死にたくないので結婚します〜ヒロインのせいでバカになるなら、シナリオなんて無視してさっさと嫁がせていただきます!!〜

椎楽晶

プロローグ:初めての怒髪天を衝く

 期待していたタイトルの乙女ゲームだった。

 雨後の筍のように新作が乱立された時代は過ぎ去り、手軽に遊べるスマホゲームに押されて衰退し始めたコンシューマー向け乙女ゲーム界隈。

 久々に生み出された新規レーベルから発売されるビッグタイトルとして、ずっと注目し情報を追っていた。

 スマホにもいくつか『乙女ゲーム』と称される女性向けの恋愛要素や甘い展開のあるゲームをダウンロードしたけれど、やっぱりしっかりと乙女ゲームは別格だ。

 音ゲーやパズルゲームは確かに楽しめる。

 手軽だし隙間時間に遊ぶ分には問題ないから、ついついあれこれダウンロードしてしまっている。

 けれど、ガチャでカードやらアイテムやらを手に入れなければ、キャラへの掘り下げが少ないのがどうしても嫌になってしまう。

 確かに、ガチャでレア度の高いカードや、季節限定のイラストが手に入った瞬間のアドレナリンは凄まじい。

 しかし結局、運と積んだ金が物を言う。

 同じカードを何枚も重ねなきゃシナリオが読み進められないのは、重課金が出来ない学生の身にはもどかしく、それが嫌で結局ログインしなくなり、アプリをいくつも消してはダウンロードを繰り返す。

 スマホを買い与えれてから行く数年、手につけたアプリゲームの正確な数は覚えていない。

 何より、サービス終了で永遠に遊べ無くなったことも1度や2度じゃない。

 その点、買い切りのコンシューマーゲームは良い。手放さない限り遊び続けられるし話も途切れない。

 設定や世界観の未回収も少なく、結末エンディングだっていく通りも用意されている。

 しかし、悲しいかな。

 確かにじっくりしっかりと腰を据えてやる乙女ゲームは格別であるとはいえ、みんながみんなそんなに時間がある訳じゃない。

 手軽にサクッとスナック感覚で甘い展開になってほしい人の数も増え、今ではコンシューマー乙女ゲーム業界は衰退の一途を辿っている。

 それでも根強い人気のタイトルや新作を出し続けてくれる制作会社もあるが、関連雑誌からどんどん記事が消え、それに反し、増える一方のスマホゲームの情報量に寂しさを覚えていた。


 そんな中で久しぶりに雑誌の巻頭を飾った、新規レーベルの立ち上げと新作の鋭意製作中の記事に期待感が一気に膨れ上がった。

 毎月発売される月刊の情報誌で、徐々に公開されていくあらすじやキャラクター、声優や製作陣のコメント。

 シナリオ自体はベタベタで王道な、ヒロインのシンデレラストーリーらしいが、むしろ『これで良い』と安心感すら覚える内容。

 下手に気をてらって大ゴケされるより、手堅く商売して息を長く保ってほしい。

 

 そして、切なる願いと共に待ち望んだ発売日当日。

 

 発売に合わせバイトのシフトを調整し、遊びの誘いを断り準備万端で宅配便を今か今かと心待ちにしていた昼。

 ポストに投函された音で慌てて飛び起きた。

 早る気持ちで震える手にイラつきながらもパッケージを開封し、ジリジリした気持ちで初回のダウンロードを終え起動する。

 ややネタバレでもあるオープニンを見て満足げにため息を吐いたところで、軽食や飲み物を用意し、いよいよ腰を据えてプレイを開始。

 新規タイトルに飢えていた欲求が、冒頭のシナリオを読み進めるごとに満足していくのが分かる。

 『ああ、なんて至福の時間なんだろう』そう思いながら、やや状況に酔い気味なヒロインに『シンデレラストーリーの元であるシンデレラも、あれで結構な性格だと思うし…王道ストーリーのヒロインならこんなもんでしょう』と、好意的に受け止めた。


 そこから数日と数時間後。

 好意的に受け止めた自分を今では心の底から後悔している。


 確かに、ベタベタの王道ストーリーだった。そこは認める。

 中世ヨーロッパ風のファンタジー世界で行われるシンデレラストーリー。よくある世界観の設定だ。

 両親が早くに亡くなり孤児院にて生活していたヒロインは、しかし希少な属性の魔力を持つが故に侯爵家に引き取られる。

 一応は養女として引き取られはしたが、義母と義理の姉になった令嬢に嫌がらせされ辛く苦しい生活を送る。

 そんな中、義父と義理の兄2人は味方をして常に庇ってくれてついには義母と姉は別邸へと移される。

 この、父に疎まれ兄2人に嫌われている同じ歳の義姉が、ライバルとなる侯爵令嬢だ。

 それまでたった1人の娘として愛情と関心を一心に受けていた彼女は、突然現れ同じように大事にされる平民のヒロインが我慢ならなかった、とゲーム中で言っている。

 そして、その嫉妬と嫌悪は年頃になり学校に通うようになると爆発する。

 彼女の婚約者の王太子や、幼馴染の2人の男の子までヒロインに夢中になるからだ。

 数々のいじめや犯罪まがいの嫌がらせ。最終的には禁術とも呼ばれている『禁忌』に触れ、力を得た彼女は世界を未曾有の危機に陥れる存在に成り果て、ヒロインとその攻略相手の『愛の力』で倒される。

 攻略対象が王太子だった場合、ヒロインは王太子妃にまで上り詰める。

 つまりは次期王妃だ。平民出身の彼女にとって、まさにシンデレラストーリーと言う以外何者でもないお話。

 

 なんの捻りもない。話が二転三転したりもしない。

 複雑に絡んだ人間関係や伏線もないし、考察を挟む隙間も読めそうな行間もない。

 

 ヒロインは終始『どうして?』と『どうしよう』を繰り返し、攻略キャラ任せで話が進み、プレイヤーが唯一介入できる選択肢もありきたりな返答ばかり。

 個性豊かな乙女ゲームの登場キャラクターの中には、あえて捻った答えや見当はずれな選択肢から続く会話のやり取りで好感度が上がったりするものだけど、そんな捻くれキャラも裏のあるキャラもこのゲームには存在しなかった。

 むしろ、正解の選択肢にカーソルを合わせると光り輝く花が咲く親切仕様。

 これは昨今の乙女ゲーム離れを危惧し、乙女ゲーム初心者でも簡単にハッピーエンドに辿り着けるよう配慮されてのシステムだと言われていた。

 それならせめてON /OFF機能を付けて欲しかったのは、決してワガママで無理難題ではないはず。

 シナリオもほとんど金太郎飴で、誰を攻略しても金太郎飴。

 何よりも、ラスボスにされたライバルキャラである義姉の扱いが酷すぎる。

 確かに甘やかされ育った『貴族令嬢』だったら、ぽっと出の同性の存在に嫉妬し意地悪もするだろう。

 でも、それが世界ごと滅ぼすまで突き進む理由になるだろうか?

 作中では『同じように教育を受けた』と描写されている生まれながらの貴族令嬢が、誰の目にも入る場所でイジメ倒すのは明らかにおかしい。

 一般市民がするイジメや嫌がらせですら、人目のないところで行われるのに。

 周囲が同調しているなら、大衆を味方に付けて取り囲み集団で行うかもしれないが、彼女はたった1人でひたすらにヒロインをイジメ続ける。

 王族である王太子や高位貴族のお気に入りの少女を。

 頭が悪すぎるし空気が読めなさすぎる。

 そうして、陰口や物を隠すような細やかなものから、階段から落とそうとしたり雇った輩に襲わせようとしたりする大掛かりな犯罪まで。嫌がらせの限りを尽くした結果、定番中の定番。卒業式の舞踏会で断罪が発生。

 実は最強最悪の存在ラスボスにまで成り果てるほどに憎悪を募らせていた彼女はその力を奮い、攻略対象との『愛の力』によってヒロインによって打ち倒される。


 もう、ツッコミ所しかない。

 キャラへの掘り下げもないから余計に、取ってつけたようにラスボスの覚醒が置いてきぼり感を増す。

 

 『いまいちラストに盛り上がりが足りないから、世界を滅ぼす敵を倒す感じで盛り上げさせよう』


 と、投げやりに書き上げられたようだ。

 有名どころの声優をキャラクターボイスにあて、彼らにオープニングとエンディングを歌わせ、1番人気の乙女ゲーム絵師をキャラクター原案に起用。

 けれど、そこまでで予算が尽きてシナリオ脚本家に回せませんでしたって感じの、気合の入っていないストーリー。

 案の定、レビューは大荒れでSNSでは『#駄作 #くそ乙女ゲー』で大盛り上がり。

 私は、と言えば、今はとある店に足音も荒く向かっている真っ最中だ。

 理由はもちろん、売るため。

 レーベル立ち上げの速報から1年以上も待っていたタイトルだっただけに、可愛さ余って憎さ1万倍。

 高く積み上がった期待の分だけ直滑降に落ちて、今は地中深くに沈んでいる。

 それでも買った以上は、手をつけた以上は、全キャラ攻略!!を信条にしているのでやりきったが…それも今日でお終いだ。フルコンプしてやった今、慈悲などない。

 フリマアプリに出品するのも手間だし、ましてや梱包し発送の手続きなんて誰がしてやるものか!と、中古本やCDを扱うチェーン店に向かっていた。ゲームの買い取りもしてくれるからだ。

 夏もまだ先なのにやたらと天気が良く、信号待ちで太陽に当たっているだけでも暑い。勢いのまま飛び出してしまったので、日焼け止めを塗り忘れた肌をジリジリと焼かれる感覚に、更にイラつきを大きくする。

 この感情の吐口に、スマホでSNSで盛り上がる様子を見ていると後ろの方で誰かが悲鳴を上げ、『危ない!』と叫ぶ声が聞こえた気がした。

 並んで信号待ちをしていた人物が飛び退く気配を感じ、何事かと顔を上げたときには…眼前にトラックの鼻面があった。


 痛みはなく、ただ衝撃だけがあった。

 ふわりと高く跳ね上げられる描写をされがちだけど、そんなことはない。

 そのまままっすぐに吹き飛ばされ、アスファルト上で擦り上げられながら倒れ込む。これにも痛みはなく、ただ、擦っている感覚だけがあった。

 掠れる視界の中に、ゲームのパッケージが見える。

 赤黒い液体に飲まれていくパッケージを見ながら、これが最後の乙女ゲームだったこと悔やんでも悔やみきれない。

 

 死ぬ前にもう一度プレイしたいゲームなんていくつもあったのに。

 …よりによってか…。


 深い深いため息を吐いて、吐いて、吐ききって。

 視界は真っ暗になって、私の人生は終わりを迎えてしまった。

 

 享年22歳。乙女ゲーム歴10年。恋人はなし。

 せめて、キスくらいはしてみたかった。

 ポスターやトレーディングカードではなく、もちろん液晶画面でもない。

 生きた人間との触れ合いをしてみたかった。


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