ひょうきん猫メイドのお仕事
第2話 1
カイルくんが王様になって、お城は目に見えて明るくなった。
回廊を歩く人達は、前のようにビクビクする事もなく、そこらで談笑が聞こえる。
掃除もちゃんと行き届いていて、見違えるよう。
みんな、口々にカイルくんを褒め称えてる。
でも、カイルくんの日記の内容を知ってるから……あたしはちょっぴり不満だな。
前に彼らがカイルくんをどんな扱いをしてたか。
カイルくんがどんな想いでそれを受け止め――仕方ないと諦めていたのか、みんな知らないんだ。
……あたしだって、彼の気持ちがすべてわかるわけじゃないけどさ。
ひどい扱いをしてたクセに、自分達に都合良くなった途端にもてはやすのって、なんか違うと思うんだよね。
ジャルニードの森から帰って一週間。
あの日、疲れ果ててそのまま眠ってしまったあたしは、その後、カイルくんに会えていない。
なんで急にカッコ良くなってるの、とか、なんであたしを助けてくれたの、とか。
いろいろと聞きたい事があるんだけど、彼は今、国の立て直しでてんてこ舞いなんだって。
ディオスは毎日のようにロギルディアのお城に行ってたから。
王の決済が必要な仕事が、めちゃくちゃ溜まっていたんだって。
中には急を要するものもあって、決済待ちの間に状況が変わっちゃって、一から書類を作り直しになってるものもあるんだとか。
そういうのの仕分けだけで一日が潰れる事もあるらしくて――ただ会いたいってだけのあたしがワガママを言うワケにはいかないよね。
あたしはといえば、掃除洗濯のお仕事はしなくても良くなった。
元々、先王は国賓として迎える用意をしていたようなんだけど、ディオスが先王に黙ってメイド扱いしてたんだとか。
そんなわけで、あたしは晴れてお客様の立場になったわけだけど……
「――だから、困ると言っているでしょう!?」
このたび晴れてメイド長から降格されて、平メイドになったニルスさんが金切り声をあげる。
あたしの事をいつも無能と叱り飛ばしてた人だ。
先王よりディオスに従って、あたしをメイド扱いしてたのがバレて、降格されたんだって。
「そんなこと言われても……いまさら部屋を移れって……あたしだって困ります!」
そう。
食堂で朝ご飯を取って、カイルくんの小屋に戻ってみると、メイドさん達が勝手にあたしの荷物を持ち出そうとしてたんだ。
それで問い質したら、転居が決まったって。
一年も暮らしてきたから、この小屋にはそれなりに愛着もある。
いまさらいきなり部屋を移れなんて言われても、納得ができないよ。
そもそもこの部屋に住めって言ったのは、他ならぬニルスさんだ。
――無能には無能の部屋がふさわしいわ!
なんてケタケタ笑いながら。
小屋の入り口で立ち塞がるあたしに業を煮やしたのか、ニルスさんは目を吊り上げる。
他の――かつてニルスさんに媚びていた――メイドさん達も、不満そうにあたしを睨んだ。
「――ちょっとあの無能に気に入られたからって、調子に乗って!」
その手が振り上げられる。
気に入らない事があると、すぐ手をあげるのがこの人の悪いクセだ。
「あらあら~? 無能ってひょっとしてたいちょ――じゃなかった、陛下の事ですかぁ?」
と、ひどく間延びした口調で、小屋の陰から猫耳をしたメイドさんが姿を現す。
「――ネイさん!」
「メ、メイド長!?」
驚くあたし達をよそに、彼女は滑るようにあたしのすぐ隣までやってきて。
「……はぁ、こんな簡単な言いつけもできないなんて、あなた達、本当に無能ですね~
挙げ句に自分の無能を棚に上げて、お忙しい陛下を無能呼ばわり。
クビにしちゃいましょうか?
ミナ様、どう思います?」
「へ? え、と……あの……」
急にそんな話を振られても困るよ!
ジャルニードの森であたしの護衛をしてくれたネイさんは、今はメイド長を務めている。
彼女に限らず、現在のリシャール王国の要職は、カイルくんの仲間――冥府の闘士と呼ばれてる人達で固められてる。
ディオスに従ってた人達をクビにしたら、自然とそうなったみたい。
「――ですが、メイド長! わ、わたくし達は言いつけ通り、転居をお願いしていただけです!」
「ウソ! 勝手に荷物を運ぼうとしてたじゃない!」
あたしが反論すると、ニルスさんはまたあたしを睨んだ。
「ニルス~、わたしは転居の説明をするよう申し付けたはずですよね~?」
「ですからこうして転居させようと――」
「だぁから、あんたは無能だっつってんですよ~?
その耳は飾りですか~?」
「――なっ、なあッ!?
わ、わたしはレイムンド子爵家の――」
途端、ネイさんの表情が笑みから真顔に変わる。
「そのご自慢の家が取り潰されて帰る場所がねえから、ヒラでも良いから残してくれって泣きついて来たのは、てめえだろうが。
あんまガタガタ抜かすんなら、マジで放り出すぞ」
押し殺したドスの聞いた声で、ネイさんはニルスに囁いた。
普段のふんわりした声色とはまるで違う……底冷えするような囁き。
「っとに使えねえなぁ。これでメイド長だったっつーんだから、この城の使用人も程度が知れるってもんだ。
てめえら、説明はわたしがやるから、城の便所掃除でもしてろ!」
ドン――と、ニルスさんを突き放し、ネイさんはゴキゴキと肩を鳴らす。
「は、はいぃ!」
尻餅ついたニルスさんは、他のメイドさん達を引き連れて、まるで逃げ出すようにこの場から去っていった。
それからあたしの方に振り返って。
「さて、ミナ様~」
先程とは打って変わって、いつも通りの優しい声音。
「バカが説明端折って勝手に動いたようで、申し訳ありませんでした。
――改めてご説明致しますと~」
賓客のあたしが、この小屋で暮らすのは体面上良くないという事みたい。
「ニルスみたいに、ミナ様を軽んじるバカが出てきますからね~。
でも、ミナ様は移りたくない、と」
「はい。ここには色んな思い出があって――」
ほとんどが辛い記憶ばかりだけれど、あたしはこの小屋に確かに愛着を感じていた。
「……その、ここにいると……」
カイルくんを身近に感じられる――そう言いかけて、恥ずかしくなって首を振る。
顔が真っ赤になってる気がして、あたしはネイさんから顔を逸した。
「と、とにかく! どうしても転居しなきゃダメですか?
あ、あたし……豪華なお部屋とかもらっても、緊張しちゃうっていうか……」
「……ふむ」
ネイさんは顎に手を当てて考え込む。
「一応、防衛面なども考えての、隊長――陛下の申し出だったんですがね~」
「防衛面?」
「いやね、陛下ってば、お隣の自称聖女サマを偽聖女呼ばわりしたじゃないですか~。
そうなるとリシャールは、ミナ様を聖女として擁立しようとしてるって見られちゃうワケなんですよ~。
――ここまでは良いですか~?」
あたしはうなずく。
召喚された時、あの場には両国の偉い人達が集まっていたもんね。
「そうなると、当然、聖女の力を目当てに、良からぬコト考えるバカが湧いてくるんですよ~」
「でもあたし、なんの力も持ってないですよ?」
「事実はどうでも良いんですよ。
陛下がミナ様を大切に思っている――それだけで十分、ミナ様には価値があるんです」
「カ、カイルくんが、あ、あああ、あたしを!? なんで!?」
あたしは日記でカイルくんを良く知ってるけど……カイルくんにとってのあたしは、最後を看取っただけの――一度、言葉を交わしただけの女のはずじゃ……
驚くあたしに、ネイさんは面白そうに笑みを浮かべる。
「おやおやおや~? なるほどなるほど~」
なにやら勝手に納得した様子で。
「ま、その辺りはそのうち隊――陛下から説明があると思いますよ~。
なにはともあれ、ミナ様は――陛下が暮らしていたこの小屋から離れたくない、と……」
「な、なんか変な含みがあるけど――そ、そうです」
あたしがうなずくと、ネイさんは両手を打ち合わせた。
「かしこまりました。主やお客様のご要望に可能な限り応えるのがメイドです。
転居無しで防衛できるよう尽力させてもらいますよ!」
ネイさんは胸を叩いて請け負ってくれて。
あたし、なんとか転居するのを免れたみたい。
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