ほしをすくうもの
malder
第1話 星を掬うもの
コーヒーに砂糖を入れ、スプーンでかき回す。
みなさんは、そんなコーヒーの渦巻く様を見て、宇宙に思いを馳せたことはないだろうか?
もしかしたら、この渦の中に宇宙があるのではないか。
もしかしたら、私たちもまた誰かがかき回したコーヒーの渦の中でいるのではないか。
そして、コーヒーを飲んでから、こう思うはずだ。
「コーヒーは美味しい」
◇ ◇ ◇
私の名前は星賀 天音。
日本の第二東京都に住む、今年で高校を卒業する18歳。
といっても、中高大一貫校なので、まだまだ学生は続くのですが。
今は、コーヒーを飲みながら、リモートでの講義を受けている最中なのです。
外は雨は降っていないが、どんよりとした天気だ。
思わず眠気から頭が落ち、眼鏡が鼻からずれる。
リモート用の眼鏡をかけなおすと、レンズの右下に先生のワイプ映像が見える。
正面には文字が浮かび上がっていた。
「ふぁ。コーヒー飲んだのに眠いなぁ」
「ん?星賀!なんか言ったか?」
私の独り言に、ワイプの中の先生が反応したみたいだ。
先生側からはこちらの映像は見えず、音声しか聞こえないのに慌てて姿勢を正す。
「い、いえ!何でもないです」
「しっかりしろよ〜?ここは復習範囲だが試験に出るぞ〜」
「すみませんでした」
怒られてしまった。
歴史の授業は退屈なのよね。
でも、テストに出るなら覚えないと。
成績が悪いと、宇宙での仕事ぐらいしかないからね。
私は眼鏡のレンズを通し、前方に浮かび上がる文字を必死に覚え始める。
世界人口の推移
世界人口は、西暦1年ごろは3億人、15世紀ごろは5億人だったといわれている。
食糧生産の技術や医学、公衆衛生の発達が遅れていた時代は、餓死や病死も多く、人口の増加ペースは緩やかであった。
18世紀代の産業革命により人類の生存率が上がり、世界人口は10億人を超えた。
20世紀の第二次世界大戦後に、世界人口は急激な増加を始め、20世紀初頭におよそ16億人だった人類は、1998年には60億人まで達した。
21世紀の2050年には世界人口は100億人を突破した。
過去の予想では、2064年に世界人口はピークを迎え、徐々に減少すると言われていたが、現在の2098年でも世界人口は120億人を超え、さらに増え続けている。
これは小学生の頃から、何度も勉強した内容だな。
人類の人口が増えすぎてしまったから、地球の資源では人類はこれ以上生きていくことが出来ないらしい。
毎日毎日、戦争や殺人、強奪、貧困での餓死など暗いニュースが流れている。
昔は、安全大国日本などと言われていたみたいだが、私の周りでも強盗や殺人事件はよく起きる。
小さい頃から食べるものがなくて、ひもじい思いをしたことは何度もある。
コーヒーを飲むのは週に一度のとっておきの楽しみだ。
暗い話題ばかりで嫌になるのです。
宇宙に出た方が幸せだと言われているが、宇宙で生き残るには更なる困難が待っている。
まもなく第五次世界大戦が始まるらしい。
みんなは人類史上最大の核戦争となると言っている。
私は、こんな時に講義なんて受けていていいのだろうか。
でも、今の私にできることなんてない。
今は、学業に専念してーー
『星に巣食う愚かな生き物たちよ』
ふいに声が聞こえてきた。
『自らの罪を償う時が来ました』
頭に……心に直接話しかけられている感じがする。
女の人の悲しい声のように聞こえた。
まるで泣いているようだった。
何故かは分からないが、とても悲しい気持ちになる。
私の目から涙がこぼれてきた。
眼鏡の中の先生が驚いて何か叫んでいる。
先生にも聞こえたようだ。
突然、物凄い地鳴りの音が聞こえた。
まるで地球が悲鳴をあげているように唸り始めた。
部屋が大きく揺れている。
棚が倒れ、電気が点灯している。
テーブルのコーヒーカップが床へ落ちて、割れる。
窓の外が赤く光っている。
私は椅子から落ち、窓の方へ這いつくばって向かう。
眼鏡のレンズの映像は切れてしまった。
なんとか窓の近くまで辿り着き、立ち上がる。
そして、窓から外を見た。
遠くから見渡す限りの赤い炎の波が向かってくる。
空は赤黒く、世界は燃えていた。
全てを燃やし吹き飛ばす炎の波が、すぐそこに。
ーーまだ、死にたくない。
ーー生きていたいのです。
私は涙を流しながら消えていく。
その日、世界は終わりを迎えた。
◇ ◇ ◇
ここは星の力を持つものだけが存在を許されるところ。
大いなる意志と呼ばれる不思議な力が支配している。
無限の広さを持っているのだろう。
この吸い込まれるような黒の空間は、何も聴こえてこないのに頭が痛くなるほど騒がしく、体が燃え続けるような熱さなのに凍ってしまうほどに寒い。
この場所で、孤独でいることはできるのだろうか。
星たちは耐え切れずに「私を見つけて」と、泣き叫ぶように光輝いているようだと私は感じる。
私も同じ気持ちになることがあった。
疑問は浮かぶが、ここでは答えは見つからない。
いつからか、どうしていいのかも考えるのやめ、何のためにここにいるのかも忘れてしまった。
ただひたすらに、役目を終え消滅する瞬間を待ち望むしかないようだ。
ーーまた声が聞こえる。
私が大いなる意志と呼んでいる声だ。
それは私の心に直接語りかけてくる。
透き通るような声色でとても優しい。
私の心に強烈に染み渡っていくのだ。
この声に、たとえ恐ろしいほどの悲劇が待っているとしても、全てを投げ出して従わなくてはならない。
繰り返す永遠なる時。
私の罪はどれほど重いのだろうか。
この星を見届けなければいけないらしい。
どれほどから大きいと言っていいのかは分からないが小さな星である。
ポロンという星に導かれた星だ。
この星は、確かに面白い因果を持っている。
名前さえも分からないことなど、いつぶりだろうか。
もしかしたら、私と同じような運命を辿るのかもしれない。
そうだとしたら……。
今はこの星を見守っていればいいはずだ。
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