第2話 4
俺が訓練場に顔を出すと、騎士達は明らかに憎しみの表情で出迎えた。
まあ、わからんでもない。
今までディオスの名の元に、好き勝手できてたわけだからな。
俺が王位に着いてから、騎士達は厳重な監視下に置かれ、おかしなマネを見つけたら、すぐに処罰するようにしてるんだ。
不満はかなり溜まっているだろう。
だからこそ、俺は今日、顔を出してみたんだ。
「……無能の簒奪者が!」
騎士達のひとりが呟く。
聞こえないとでも思ったのだろう。
だが、俺の身体はいまや耳も良いんだ。
「おい、そこの――」
悪態をついたヤツを正確に指差すと、その騎士の周辺が恐れたように下がる。
結果として前に押し出される形になったそいつは、うろたえながら周囲を見回している。
「今、なんつった?」
俺はそいつに歩み寄り、訊ねる。
「あ、あああ、あの……」
「確かリィングル家の長男だったか。
てめえも家が無くなったからつって、泣きついて居残ったクチだったよなぁ?」
「――ぐぇふっ!」
腹に膝を入れてやると、そいつは呻いて倒れ込む。
訓練用の革鎧を着けていたが、今の俺にはそんなもの障害にもならない。
「不満持ってる連中を飼っとく趣味はない。
てめえはクビだ!」
俺が脇に控えていた闘士のひとりに視線を送ると、彼は敬礼してリィングル家のバカ息子の後首を掴んだ。
闘士はヤツを片手でぶら下げて、そのまま訓練場を去っていく。
それを見送り、俺は集まった騎士達を見回す。
「他に不満がある者は?
いるなら、さっさと出ていけ」
俺は静かに告げる。
「――こ、こんなやり方、赦されないぞ!」
騎士のひとりが叫んだ。
俺はそいつを見据える。
「俺が王だ。誰に赦される必要がある?」
「だ、だが! 我々がいなくなって、誰が民を守ると言うのだ!」
ざわりとどよめいたのは、先日入隊したばかりの新人達だ。
彼らは怒りの表情で、発言したバカを睨みつけている。
「そ、そうだ! 王よ! 考えを改められよ!
我々が民を、引いては王を守ってやってるのだ!
我々なくして国は成り立たん!」
古参の騎士達が口々に喚き出して。
俺も頭に血が昇るのを感じた。
「……てめえの立場の為に、民を人質に取ろうってのか?」
押し殺した俺の声に気圧されて、バカ共がたじろぐ。
「そ、そんなつもりは――」
「そういうつもりだろうが!
散々、民を苦しめておいて、いまさら民の盾ヅラしやがって。
この半年、てめえらなんぞ居なくても、民は自分達で生きてきたし、これからは俺が彼らを守る!」
ディオスが王位に着いてから。
独自の領軍を持つ諸属領はともかくとして、王家直轄領や貴族領の統治はひどい有様だった。
魔獣や魔物の被害を民が訴えても、騎士達は出動する事なく、多くの民が家族を失って嘆いていたというのだ。
その報告書を目にした時の、俺の気持ちがわかるか?
目の前が怒りで真っ赤に染まったよ。
騎士達は信用できねえから、民間の武装組織――冒険者ギルドに多額の報奨金を提示して、各地の魔獣討伐依頼を早急に手配させた。
……だというのに、だ。
「――クソどもがっ!」
俺は右手を真横に伸ばす。
魔道器官を意識すれば、俺専用の武器庫から晶剣が転送されてくる。
「――いま発言した者は選べ!
今すぐ騎士を辞めるか、ここで俺に斬られるか!」
切っ先を向けられた古参騎士達は――
「無能が粋がりおって!
貴様など、周囲の兵がおらねば――!」
ひとりが剣に手をかける。
「……遅えよ」
その手が鮮血と共に宙に舞った。
「ぎゃあああああああ――手、手がああぁぁぁぁ!?」
「乱心! 王が乱心だっ!」
まるで周囲に知らしめるように、別の騎士達が口々に叫んで抜剣する。
「お~お~、カイルちゃん、ブチギレてんなぁ」
闘士のひとりが楽しげに口笛を吹いた。
斬りかかって来たのは、どいつもこいつも古参の騎士ばかり。
数は十数名ってトコか。
抜いた剣は刃の潰された訓練用ではなく、物騒にギラつく真剣だ。
最初から隙きあらばと狙ってたって事だろう。
そんな連中に手心を加えてやる必要はねえな。
俺は騎士達が振るう剣を晶剣で斬り裂き、その身もまた斬り捨てていく。
対人訓練にすらならない。
「ヌルすぎる!
この程度で、民を守るだと!?」
俺に切っ先を掠らせる事すらできていない。
俺には周囲を見回す余裕さえあるっていうのに、だ。
居並んだ騎士達は、顔を青くしている者もいれば、興奮に目をきらめかせている者もいる。
後者は新人達に多いように思えた。
それだけ騎士達が恨まれていたという事だろう。
一分もかからず、俺は襲いかかってきた連中をすべて斬り捨てた。
辺りは血の海になり、十数名の死体が沈んでいる。
「こいつらは反逆者だ。
家族が居るならば、捕らえて処罰しろ。
――かかれ!」
闘士達に命ずると、彼らは敬礼して駆けて行く。
残った闘士が死体の片付けを始める中、俺は居並んだ騎士達を見据えた。
「……他に不満がある者、辞めたくなった者はいるか?」
全員がブルブルと首を横に振った。
俺は笑みを浮かべて見せる。
「よろしい。
それじゃあ、新人以外は訓練を再開しろ。
――ダーニッツ教官!」
俺が教官役を買って出てくれた闘士に声をかけると、彼はビシリと敬礼。
「はい。
――行くぞ、ウジ虫共! トロトロするな、ブタ共め!
走れ走れ走れ!」
ダーニッツ教官の叫びが訓練場に響き渡る。
いやー、相変わらずおっかねえな、ダーニッツ教官。
俺も新人促成訓練の時、さんざん泣かされたもんな……
騎士達は尻を蹴飛ばされながら、訓練場を走り始める。
「さて……」
俺は残した新人達に目を向ける。
目の前で起きた惨状に嘔吐を堪えてるやつもいるが――この場にいるのは、騎士の横暴に耐えかねて、自ら状況を変えようと志願してくれた者達ばかりだ。
「諸君らには、これから促成訓練を経て、この国の騎士団の中核になってもらいたいと考えている」
新人達が驚きの表情を浮かべる。
そりゃそうだろう。
本来の騎士は、貴族の血筋から輩出されるものだ。
新人達は公募の申し込んでは来たものの、端役にしかなれないと考えていたに違いない。
だが、俺にはそんな気はない。
「血筋や家柄なんて関係ない。
実力があれば、騎士としていくらでも上に行かせてやる」
新人のひとりが恐る恐るといったように挙手する。
「……平民でも、ですか?」
俺は笑ってみせた。
「平民でも、だ。
むしろ、そういうヤツには爵位を与えてやるつもりだ。
むろん使えるなら年齢すらも関係ない!
だから、まずは励め!」
新人達は顔を見合わせ、それからうなずき合う。
「――はい!」
良い顔だ。
俺もまた彼らにうなずきを返し、それから背後の闘士に合図を送る。
その闘士はうなずき、情報端末を取り出して連絡を送った。
わずかな間を置いて。
それは頭上から飛び込んでくる。
重厚な着地音が響き、砂埃が舞う。
「――くぉらーっ! なにをこれしきで転んでやがる!
ウジ虫が! 魔物に食わせるぞ!」
砂埃の向こうからダーニッツ教官の怒声。
風が吹いて砂埃が流され、それは全容を顕にする。
全高五メートルの甲冑――ユニバーサルアームだ。
「それでだな。
諸君らには、コレを扱えるようになってもらう」
俺の宣言に、新人達は目を丸くする。
「――兵騎をですか!?」
目を輝かせて訊ねてきたのは、最前列に陣取ったウサ耳の少女だった。
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