第2話 6
「――兵騎をですか!?」
そう言って拳を握り締め、目を輝かせた兎属の娘。
白髪を肩で切り揃えた彼女は、俺の背後のユニバーサルアームを見上げて、心底嬉しそうな笑みを浮かべている。
「お、おう。
おまえ、アレを知ってるのか?」
「あちし、サイベルト領の外れの出でして。
ロギルディアと隣接してるんで、買い出しの時とかに、あっちの町にも行ってたんですけどね。
その時に何度か訓練してるの見た事あるんですよ」
めっちゃ早口でまくし立てる兎娘。
「かっくいいな~、すごいな~って、ずーっと思ってたんです。
でもほら、リシャールって兵騎持ってないじゃないですか~」
多くの遺跡を発掘しているロギルディアと違い、農耕狩猟が中心のリシャールは兵騎を保有していなかった。
主戦力は戦闘系獣属と、魔道によって強化された騎士団で。
子供の頃に父上に連れられてロギルディアを訪れた際、兵騎を見せられた俺は、我が国もアレを導入すべきだと、父上に申し上げた事があるんだ。
「おまえ、名前は?」
目の前のウサギ娘に訊ねる。
「ノエルです!
兵騎大好き!
陛下が昔、導入をご提案されたと耳にしまして……当時は却下されたようですが、今なら騎士になればあちしも兵騎に乗れるんじゃないかって、志願しました!」
ノエルが言う通り、かつての俺の提案は聞き入れてもらえなかった。
いや、正確にはディオスや大臣達に反対されたんだ。
――我が国には鍛えられた騎士団がいる。
――獣属の戦士団がいれば、あんなガラクタ必要ない。
……などなど。
無能な俺の提案というのも、反対意見に拍車をかけた要因だったんだろう。
元々、魔道が軽視されがちというリシャール特有の思想もある。
国民の半数以上が獣属である為、魔道よりも自身の肉体性能に重きを起きがちなんだ。
その結果、二年前にジャルニードの森で起きた大侵災への対処で、リシャールはロギルディアに遅れを取る事になった。
魔物が出す瘴気は生身の肉体をたやすく侵し、魔道器官を停止――死へと至らしめる。
戦闘には魔道士による結界が必須となり、魔道士の少ないリシャールは、ジャルニードの森の辺縁部で魔物の侵攻を食い止める防戦一方となってしまったんだ。
一方、兵騎を主力としていたロギルディアはというと。
兵騎の
だから、魔物の侵攻に対して有利に戦う事ができて、彼らはジャルニード浅層部の魔物をほぼ駆逐できていると聞いている。
ぶっちゃけて言うと、軍事力に劣る我が国は、ジャルニードの森の大侵源が無ければ、いつロギルディアに侵攻されても不思議じゃない状況なんだ。
そんなワケで、俺は騎士団の意識改革を行う事にした。
血筋より能力重視に。
肉体鍛錬と並行して、魔道鍛錬にも重点を置く。
そして、ユニバーサルアーム――兵騎の導入だ。
冥府で中型に分類される――一〇メートル級の魔物に対応するための兵装、それがユニバーサルアームだ。
アリサが言うには、人界の遺跡で時折見つかる兵騎は、まだ冥府と人界の境が曖昧だった時代に放棄されたものを魔道帝国が発見し、複製したものなんだとか。
この辺りをノエル達新人に説明したところで、冥府を知らない彼女達には理解できると思えないので割愛する。
「じゃあ、ノエル。乗ってみるか?」
途端、彼女はグイっと顔を寄せてきた。
「――良いんですかっ!?」
「お、おう。じゃあ、こっちこい」
兵騎に合図を送ると、騎体は跪いて手を差し出す。
俺とノエルがその上に乗ると、兵騎の手は胸の高さまで持ち上げられた。
胸甲が開いて鞍房が露わとなり、中から闘士が這い出してくる。
「その子が一番手かい?」
「ああ、すげえ乗りたがってたんだ」
俺が苦笑しながら闘士に応じると、彼は肩をすくめる。
「おめえの初めてを思い出すな。
めっちゃ目ぇキラキラさせて、子供みてえにはしゃいでたよな」
闘士の言葉に、俺は顔を逸らす。
横にいたノエルと目が合った。
「――陛下もですかっ!?」
「おうよ。挙げ句にすぐに乗りこなしちまって、調子に乗ったカンチョーが特騎を用意したくらいだ」
闘士の言葉にノエルはさらに目を輝かせる。
「――特騎! 特別な騎体って事ですよね!?
すごいすごい! さすが陛下です!
ソレ、見たいなぁ!」
「ま、機会があったらな」
俺は闘士から面を受け取り、それをノエルに手渡す。
「おまえがこの汎用騎を乗りこなせるようになったら、俺も兵騎で直接指導してやるよ」
「ホントですか!? 約束しましたからね?
よーし、頑張るぞ~!」
と、ノエルは面を着けて、鞍房内の鞍に座る。
「その固定器――そう、それだ。それに手足を突っ込むと、合一が始まるから、とりあえず自由に動いてみろ」
指示通り、ノエルは内壁からせり出した円筒――固定器に四肢を突っ込む。
俺と闘士は地面に飛び降りて、兵騎から距離を取った。
「さてさて、何分持つと思う?」
闘士の問いかけに、俺は苦笑。
「こればっかりは、本人のセンス次第だからな」
「――さすが、いきなり実戦投入で勝ち星あげたエース様は言う事が違うね。
俺なんて、感覚に慣れるまで、ゲーゲー吐きまくったっていうのに……」
俺にはわからん感覚なんだが、人によってはそういう事もあるらしい。
ムーザなんかは、完全に合わないクチらしくて、出撃時はいつも生身だもんな。
ユニバーサルアームのフェイスシールドにほのかな輝きが灯り、それは紋様を描いて
ノエルが騎体に合一した証だ。
『う、動きま~す』
ぴょこんと片手を挙げてそう告げると、ノエルはその場で爪先立ちになって、クルリと回って見せた。
「――んん?」
俺と闘士がそろって声をあげる。
初めての搭乗でターンだと?
『すごいすごい!
本当に自分の身体みたいになるんだ!』
目の前で、騎体はピョンピョンと小さくジャンプを繰り返したかと思うと。
『――えいっ!』
大きく跳んで、そのまま宙返り。
砂埃が舞って、新人達がどよめく。
『陛下! この子、本当にすごいですね!
兵騎って、こんなにも自由なんだ~』
無邪気に喜ぶノエルをよそに、俺と闘士は目を丸くして顔を見合わせた。
「……いきなり当たり引いたんじゃねえか?」
呆れたような闘士の呟きに、俺もうなずきを返すしかない。
「逸材って、いるモンなんだなぁ……」
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