起きて栄養補給。たまに愛想良く笑ってチヤホヤされて、そんな日常を穏やかに噛み締めることにした。



 この世界に転生してそこそこに時間が経つ。

 カレンダーも時計もない上に、赤ん坊はとにかく眠くなるので日付の間隔が曖昧だけど、庭の草木の移ろいや空の高さや雲の種類から季節が移ろったのは確かだろう。

 私も成長を続け、乳母の母乳から離乳食に変わり、益体もない喃語から意味が想像できるくらいには口も回り始る。

 危なげないながらも1人での歩行に成功したりして着実に成長を進めている頃、父と兄との初対面を果たす。

 母親の着ているドレスのデザインや部屋の装飾、出入りするメイドの人数からそれなりに高い爵位の貴族だろうと思っていたら、なんとびっくり侯爵家!!

 貴族としての最高位は『公爵』だけど、これは王族が起源の爵位だった気がするから…通常の貴族位では最高の位だ。多分。

 妊娠出産に際し別邸にいたらしいが、落ち着いてきたので訪ねてき次第。

 

 ここで私は、この世界が『どこ』なのか知った。


 前世の死因である交通事故。その原因となったのは当然に突っ込んきた車だけど、そんな場所に立つに至った理由であるクソみたいな乙女ゲームの世界!!

 なんで気がついたかって?

 『赤ちゃんかわいい〜』『お兄ちゃんだよ〜』と母に抱かれた私を覗き込んできた2人の兄。はい、攻略対象その1とその2です。

 『娘だ〜!僕の娘だ〜!!』とデレっとした顔で私を高く抱き上げる紳士も、かなり歳は若いが見覚えがある顔をしている。

 数年後にはヒロインを溺愛し、実の娘を冷たく睨みつけるようになる男だ。

 

 …ってことは、私はいずれラスボスとして死ぬ運命にあるってこと!?

 

 無理無理無理っ!!!

 貴族の娘で安心安泰かと思ったら、悲惨な最期がご用意されてるとか聞いてない!!

 悲観し泣き出す私を乳母が慌ててあやすが、そんなもんじゃ涙は引っ込まない。

 当然だ。

 この先の私がどれだけ惨めで無惨な目に遭うか。想像しただけで涙が溢れて震えが止まらない。

 結局、父親と兄2人との初対面は泣き疲れて眠ている間に終わっていた。




 勝ち組人生の異世界転生かと思ったら、くそ乙女ゲーのラスボス令嬢だったことが判明しました。

 しかしいつまでも悲観はしていられない。

 むしろ悲惨な未来を知っているならそれを回避するのも容易だ。

 …と思ってたんんだけどね。

 軽く考えてた自分は浅はかだ。『強制力』ってのををみくびっていた。

 

 でなければこんな事態になっていないはず。



「侯爵令嬢、君の悪行は既に周知の事実であり言い逃れはできない。私との婚約は解消し、即刻この国から出て行ってもらおう。」


 子リスのようにか弱く震えるヒロインの腰に腕を回す王太子に、兄2人が付き添い、その前にまるで肉盾の如く立ち塞がる2人の少年。

 着飾った生徒らが遠巻き囲み、今まさに悪女と罵られ断罪をされているなんて…今日まで必死に足掻いてきた私は想像もしていなかった。


 ゲームの舞台となる学園に通うこと1年。

 卒業生とそのパートナー以外では、各学年の成績上位者のみが許された卒業祝いのダンスパーティーで大々的に行われる断罪シーン。

 このイベントを避けるべく、ヤケクソ気味にやりきったゲームの内容を必死に思い出しながら足掻いた日々。

 2人の兄。宰相であり侯爵家の跡取り息子である上の兄と、希代の魔法使い(の卵)と言われ注目されている下の兄。

 1番身近な攻略対象である2人と後ろ盾となる父とは、友好的な関係を結べていたはずだ。

 少なくともゲーム設定上での冷え切った家庭環境ではなく、極々一般的に平均的に『娘(妹)』として普通に可愛がられていたと思う。

 手前にいる少年2人も当然、攻略対象。

 神すら魅了すると言われる天才音楽家や、既にソードマスターとしてオーラを習得している若き騎士。

 そして、ヒロインの腰に手を回しているライバル令嬢わたしの婚約者であるはずの王太子。

 いずれも家ぐるみで親しく幼い頃からの顔見知り。いわゆる幼馴染に類する関係だった。 

 当然に一目見て攻略対象と気がついたので、良い関係を築くするべく努力をしてきた。そう、人間関係には努力が必須だ。

 とにかく仲良くなった。恋愛的な攻略はヒロインのものだから、あくまで友人として適度で適切な距離感で交流してきた。

 それでも、知らないわじゃないんだから、と王太子と婚約することになた時はどうしようかと思ったけれど、シナリオ的に必然の設定なら仕方ない。せめて穏便に話し合いで婚約解消できるように、少し変わった肩書きの友人としてお付き合いをしていた。

 

 それなのに!だ。

 正直、今のこの場で怒鳴り散らしたいのは私の方だ。


 唯一ゲームの時との違いは、こちらを親の仇のように見る攻略対象たちに反し、周囲が『侯爵令嬢』に対して同情的で、ヒロイン以下攻略対象たちをバカを見る目で見ている点だろう。

 そりゃそうだ。

 悪役のライバル令嬢が悪役たり得るには、それ相応の行いをしている必要がある。

 ワガママ放題で金遣いが荒く、使用人はこき使い無理難題で難癖つけていじめ抜き、たとえ貴族であっても自分より下だと判断したら容赦無く見下す。

 癇癪を起こし、理不尽な暴力や罵詈雑言を吐き散らかし悪行三昧。

 特に、平民出身で養子縁組により義理の妹となった少女ヒロインを、いじめにいじめ抜く様は同じ平民には悪鬼羅刹の如く映るはずだ。

 加えて、その少女が心優しく慈悲深く思いやりに溢れる清らかさであれば尚更に、悪役の行動が映えると言うもの。

 しかし、結末を知っている以上、そんなことはしない。

 シナリオを破綻させないようにはしたけれど、自分の身も守ることも考えて行動してきた。

 評判を落とさぬよう、普通の令嬢として…と言うか、極々一般的な日本人の感性で過ごしていれば早々悪名なんて浮かぶはずもない。

 ましてや、確実なる悲劇が待っているのなら尚のこと悪いことなんてしない。

 普通にしていれば普通に令嬢の友人ができるし、自然と知り合いも増えていく。

 『味方』と言えるほど強固な関係ではなくとも、断罪される根拠となる悪行の数々がでっち上げと言いがかりであることに気がつき1人の少女ヒロインに群がる男どもの方が『なぁ〜んかおかしくね?』とざわつく程度には味方してくれる。

 が、しかし。

 ざわつきはしてくれるが、所詮はモブ。背景の一部。

 『あり得ない』『何かの間違いでしょう?』『正気なの!?』と言う非難の言葉はBGMにしかならない。

 援護射撃にはなるが、一発逆転の一撃にはなり得ない。

 それでも、普通なら賛同者が出ない時点でいぶかしんだりするものだけど、ヒロインに関わり知能指数が激減したらしい彼らは、『侯爵家の書庫に禁忌の魔術に関する本があった。それによって侯爵令嬢は禁断の魔術によって『魔女』となった!!』と本気でまかり通ると思って言いがかりをつけてくる。

 これには背景一同、目が点。心は満場一致の『本気かこいつら?』だ。

 

 確かに、ゲーム中では侯爵家にあったその『禁忌の魔術書』が、性格が破滅的に悪いだけだったはずの令嬢を、ラスボスに大変身させるのに一役買っている。

 だから私はその本を見つけた時、父に『倉庫の奥深くに仕舞うか、いっそ処分した方が良い』と報告をした。

 父はそれを受け入れ、厳重に封をし、いくつも鍵をかけた箱に入れ倉庫の奥深くにしまい込まれた。

 彼らは、そのたった一度。

 幼い頃に一緒になって見つけたその本を、ペラペラと捲った一瞬で私だけが内容を理解し、仕舞い込まれた後も、記憶した内容を地道に反芻し、修練を重ね習得に至った!と声高に主張している。

 

 バカバカしい。

 

 誰もが『はい、解散!!』と冷めた表情で離れようとし始め、私もそんな周囲に倣って彼らに背中を向ける。


「後日、改めて婚約の解消については父を通してお話し下さい」


 そう言って背を向けた後ろで、それまで攻略キャラの王太子に縋りついて、『ハ』の字に眉を下げて潤んだ瞳で『こんな酷いことされてました…』とメソメソしていたヒロインが、大きく悲鳴を上げて苦しがり始めた。

 『胸が苦しい、内側から焼かれる!!』と泣き出し、しまいには『やめてお義理姉ねえさま!呪わないで!!』と絶叫する。

 この突然のヒロインの行動に、周囲の反応は真っ二つ。

 この小芝居を本気にして私を今にも殺そうと構える攻略対象たちと、『なんじゃそりゃ?』と呆れた顔をしているモブ集団。

 一方的な臨戦体制で一触即発な空気の中、苦しみ喘ぎ息も絶え絶えだったヒロインがコチラを睨むと同時に、超高熱の光球を生み出し放つ。

 脈絡もないこの突然の出来事に、呆気に取られる私を一瞬で飲み込み…そのまま熱も痛みも感じる間もなく焼け死んだ。

 

 この急展開に驚いているけれど、消し炭になったかつて私だったを俯瞰で見ていることにも驚いて声も出ない。

 一瞬で死んで幽霊になって、この騒動を広間の天井付近から眺めることになってどこに突っ込めば良いのか、驚けば良いのか混乱しているうちに、眼下の光景はまるで倍速再生の様に進んでいく。

 高位の貴族令嬢への冤罪及び、私刑による殺人云々カンヌンによりヒロインは逮捕され目も声も潰され、死ぬまでその特別な力で王国に奉仕するために幽閉。

 攻略対象たちはそれぞれにとっての最悪の形で落ちぶれていき、犯罪者の王子を後継としたことによる王家への不審感から内紛が勃発。そこに隣国が介入。

 あっと言う間に国が滅亡。

 まさにこの世の地獄のような光景を、本当にただ眺めることしかできなかった。


 白亜に輝く王城が炎に飲み込まれたのを最後に、私は空の上から強力に引っ張られ吸い込まれ、そのまま意識は途切れる。

 この国の最期を見届けて、ようやく本当に死ねるらしい。

 無駄な努力で終わってしまった異世界転生だったけれど、クソゲーの世界ともこれでおさらば!!開放感で清々しい気分だ。

 

来世の私に期待しよう。

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