第2話 5
演習場に響く地響きにも似た足音。
交わされる剣戟もまた重厚で、激しい火花がそこらで上がる。
――兵騎。
<継承戦争>以前の――魔道帝国時代と呼ばれた時代の古い遺跡から発掘される、全高五メートルほどの巨大な甲冑。
胸部にある鞍のような座席を収めた房で、専用の仮面を着けることで合一し、まるで手足のように扱えるという遺物だ。
「アイン殿下、いかがですかな?」
「うん、すごいな……」
私は声をかけてきた将軍に応えて、拳を握り締めた。
ジャルニードの森に、アレらを帯同させなかった事が悔やまれる。
我がロギルディア王国は、鉱山採掘で発展してきた国だ。
そして、採掘の際に時折見つかる遺跡群からは、兵騎をはじめとした古代の魔道器が多数見つかる。
ジャルニードの森での侵災被害が、我が国側では比較的少ないのも、それら魔道器――特に兵騎を使って魔物を排除しているからに他ならない。
「将軍の忠告を聞いておくべきだったと、反省している」
今にして思えば、クレアの力を過信していたともいえる。
いくら浅層の探査とはいえ、魔物を相手にする以上、念には念を入れて、兵騎を帯同させるべきだった。
そうしていたなら――
思い出すのは、こちらを射抜き、見下すようなあの真紅の瞳。
――カイル・リシャール。
いつもおどおどしていた醜い――とても王族とは思えない見た目をした小男だ。
一年前の勇者召喚の儀で遺体ごと消失し、死んだと思われていたあの男が、どういうわけか、見た目すら変わって生きていた。
――次は国ごと潰すぞ……
あの底冷えするような威圧感に満ちた声に、私は震えを覚えてしまった。
肩を押されて、みっともなく尻餅を突き――そして、あろう事かクレアさえもが、彼に魅了されているようだった。
その事が……赦せない。
あの男は、どこで得たのかも知れぬ、怪しい風貌の戦士達を使い、半日かそこらでリシャール城を占拠し、王位を簒奪したのだという。
農業中心で発展してきたリシャールの軍事力が、元々それほど高くないとはいえ、だ。
父上――ロギルディア王は、ジャルニードの森の大侵源が残っている現状、リシャールと事を構えるつもりはないと仰っているが……
――次は国ごと潰すぞ……
あれは本気の言葉だった。
そして、いつでもそれができると――そう確信している声色だった。
大侵源を調伏したら、そうするぞという宣言のようにも思えた。
……ならば、だ。
私はこの国を、クレアを守る為にも、あの男がもたらすであろう危機に備えなくてはならない。
そう、これは国の為なのだ。
私は国の為、これまでも働いてきた。
平野部に乏しく、食料の多くをリシャールからの輸入に頼っている我が国をより良くする為、ディオスをうまく唆し、リシャール国民に不満を溜め込ませたのも、すべては我が国の為だ。
そう、カイル・リシャールの予想は正しい。
いずれ時を待って、圧政に苦しむ民を救う名目でリシャールの地を解放するつもりでいたのだ。
父上は良く言えば温和な正確だが――私にしてみれば、甘いと言わざるを得ない。
ジャルニードの森を挟んですぐ向こうに肥沃な大地があるというのに、なぜ我が国は貴重な資源を切り売りして、食料を買い入れなければならないのか。
相手が強大な防衛力があるなら、躊躇するのもわかる。
だが、リシャールの軍事力は我が国に比べて、ひどく貧弱だ。
いまだに騎士と戦士による白兵戦に頼っている。
魔道士による法撃や兵騎戦闘には、まるで対応できないのだ。
そんな貧弱な国を目の前にして、なぜ放置しておくのか。
私が王位を継ぐ頃には――計画通り行っていたのなら、私はリシャールからディオスを排除して、併呑していたはずだった。
圧政にあえぐリシャールの人々は、私を英雄と讃えただろう。
それなのに――
――カイル・リシャール。
やつの所為で、すべてが水の泡だ。
奴は国内の重税を即座に取りやめ、各地に食糧支援まで始めたのだという。
国庫が底を尽きつつあったはずなのに、どこから食料を手配したのか不明だが……民からの奴の名声はうなぎ登りだという。
今の段階では攻め込む名目がなくなってしまった。
我が国の民達ですら納得しないだろう。
リシャールの国民にしてみれば、ただの侵略だ。
私は拳を握り、奥歯を噛み締める。
……だが、まだだ。
まだ、手はある。
ディオスは幽閉されたそうだが、まだ計画には修正が利く段階だ。
「それで将軍、手はずは済んでいるのか?」
私の問いに、将軍はうなずきを返してきた。
「ええ。先方も此度の事にはたいそうご立腹だったそうで。
殿下の提案を、喜んで受け入れてくださいましたよ」
リシャールにも、正義が見えている者が残っているようでなによりだ。
満足して笑う私に、将軍は――
「だた……」
と、付け足して、言い淀む。
「どうした? なにか不都合でもあったか?」
「それが……どこで聞きつけたのか、クレア様が、ご自身もご列席なさると言い出しまして……」
「なんだと?」
「先方も、聖女様が同行なさるなら、箔が付くと乗り気になっております」
私は頭の中で、計画に修正を加えて思案してみる。
「ふむ……悪くはない、のか?」
聖女の名の元に、正当性を強調する事もできるだろう。
なにより、カイルの苦渋に歪む顔をこの目で見られるかもしれないのが良い。
「よし、ならば私が彼女のエスコートを務めるとしよう。
――おい、手配を頼む」
脇に控えていた侍従に告げると、彼は一礼して応じた。
――カイル・リシャール……
……二度と私を見下させはしない。
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