第6話 翼をください
見渡す限りの青黒い海。
雲の切れ間からの光たちが、海面をキラキラと光らせている。
あれほど荒れていた海は、穏やかな波を立てている。
気持ちのいい風が吹き、穏やかだが力強く心地良い波の音が聞こえてくる。
「海しか見えないのです」
周囲を見渡すが、どこまでも海が広がっている。
ティアの上空には、どす黒い雲が空を覆っていた。
水の球に掴まり、さらに高度を上げる。
何度か、霧のような薄い雲をすり抜けていく。
高度を上げれば、さらに遠くまで見えると思ったが、すでに分厚い黒い雲の付近まで上昇してしまった。
この雲より上に行っても、雲に隠れて何も見えないだろう。
それに、かなり寒くなってきた。
吐く息が凍っていく。
「あれ?私って、かなり丈夫なのです?」
息が凍るほどの寒さの中、ティアは裸である。
でも、まだ我慢できる寒さだ。
「後で、これも調べるのです」
この世界に来てから、研究対象が山積みである。
ティアにとっては、幸せな悩みのようだ。
満足そうな笑顔をしている。
「さぁ、何か見えないかなぁ?」
伸ばした手を目の上に当てて、眼下を見渡す。
遠くの方は暗くて分かりずらいが、時折に降り注ぐ光のおかげで、はっきりと見える時がある。
充分な時間をかけて観察した。
そのおかげもあって、かなり遠いが異変ある地域を2つ見つけた。
1つは、最初に見た白い世界のような地域。
2つめは、海から噴き上がるように見える、赤く燃える地域。
「楽しみなのです。冒険の匂いがするのです」
小さなティアは、目を輝かせて笑みがこぼれている。
ティアは水の球を両手に抱えて体重を乗せ楽な体勢をとった。
風がないだけで、こんなにも穏やかに過ごせるだなんて。
少し寒いため、ふわふわと高度を下げながら今後のことを考える。
ここに来たのは、ティアと何らかの関係があると思われる光を探していたからだ。
光を探していた理由は、暗闇の世界からの変化を求めていたから。
その変化は叶ってしまった。
想像以上の感動を届けてくれた。
でも、あの私の全てを包み込むような優しい光は、とても大切だと思う。
ちゃんと探しに行かなくてはいけないと思う。
きっとこの海のもっともっと下にいるのだろうと思う。
記憶では、海底の下には炎の海があったはずだ。
この身体では、あの炎の海は耐えられないと思う。
そして、この何故か操れる不思議な力。
魔力。
この力を使いこなせれば、何とかなるかもしれない。
どう使うかは、これから色々試してみればいい。
やることがあるっていうのは素晴らしい。
ティアの顔がまたまた弛んでいく。
さて、今やるべきことの優先順位を考えるのです。
まずは、落ち着ける場所を探すことなのです。
ここでも、さっきの海底でもいいけど、地面があって、もっと広いところが魔力の練習にはいいかもなのです。
できれば、少し明るい所がいいのです。
それと、水が飲みたいかな?
先に向かうのは、白いところか、燃えるところか。
水があるとしたら、白い方が可能性がありそうなのです。
白い世界のような地域に先に行くのです!
そう決めると、ついでに疲労感の意識を確認する。
降臨する前に比べて、大した変動はない。
数を数える意識の確認もして、現在の数値を覚える。
時々、雲の切れ間から溢れだすように降り注ぐ光。
光がなければ、とても薄暗く視界は良くない。
その光を頼りに、ずいぶん遠くに白い世界を見つけた。
できるなら、もう少し明るさがほしい。
ティアが上を向くと、分厚そうな黒い雲が渦を巻いて流れていく。
「あの雲がなければ、もっと明るいのになぁ」
このあたり一帯の豪風を止めてしまえるほどの力が使えたティアは、風の魔力を集めれば、あの雲を散らしてしまうことは出来るような気がしていた。
しかし、よく分からない世界でよく分からない力を、好き勝手に使うのは良くない気もする。
色々と検証したいことが山積みだけど、まずは落ち着ける場所探しを優先しよう。
そんなことを考えながら、ティアは白い世界の方角へ顔を向けて指を指す。
「それでは、冒険へ出発なのです!」
そうして、掴まった水の球を勢い良く動かした。
水の球を両手で掴み、ぐんぐんとスピードを上げていく。
「ひゃー! 楽しいっ! この調子ならすぐに着いちゃうかもなのです!」
水の球にぶら下がるように飛んでいるティアは、さらに速度をあげようと魔力を操る。
急加速の衝撃に、ティアは耐えられず手を離してしまう。
「わわわっ!」
ティアは、手をバタつかせながら落ちていく。
水の球は、ずいぶん向こうに飛んで行ってしまった。
「またまたピンチなのです!」
落下しながら風を感じる。
「これなのです!」
風の魔力で空を飛ぶ。
ティアはそんなことを思いついた。
手を広げ風の魔力を集めてみる。
先ほどの風の魔力を豪快に操った時と違って、繊細に操ろうとすると意外とコントロールが難しい。
「か、風は気まぐれって感じなのです」
魔力を操りながら両手を上に振り上げると、強い風が下から吹き上げてくる。
ティアはうまく風に乗り上昇する。
「ひゃっほぅ!」
風に巻き込まれクルクルと回る。
とりあえずは、この方法なら落下しないが、体のバランスどりが難しい。
しばらくは、風を操って空中散歩を楽しんでいたが、風に舞う小さな埃がピシピシと体に当たるのも煩わしくなってきた。
他に何かいい方法がないかを考える。
すぐにいくつかの空を飛ぶ方法を思いついた。
そして、何故か知っている言葉『翼』が頭をよぎる。
ティアが試してみたくなったのは、天使が持つような翼の形であった。
自身の魔力と、風の魔力を混ぜ合わせて翼の形をイメージする。
背中にその翼が生えるイメージがしっくりときた。
ティアの背中に魔力の光が集まっていく。
魔力の流れを見ると、最初に土台となる骨組みが生まれ、膜ができ、その膜に沢山の羽根が生えていく。
みるみるうちに、キラキラと光りながら翼の形を型どっていった。
小さなティアの背中に、ティアよりも少し大きいぐらいの翼が出来上がった。
少し驚きながら、ティアは両翼を広げて翼を見渡そうとする。
半透明でキラキラと光る翼は、とてもキレイだった。
「私って、すごいかもなのです」
早速、翼で空を飛ぶことを試してみる。
不安もあるが、好奇心が抑えられなくて笑ってしまう。
上昇気流に乗っていた身体の体勢を整えて、翼を大きく広げる。
「いっくぞー!」
上昇気流から飛び出して、翼で風を受けようとバタバタと羽ばたく。
そのまま、ティアは翼をバタつかせながら落ちていった。
「あぁー! なんでなのですー!」
落ちることには、少し慣れてしまった。
とっさに魔力を操り、また上昇気流を生み出す。
とりあえずは、この風に乗っていれば落ちることはない。
飛べる気がしていたが、翼の何が駄目なのだろうかと考える。
また、上昇気流から飛び出し、翼で飛ぼうとする。
何度かそれを繰り返しながら、魔力で翼の調節を行う。
翼に風切り羽をつけると、とたんに飛びやすくなった。
「間違いないのです。私は天才なのです」
ティアは目を輝かせて、ニヤリと笑う。
そして、ティアは翼を羽ばたかせて風に乗る。
「気持ち良いのです!」
ティアは、恐怖心より好奇心が圧倒的に勝っているために、危険な行動でも臆することなく試している。
しばらくすると、翼の使い方を覚えてしまった。
方向転換や急加速など、自由自在に空を飛び回れるようになった。
「楽しいっ!」
アクロバティックな飛行をしながら、白い世界を目指すことにする。
「よしっ! 行くぞっー!」
小さなティアは笑いながら、薄暗い空を羽ばたいて行った。
白い世界とは、どんな所なのであろうかと期待に胸を膨らませて。
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