第7話 落ち着ける場所



 暗い空を、優しく光る何かが通り過ぎていく。

 

 それは、翼を持つティアであった。


 大きく羽ばたく時は、翼の光が少し強くなるようだ。


 飛び始めた場所からは、かなり遠くへ来てしまった。


 周りを見渡しても海しか見えない。


 しかし、穏やかだった空域は抜けたようで、突風が吹くようになってきた。


 予期せぬ風が吹いても対応できるほどに、ティアの飛行能力は向上していた。


 さらにスピードを出すために、魔力を操りながら翼の形をいじっている。


 スピードを出すと目を開けているのが難しくなってくる問題には、魔力で顔を覆うように透明の風除けシールドを作り出すことで対応した。


 また、スピードを出すと身体が凍り始めてしまう問題には、魔力で身体全体に暖かい空気を纏うバリアを作り出すことで対応した。


 ちなみに、この魔力を纏う方法を編み出した時に、翼がなくても飛べると確信したのだが、せっかく作った翼が素敵すぎたために、翼での飛行を継続することに決めたのであった。


 目指していた白い世界のような地域が近づいて来た。


 粉雪が降り始めてきた。


 どうやら、この白い世界は雪が降っていて白く見えるようだ。


 粉雪は、身体に纏う魔力バリアの外側でパリンパリンと弾けて消えていく。


 雲の切れ間の光が差す場所は、キラキラと輝きながら粉雪が溶けて湯気に変わっていく。


 この現象も幻想的で素晴らしい。


 

「なんて素敵な場所なのです」



 ティアは導かれるようにその光の中へ入っていった。


 湯気の溜まりは、次第に雲になり、そこから無数の雫が落ちていく。


 雨に変わったのであろう。


 しかし、天気雨のように明るい。


 ティアは翼を器用に操り、その雨の中に入る。


 魔力バリアによって雨も弾かれ、身体が濡れることはなさそうだ。


 ティアが両手を掬うように突き出すと、そこに溜まっていく雨の雫。


 すぐに数口分の水が溜まって零れていく。


 思わず、ティアの喉が鳴った。



「飲めそう……なのです」



 ティアは、覚悟を決めてその水を飲んだ!



「う、うまい!」



 水を欲していた身体に、冷たい水が染みわたっていくのを感じる。


 生きているということを、実感できる瞬間であった。



「こんなの無限に飲めちゃうのです!」



 ティアは手のひらに溜まる水を、次々と飲み干していった。


 水を飲むのに夢中になっていると、雲の形が変わり切れ間からの光が消えていく。


 光がなくなると、雨はすぐに凍りついていき氷の粒に変わっていった。


 氷の粒がピシピシとティアに当たり始めた。


 氷の粒の大きさが大きくなっていく。



「いてっ! いててててっ!」



 大人の手のひらほどの身長しかないティアにとっては、脅威となる大きさになった氷の粒が降り掛かって来る。


 

「やばいのです!」



 ティアは大きく翼を広げてから羽ばたき、急いでその場から飛び去っていった。

 

 すぐに安全な空域に出ることができた。


 氷の雨が降る場所を振り返る。



「水の力で制御するか、風の力で避けるか、気温を上げて溶かすか……」



 ティアはぶつぶつと独り言をしている。


 逃げる間に、いくつかの対応策を考えついたようだ。


 ティアの好奇心がうずうずと動き出す。


 思いついたアイデアを試したくなってきたのだ。



「おっと! まずは落ち着ける場所探しなのです!」



 ティアはすぐに冷静になれた自分を心の中で褒めた。


 そんなことで、何故か涙が出てくる。



「うぅ、こんな体験、初めてで気を抜くと、感動しちゃうのです」



 思ったことを言葉に出すと気が楽になる。


 ティアは泣き笑いしながら、白い世界へ目を向けた。


 白い世界は、吹雪が荒れ狂う世界であった。


 海さえも凍り、流氷が浮かんでいるのが見える。


 空からの僅かな光を反射して、今までの場所より明るい。


 雲も薄いのかもしれない。


 生き物などは存在できないような過酷な場所に見える。


 のんびりと落ち着ける場所ではないだろう。


 目的の水分補給は果たした。


 この場所が何なのかであることも、少しだけ分かった気がする。


 後ろを振り返っても、燃える世界はすでに見えない。


 どちらの方向にあるのかも、分からなくなっていた。



「さて、次はどうするのです?」



 早く、落ち着ける場所を見つけたい。


 試したいことが山ほどあるのだ。


 ティアは周りを見渡しながら、白い世界を後にした。


 

◇ ◇ ◇



 白い世界を離れてから、ずいぶん遠くまで飛んだ。


 白い世界で数を数える意識を確認してからは、もうすぐ50,000カウントを超えそうだ。


 ティアはさらに翼で飛ぶことが上手くなっている。


 もう目を開けていなくも、余裕でかなりの速さで飛べるほどになっていた。


 相変わらず、代わり映えのない薄暗い景色が続いている。


 驚いた現象はいくつかあった。


 そのなかのひとつは、雷だ。


 雲の中を縦横無尽に走る雷光や、海に落雷するのを見つけたときは驚いた。


 雷が見えた後、暫くしてから爆音が聞こえる現象は何なのだろう。


 あまりの爆音に驚いて、ちょっとだけ泣いたのは秘密にしてほしい。


 どう考えても、落ち着ける場所ではないと判断して近づくことはしなかったが。



 気になっていた燃える世界は見当たらない。


 足のつける場所は、どこかにないのだろうか。


 たしか、大地や陸地という言葉があったはずだ。


 そんなことを考えながら、海面に目を凝らす。


 しかし、大地のようなものは全く見当たらなかった。



 この小さな身体に疲労感を感じてきた。


 このままだと、いつかは疲れて動けなくなるのかもしれない。


 早く落ち着ける場所での、休息が必要だ。


 未知の体験は不安が多いものだが、ティアにはまだまだ余裕が見られる。


 ティアは長すぎる時間を過ごした経験から、考えることだけは少し自信がある。


 すでに、いくつかのアイデアを思いついていた。


 ティアは、自分の手を見て魔力のことを考えた。


 そして、顔を上げる。



「試してみないと分からないのです。もう、わくわくを止められないのです!」



 魔力のことはよく分かっていないが、この空間には漂っている魔力の素のような力がある。

 

 それをティアの中にある魔力で操ることができる。


 魔力を感じるだけでなく、魔力の流れなんかは集中すると目で見ることもできる。


 細かい操作は練習が必要だが、ある程度は思い通りに動かすこともできる。


 まだ知らない力の使い方もあると思う。


 魔力で水の球や翼が作れるなら、他のものも作れるのでは。


 例えば、落ち着ける場所も。



「どうしようかなぁ」

 


 ティアは目を輝かせながら腕を組む。


 風の魔力で、空に浮かぶ島のようなものを作る。


 もしくは、水の魔力で海に浮かぶ島のようなものを作る。


 空島は空を移動できるかも知れない。


 海に浮かぶ島でも多くの発見はあるだろう。


 この世界をより知るためには、空島のほうが効率がいいと思う。


 

「よし! 空に浮かぶ島を作るのです!」



 さっそく、ティアは魔力に意識を集中させた。


 周りに漂う魔力には、いくつかの性質がある。


 すでに触れ合ってみて、性質がなんとなく分かるのは水と風の魔力だ。


 水はゆったりとした落ち着きがあり、風は気まぐれで落ち着きがない。


 他の性質の魔力も感じられるが、この辺りには水と風の魔力が多く、あまり自己主張をしてこない。


 辺りには漂う魔力は、ティア自身の魔力で触れ合うことで制御することができる。


 漂う魔力たちと仲良くなることでさらに上手く操れるような手応えを感じる。


 特に、風の魔力は強引に従わせようとすると、嫌がって反発するかのように動こうとする。


 魔力を操ることは、奥が深そうだ。


 まずは、空に浮かぶ島を作ることを考える。


 風の魔力を集めて、空気の密度を高めてみる。


 風の魔力は、一か所に留まろうとさせると嫌がっているような気がする。


 

「大丈夫なのです」



 ティアは優しく話しかけてみた。


 風の魔力は、少しだけ大人しくなった気がするが、まだ嫌々従っているような気がする。


 長く制御するには、常にある程度の意識を向けておかなければ駄目だろう。


 一旦、風の魔力の制御を解くことにした。


 

 今度は水の魔力に集中する。


 水の魔力を操り、ティアが乗れるほどの平たい水の塊を作る。


 

「お! これはいいのです」



 水の塊は、直径1メートルほどの透き通った円状の塊。


 小さなティアにとっては、充分休める大きさではある。


 さっそく、翼をたたんで体重を水の塊に乗せる。


 足の裏からふにゃふにゃとした感触を受ける。


 ちゃんと乗れるようだ。


 念の為、耐久力を確認するため飛び跳ねてみる。


 少しだけ揺れるが、問題ないようだ。



「やったのです!」



 ティアはガッツポーズをして、腰を下ろし、一息をついた。


 

「この柔らさがいい感じ!」



 水の塊を触りながら、満足そうなティア。


 以前に作った水の球と、ほとんど扱い方は一緒のようだ。


 ある程度は思い通りに動かせる。


 それほど意識を向けていなくても、形を維持できるようだ。


 完全に気を抜くことはできないが、意識の扱い方には自信があるため、かなり余裕はある。


 しかも、翼で飛ぶより疲労感も和らいでいる。



「魔力にも効率があるのかもなのです。これも調べないとなのです」



 意識での疲労感を調べた経験から、魔力の使用量にも何か法則があるのかもと予測をたてる。


 考えられることがあるという幸せ。


 ティアはその幸せを噛みしめる。



「さぁ、次はどうするのです」



 ティアは立ち上がり、前を向く。


 ティアの透き通るような蒼い目は、未来を想像して輝いていた。

 


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