第2話 2

「――というワケで、ミナ様はあの小屋がお気に入りという事です」


 俺の執務室にやって来たネイは、ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、そう報告した。


「……あんなボロ小屋じゃなく、客室を使ってもらいたいんだがなぁ……」


 机に山積みになっている書類を押しのけ、俺は一休みする事にする。


 窓の外に目を向ければ、かつて俺が暮らしていた小屋が見える。


 小屋の外には、俺が暮らしていた時に作った小さな畑があって、ミナが手入れの真っ最中だ。


 城の使用人のお仕着せを身にまとい、黒髪を紐で結い上げた彼女は、畑周辺の雑草取りに熱中しているようで、三階にあるここから俺が見ている事には気付いてない様子。


「まあ、それがミナの希望なら、それを叶えてやるべきか……」


 俺は視線をネイに戻す。


「小屋の警備は?」


「手始めにガード・ユニットを三基配置しました。

 また、闘士達の巡回ルートにも変更を加えます」


「うん。俺の方でも、カンチョーにD・ユニットを借りられないか申請してみる」


「ハァッ!? 隊長、ここ人界ですよ!?

 いくらミナ様が大事だからって、ドラゴン持ち出します!?」


「なにもドールやアームってわけじゃないんだ。

 ユニットレベルなら問題ないだろう?」


「なにが隊長をそこまで駆り立てるのか……」


 過保護なのはわかってる。


 だが……


「おまえもあの偽聖女見たろ?

 あのツラは、絶対になんか仕掛けてくるぞ」


 なんでも自分の思い通りになってたのが、俺には通用しなかった。


 そのうえ俺はミナを優先したんだ。


 かなりご立腹だろう。


「知ってるか?

 嫉妬って感情は、本当に怖いんだ……」


 今はディオスと一緒に幽閉している前王妃がそうだった。


 前王妃は事あるたびに、俺を生んで亡くなった母様を罵っていた。


 父上と前王妃は政略結婚だったんだが――母様は父上に望まれて側妃になったのだという。


 前王妃にしてみたら、父上の関心を奪われた気持ちになったんだろう。


 それを肯定するつもりはないが、気持ちはわからないでもない。


 俺だって、ミナが他の男に関心を持つなら、気が狂いそうなほどに嫉妬するはずだ。


 クレアはあの時、明らかに俺に取り入ろうとしていた。


 だが、俺はそれを拒絶した。


 当然、あの女の嫉妬の矛先はミナに向かうだろう。


 アインはあの女に強く出られない様子だったし、なにかあってからじゃ遅いんだ。


 警戒し過ぎるくらいで丁度いい。


「わかりました。

 ミナ様には折を見て、隊長がペットを用意してるって伝えておきます」


「ああ、頼む」


 ネイは会釈して応じると、お茶の用意を始めた。


 ガサツでチンピラみたいな冥府の闘士達の中にあって、ネイは比較的まともな人格の持ち主だ。


 冥府に招かれる以前は、どこかの異国の王族に仕えていたようで、メイド仕事も手慣れたものだった。


「そういえば、領主を招く際なのですが――」


 ティーポットからカップにお茶を注ぎながら、ネイが思い出したように切り出す。


「――宴には、ミナ様も参加させるべきだと思います」


「あ? なんでまた……」


 いや、参加させるのは別に良い。


 ただ、部屋替えを断ったように、ミナはあまり華美な事は好まない性格のようだ。


 宴に参加させても、疲れさせるだけじゃないだろうか?


「実はですねぇ……」


 そうしてネイが語ったのは、使用人達の一部がミナをナメてるって話で。


 特にディオスに媚びを売ることで重用されてた連中に、その傾向が顕著なのだとか。


 ネイはエプロンのポケットから、冥府製の情報端末を取り出す。


 闘士同士がやり取りしたり、作戦指示を受けたりするのに使う代物だ。


 彼女が端末に触れると、空中に数名の姿が投影された。


 みんな知った顔だ。


 使用人の中でも、上位の立場にいた者達。


 そして、俺が城にいた時に、ディオスに媚びる為に、率先して俺を虐げていた連中だ。


「コイツら、クビにしたんじゃなかったのか?」


「隊長、彼らの実家を取り潰しにしたでしょう?

 行くトコないから、なんとか働かせて欲しいって泣きついて来たんですよ~。

 人手が足りないのは事実ですし、仕方ないから平に戻して再雇用って形にしたんです」


「結果、ふざけたマネしてんじゃねえか……」


 沸き起こる怒りを、ネイに出されたお茶を飲んで鎮める。


「とはいえ、公募してイチから教育する手間を考えれば、クビにしづらいって理由もあるんですよぅ。

 なので、ここらでミナ様の立場をはっきりと使用人達に示しておくべきかと」


 ネイが言うには、現在、使用人達の間では、ミナがうまいこと俺に取り入った事になってるそうだ。


「ホントは、さっさと婚約でもして欲しいモンなんですが……」


 俺は思わずお茶を吹き出した。


「――バッ! バッカ! おまえ、バッカ!

 そそそ、そういうのはな、お、おお、お互いの気持ちを確かめ合ってから――」


「はいはい、わかってますよ。

 だからそこまでは望みませんて。

 でも、だからこそ宴の席で、ミナ様が隊長の大事な客人である事をはっきりと公言して欲しいんですよぉ。

 無能なメイドって認識で一年も働かされてたんですから、使用人達の意識だって、そうそうすぐには変わりませんよ」


 ディオスのクソが、ミナをそんな扱いしてた所為じゃねえか……


「どの道、ディオスの不正を暴露するんでしょ?

 その時にでも、ミナ様の扱いが間違ったものだったって宣言するだけです」


「わかった。それで行こう。

 じゃあ、ミナに合った衣装も用意する必要があるな」


「はいナ! それはおまかせください!

 とびっきりに磨き上げてみせます!」


 胸を叩いて応じるネイ。


「装備部と医療部のアネゴ達が、あの子は逸材だって手ぐすね引いてお待ちかねなんですよ~」


「……あ~」


 あの人達か……


 俺も冥府で訓練始めたばかりの頃、さんざん玩具にされたっけ……


 腕は確かなだけに、文句も言いづらいんだよな……


「……無茶だけはすんなよ……」


「むふ、それはミナ様しだいってトコですかねぇ」


 これはダメだ。


 きっと全力で行っちゃうヤツだ。


「それじゃたいちょ~、わたしはさっそく準備に取り掛かります。

 お勤め、頑張ってくださいね~」


 と、ネイは敬礼して、執務室を出ていった。


 俺はため息つきながら、椅子を回して窓の外に目を向ける。


 雑草取りが終わったのか、ミナは野菜の収穫をしているところだった。


 やたらでかく、赤々と実ったトマトに表情を輝かせている。


 宴の席でも、あんな風に笑ってくれれば……


 そう願いながら、俺は再び机の上の書類を崩していく作業に戻った。

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