第2話 私を見つけて



 私は誰なのです?


 夢が覚めたのに、まだ夢の中のような感覚なのです。


 目を開けようとしても開かないのです。


 自分が何者なのかさえ分からないのに、不思議な気分。


 ふわふわと意識だけの存在になったようなそんな感じ。


 今まで感じたことのない気分。


 でも、とってもいい気持ちなのです。



『ーーティア』



 ん?


 なんか聞こえたような気がするのです。


 

『ティア』



 綺麗な声なのです。


 聞こえただけなのに、全てが満たされるような気持ちになるのです。


 ん?


 ティア?


 そうだ! 私の名前なのです!


 ティア!


 私の名前は、ティア!


 

 次の瞬間、世界が急速に広がっていく。


 一瞬の間に膨大なイメージが頭の中を通り過ぎていく感じだ。


 大きな爆発。

 

 爆発点から一瞬で広がる眩い世界。


 小さな命。星。銀河。宇宙。


 数えきれないほどの星たちが見えた。



 とっても綺麗なのです。



 それに、微笑みかけてくれたような優しい気持ちになる声が聞こえた気がする。



 なんだか涙が出そうなのです。


 涙?


 涙って何だったのです?



 目を探そうとするが、身体で動かせる部分がない。


 というか、身体がないような気がする。



 私は意識だけの存在になったのです?



 ティアは何かできることはないか探してみた。


 身体があるような気がするのだが、動くことはできない。


 どうやら考えることだけができるみたいだ。



 現状の確認をしたいのです。


 でも、身体の感覚がないのです。



 しばらく試行錯誤してみるが、何も分からない。


 暗闇で目を閉じたままのような状態であることは分かった。


 周りには何もないような気もする。


 ティアはさっきの声がまた聞きたいと思った。


 何か音がしないか意識を集中させてみる。


 どれくらい集中させただろう。


 数分だった気もするし、何年もそうしてたような気もする。


 この意識は眠ることもできないようだ。


 

 う〜ん、何にも聞こえないのです。


 たぶん、私には音を聞く機能がないと思うのです。


 何かの力みたいのは感じるのです。


 時々、身体がゆっくりと揺れるような感じ。なんだか浮いてるような、ふわふわした感じがするのです。


 力というかエネルギーというか、私に何かが降り注ぐような感覚を何度も感じたのです。


 それが何かは分からないのです。


 次は、その感覚に集中してみるのです。



 また時間が経ったような気もするし、それほど経ってないのかも知れない。


 降り注ぐ力のようなものは、時々感じた。それが強い力なのは何となく分かった。


 時折、それとは別に、何かが私にぶつかる事があった。


 それは小さな塊のようだけど、ぶつかられると痛いような気がする。


 何も分からない状態でそんなことがあると、何だか悲しい気持ちになる。



 私は何なんだろう。


 どこかで磔にされてて、目も耳も潰されて、石でもぶつけられてるのです?


 きっと、私は罪人なのです。


 とっても悲しいのです。



 ティアは落ち込んだ。


 そんな時、今まで感じたことのないような衝撃がティアを襲う。


 身体をえぐられたような感じだ。



 痛っぁぁああ!!


 な、何なのです!?



 衝撃で身体が大きく揺れたような気がした。


 ティアはしばらく様子を見たが、その後は何も起こらなかった。


 次第に怒りが込み上げてきた。



 許さないのです!


 私をこんな目に遭わせたものに復讐してやるのです!

 

 今に見てるのです!!



 ティアは意識を集中させ、また何か分かることはないかを探し始めた。



◇ ◇ ◇



 どれぐらいの時が経っただろう。


 ティアの怒りはすでに消えてしまっていた。


 考えつく事は全て考えたと思う。


 何を考えても答えは出ず、ただただ孤独な時を過ごす。


 

 許さないのは間違いだったのです。


 何が起こっても許すのです。


 ずっとひとりぼっちなのです。


 誰でもいいから、私を見つけてほしいのです。


 それが叶うなら、何でもやるのです。



 そんなことを考えても、相変わらず何も変わらない。


 何度も自死しようと試してみたこともある。


 私の意識は消えなかった。



◇ ◇ ◇



 ある時、ティアは何故か最初から知っていた概念があることに気づいた。


 言葉だ。


 私。誰か。名前。頭。目。耳。


 考える。見る。聞く。触る。動く。

 

 楽しい。悲しい。怒り。哀しい。


 知らない言葉も多いだろうが、最初から数千の言葉を知っていたように思えた。


 なぜ体験したこともない言葉を知っていたのだろう。


 これもいくら考えても分からない。


 答えをくれる存在がいないからだ。



 現状の確認が必要なのです。


 私に出来ることは考えること。


 意識があるというのだけは間違いないのです。


 身体はあるかもしれないし、ないかもしれない、分からないのです。


 孤独で頭がおかしくなることはよくあるけど、正気を保てていると思えるのは、自分でも不思議なのです。


 でも、もしかしたら私はすでに狂っているのかもしれないのです。


 何か分かるとしたら、なぜか知っていた言葉たち。


 これからは、知っている言葉の意味を考えたり、知らない言葉を作ったり探すことを考えるのです。



 しかし、この言葉遊びはティアには合わなかった。


 言葉を知っていても、それを再現する方法がないからだ。


 自分の無力さを、悲しむことばかりなのだ。


 また、誰かに対しての言葉を考えるとなると、寂しくて寂しくてどうしようもなくなる。


 ティアの言葉のボキャブラリーは、さほど増えはしなかった。


 最近は、頭を空っぽにして何も考えないことが多くなってきた。



◇ ◇ ◇



 ティアは、数を数えるようになった。


 1秒1カウントほどで12億ほど数えた頃、ティアはあることに気づいた。


 一定の間隔で暖かく感じる部分が移動しているのだ。


 数を数えるのをやめたくないが、同時に違うことを複雑に考えるのは難しい。



 せっかく自分なりに正確な時の進み方を見つけたのです。


 あともう少しで何か分かるような気がするのです。


 なんとか数を数えながら、他のことを考えるには……思考を分けることはできないのです。


 ん?


 本当にできないのです?



 ティアがそう考えると、ものすごい発見をした気分になった。


 ピコーンと閃いた音さえ聞こえた気がした。


 突然、ティアは数を数えるのをやめた。


 12億ちょっとを数えていたのに。


 そのぐらいの衝撃が、この発見にはあったのだ。



 いや、できるのです!


 なんでもできると信じたら、できるのです!


 思考だって分けられるのです!



 ティアは自分に言い聞かすように、そう願った。


 すると、意識に壁があるとしたら、その壁を破ったような気分になった。

 

 この永く続く暗闇の中で、これほどまでに前向きになれたのは奇跡のような状態であった。



 何かの力を感じる。


 とても強い力だ。


 意識も身体も、その力にビリビリと反応しているのを感じる。


 ティアの中にその力が流れ込んでくる。


 ティアはためらいなく力を受け入れた。



 おぉぉ!すごく楽しみなのです!


 さぁ!どうなるのです!?


 

 不思議な現象が治まると、また静寂が訪れた。


 探す場所などあまりないのだが、何か変化が見当たらないか探してみた。

 

 しかし、特に変わった様子は見つからなかった。



 うぅ……ふぐぅ……



 自分だけの意識の中で、ティアのすすり泣く声だけが聞こえる。


 希望が見えた後の絶望は、さらに苦しいのだ。


 しかし、暗闇の中で、幾たびもティアは悲しみを乗り越えてきた。



 大丈夫、また立ち直れるのです。



 ティアは泣きながら、自分に言い聞かした。



 ティアは泣き疲れたころ、また数を数え始めた。



 また……最初からやり直すのです。



 数え始めてすぐに異変に気づく。


 ティアは数を数えながら、別の複雑なことも考えられるようになっていた。

 

 同時に意識を分けることができたのだ。


 嬉しくてしょうがなかった。


 ティアの心の中で笑い声がこだまする。


 初めての変化だったからだ。



 意識、思考を分けることで、新しい発見がいくつか見つかった。


 まずは数を数える意識と、別のことを考える意識の2つに分けてみた。


 1カウントずつ数えていくと、数が大きくなるにつれて桁が多くなりすぎて、数えるのに1カウント以上の時間がかかってしまう。


 それでも、今まで数えてこれたのは、大きくなった数字をイメージで捉えたからだ。


 1カウントを正確に同じタイミングで数えることに集中していたのだ。


 それは、ものすごい桁のデジタル秒時計をイメージする感じだ。



 これはそうかも知らないと思っていた発見だが、1カウントで思考できる量がすごく増えていた。


 昔なら100カウントはかかって考えていたことも、今なら1カウントで考えることができる。


 逆のこともできた。


 意識を操作することで、あっという間に10000カウントぐらい経っていることもあった。


 これは眠るという行為に近いのかも知れない。



 寂しくて悲しい気分の時は、この操作で眠りにつくのです。


 ちょっとは役に立つ力を手に入れたのです。



 どちらも自分の意思である程度は調節できるようだ。


 この結果は、数を数える意識が比較対象になっているため間違いないと思う。


 意識同士は、リアルタイムで情報を共有している。


 意識の数を増やすこともできそうだ。


 試しに3つ目の意識を増やしてみた。



 う!なんだか力が抜けていく感じがするのです!


 さらに増やしたらどうなるのです?



 4つ目の意識を増やすと、ティアは意識が遠くなっていった。


 


 目が覚めると、また同じ暗闇の世界だった。


 他の意識は消えていた。


 ティアは心の中でため息をつく。



 また数え直しなのです。



◇ ◇ ◇


 

 それから、時が流れる。



 悲しい気持ちになることが減ったのです。


 それでも、寂しくて泣いちゃうことはあるのです。


 何か考えることがあるというのは、いいことなのです。


 この残酷すぎる世界はいつ終わるのです?


 嫌っ!!


 ーーこのまま、ずっと独りは嫌なのですっ!!


 私を助けなくてもいい!私を利用したっていいっ!!なんだってするっ!!


 偶然でも奇跡でも、なんでもいいから!


 だからっ!誰かっ!


 

 ーー私を見つけて!!


 

 ティアはとても強く、とても強く願った。




 その願いは、いつもと同じように永き暗闇に飲み込まれていく。


 今、ティアの心の中では、ティアの泣き声だけが聞こえている。




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