冥府の女王の宴会

閑話

「――ハイ、というわけでっ!」


 会議室に集った冥府の闘士達を見回しながら、俺の隣に座ったアリサがやたらハイテンションに告げる。


「なあ、カンチョー。

 なんでそんなテンション高えんだ?」


 俺が頬杖突きながら訊ねると。


「キ・ミ・がっ!

 いつもい~っつも、そんなテンションだからだよっ!

 ただでさえキミやミナちゃんは陰キャなんだから、せめてわたしくらいハイテンションじゃなきゃ、ジメジメ暗いお話になっちゃうんだよっ!」


 一息に言い切り、アリサはもう一度周囲を見回す。


「では、改めて!

 カイルくん帰国おめでとう会兼国盗り祝勝会兼大反省会を始めようかっ!」


「――おーっ!」


 冥府の闘士達は、基本的にノリが良い。


 アリサの宣言に、拳を突き出して歓声を上げる。


 机の上にはたくさんの料理が並んでいるが、ガラも頭も悪い闘士達は、けれど「待て」ができる忠犬なので、アリサの許可があるまで手をつける事はない。


「まずは本日の主役のカイルくんから一言!」


 右手を差し出され、俺は立ち上がって周囲の面々を見回す。


 どいつもこいつも人相の悪い――チンピラか山賊かという、いかつい風貌をした連中だ。


 だが、こいつらが人一倍人情に篤く、俺の境遇にひどく同情してくれていたのを――俺はこの一年で、よく知ることができた。


 そして今日、彼らの協力で俺はすべてを取り戻したんだ。


 込み上げそうになる涙をこっそり拭うと。


「おい、カイルちゃんがまた泣いちまってるぜ?」


「う、うるせえ! 誰が泣くか!」


 からかわれて、俺は声を張り上げて反論する。


「ま、まあなんだ。みんなの協力で国を取り戻す事ができた。感謝する!」


 こういうのは長々と喋っても仕方ないからな。


 俺は手短に告げて敬礼した。


「はい、拍手っ!」


 アリサに促されて、会議室に拍手が響き渡る。


 それを見回して、アリサが手を横に振ると、拍手はピタリと鳴り止んだ。


 冥府の闘士は、本当によく訓練された番犬なんだ。


「この国の有様はよーくわかったからね。

 とりあえず落ち着くまでは、わたしらが滞在して協力してあげるよ」


「ホントか!? それは助かる!」


 正直、将軍以下騎士団すべてが汚職まみれで、文官にしても大臣や政務官は軒並み甘い汁を啜っていて、すべて処分しなければならない状況だったんだが――すげ替えようにも替える首がないから、どうしようかと本当に困ってたんだ。


「大臣レベルの仕事なら、オペ子達で回せるとして……騎士団はどうしよっか?

 性根を叩き直すって手もあるけど……」


「それでふるいにかけて、ダメな奴はクビにしようと考えてる。

 同時に身分を問わずに騎士を公募するよ。

 訓練に闘士達――教育下士官を貸してくれると助かる」


「いいよ。あとは諸属領だね」


 リシャールは多様な種属の領域をまとめ上げた連合王国だ。


 王家はそのまとめ役となっているが、各領地では王家より領主の方が民に慕われていたりする。


 まして今は、ディオスの度重なる徴税政策のせいで、王家は恨まれている状況だ。


「ああ。とりあえず一度城に呼んで、領主達に説明するしかないだろうな。

 俺の簒奪に賛成している者ばかりでもないだろうし……」


「根回しは任せなよ」


「ん? ツテでもあるのか? カンチョーが?」


「ふふん。わたしはこれでも冥府の女王――サティリア様の忠実なる眷属なんだよ?

 サティリア教会に降臨すれば、そんなのなんとでもなるのさ!」


 なるほど。


 サティリア様は各国で信仰されている女神であり、生と死を司る面から、種属を問わずに生活に密着している。


 そのツテを使うってワケか。


 領主達がどれほど王家を恨んでいても、サティリア様の眷属の意向を無碍にはできないもんな。


「でも、カンチョー、いつまでもこっちに居て良いのか?

 ――冥府は?」


「ディーちゃんに任せてきたから大丈夫!」


 アリサがディーちゃんと呼ぶのは、彼女の腹心――ディーネイア副長の事だ。


 見た目幼女なクセに、ぶっちゃけ事務処理能力はアリサより高い。


「そっか。じゃあ、遠慮なく頼らせてもらうよ」


「むふ。大いに感謝しなよ?

 さて、それじゃあ諸君、大筋がまとまったところで、ここからは無礼講だ!

 ――乾杯!」


「――かんぱ~い!」


 アリサの宣言に、闘士達はジョッキを掲げて応えて、目の前の餌にがっつき始める。


 料理は城で用意されたものではなく――これからの事を思えば、無駄遣いしたくなかったから――冥府から持ってきた合成食だったが、やはり場所が違えば気分も違うのか、飲み食いしているうちに、帰って来たという実感が湧いてくる。


 ジョッキを傾けながら感傷に浸っていると――


「――それでカイル隊長、お目当ての女とはドコまで行ったんです?」


 バカのひとりが無遠慮にそう声をかけてきた。


 俺の直属のひとりで、頭をピンクのモヒカンにしたゴキゲンな忠犬だ。


 名前をビエルという。


 ヤツの問いかけに、俺は思わず呑んでいた酒を吹き出す。


「――バッ! おま――ドコまでとか!」


「……ふふふ。ミナ様は帰投してすぐにお休みになられましたからね~。

 ぶっちゃけ隊長はお姫様抱っこしただけです!」


 いつの間にか背後に立っていたネイが、口元を手で隠しながらビエルに答える。


「――お姫様抱っこ!?」


 ネイの言葉に、周囲のバカ共も反応した。


「一般装備背負っただけでヒィヒィ言ってたカイルちゃんが!」


「――バッカ、女の前だからカッコつけたかったんだよな?」


「さすが現役のおーじサマ!」


 口々に囃し立てるバカ共。


「ちなみにこれは、ディー副長の入れ知恵ですよ~。

 どんな時に女がトキメクのか、副長は隊長に懇々こんこんと説いていらっしゃいました~。

 ま、参考文献は副長お気に入りの少女漫画ですけどね……」


 ネイがさらに解説して、バカ共は腹を抱えて笑い出す。


「あー、うっせうっせえ! そうだよ! ミナと再会できたら――どうして良いか、考えすぎてワケわかんなくなってたんだよ! 悪いかっ!」


 机を叩いて声を張り上げる。


「だからわたしは、壁ドンから顎クイコンボの――キスでフィニッシュって言ったじゃん!

 きっとミナちゃんはイチコロだったはずだぜぃ?」


 アリサまでもが乗っかって、俺の肩に肘を置いて絡んでくる。


 彼女の前にはすでに酒瓶が三本も空けられていた。


「お~」


 忠実な番犬達は、飼い主の言葉に感嘆の声を漏らして拍手する。


「さすがカンチョー。頭アレでも女だったんだな……」


「おい、今言ったヤツ、出てこい。調教してやる!」


「やっべ、カンチョーがキレた!」


 机が倒れて食器が床で鳴り響く。


 闘士達は笑い転げ、アリサは大暴れだ。


 やっとリシャールに帰って来たワケだが。


 しばらくはこの喧騒に振り回される事になりそうだな。

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