第1話 5
茶髪王子――ディオスに連れられて、あたしはリシャール諸属連合王国の王城で暮らす事になった。
くれあちゃんは勇者――聖女として、あの時茶髪王子と一緒にいた金髪イケメン――ロギルディア王国の王太子アインと一緒に、そっちの国に引き取られたみたい。
アインの言い分としては、ディオスが先にあたしを選んだのだから、ロギルディアはくれあちゃんを選ぶ権利がある――とかなんとか。
人をまるでモノみたいに選別する彼らに、あたしはひどく不快感を覚えたけど……異邦人であるあたしは、この世界では何処にも行くところなんてなくて……
ディオスは、彼が言うところのハズレのあたしを選ぶ事になってしまって、ひどく腹を立てたみたい。
「――こんな女をもらったところで、下働きにしか使えんではないか!」
と、あたしはお城に着くなり、メイドさんに預けられて。
日々、掃除や洗濯をして過ごす日々。
他のメイドさん達は魔法を使って手早く終わらせるのだけれど、魔法なんて使えないあたしは、すべて手作業で。
グズで無能の烙印を押されるまで、そうたいした時間はかからなかった。
「――クレア様は多くの魔法が使えるというのに!」
メイド長があたしを叱責する時によく使う言葉だ。
生活の場として与えられたのは、王城の片隅にひっそりとたたずむ小屋のようなところで。
日本での生活を思えば、自分の部屋があるだけありがたいと思うべきかな。
その古めかしい見た目に反して、中が綺麗に掃除されていたのには驚いた。
それもそのはず。
ここはあたしが来るまで、別の人が暮らしていたんだ。
――カイル・リシャール。
あたし達を召喚する為に命を落とした、あの綺麗な目をした人。
それに気付いたのは、空き時間になんとなく小屋の本棚に置かれた本を読もうとした時。
ああ、勇者として無能なあたしだけど、召喚時の――いわゆる特典っていうんだっけ? そういうのはちゃんとあったみたいで。
この世界の人の言葉がわかるし、文字も読めたんだよね。
どういう仕組みかわからないけど、そもそも勇者召喚なんてよくわからないもので連れて来られたんだもん。
なにか魔法的なものだと考えるようにしてる。
とにかく、本棚に置かれてた本の一冊を手に取って、内容に目を通した時。
あたしは言葉を失ったよ。
それは、カイル・リシャールの日記だった。
つづられている日々の出来事は……伯父さん達に冷遇されてたあたしから見ても、辛いものばかりで。
「……キミ、王子様だったんだね……」
それなのに……
城のみんなから忌み嫌われて――それでも彼らを愛したい、愛されたいというまっすぐな想いが……涙で滲んだ文字からありありと読み取れた。
「……カイルくん、キミ、バカだよ……」
思わずあたしは涙ぐむ。
カイルくんが好かれようと努力するほどに嫌われ、距離を置かれ。
それでもカイルくんは諦めなかった。
なんとかみんなに認めてもらおうと頑張って……
辛いはずの日々に、ささやかな喜びを見出して日記につづる、彼の人となりにあたしは魅せられていた。
どんな辛い事があっても、彼は――例えば育てていた花が咲いたとか、軒下の鳥の巣のヒナが孵ったとか。
そんな些細なことに、彼は幸せを見出していた。
そうして王に勇者召喚の儀式の喚起者になる事を提案されて――命を賭けると知らされてもなお、国の為になるならって、それを受ける事にしたみたい。
……儀式の前日の記述は。
ああ、きっときっと怖かったんだろうね。
いつもは涙で滲んでても綺麗なキミの文字が、すごく震えて歪んでる。
『――それでも僕なんかの命で、両国の多くの民を救えるなら……』
そう結ばれた日記に、あたしは涙を抑えられなかった。
「……ごめんね。カイルくん。
それで喚ばれたのが、あたしみたいな役立たずで……」
彼の日記はあたしの宝物になった。
辛い城での生活――日々の雑事も、寝る前に彼の日記を読む事で、一緒に乗り越えてるような気持ちになれてさ……
そうして城での生活に慣れてきた頃――あたしが召喚されてから半年ほど経った頃。
……王様が亡くなった。
勇者召喚以降、体調を崩して床に伏してたらしい。
速やかに葬儀が執り行われ、国中が喪に服して。
お城の様子がおかしくなり始めたのはその頃から。
ディオスが王位を継いで、明らかにお城の雰囲気は変わった。
騎士達が我が物顔で回廊を歩き回り、比較的あたしにも優しかった文官さんは、まるでこそこそと隠れるようにして移動する。
メイドさん達も以前のように表回廊を使わなくなり、使用人用の裏回廊を使うようになった。
掃除中に一度、悲鳴が聞こえて行ってみたら、メイドさんが騎士に殴られていた。
「――オレ達は国の為に戦ってる騎士だぞ!
少しくらい労おうという気がないのか!?」
そう叫び、騎士はメイドさんを抱えあげて、手近な空き部屋へと入っていった。
……中でなにが行われるのか。
想像しただけで気持ち悪い。
なんの力もないあたしは……その場から逃げ出すしかできなかった。
――悔しい。悔しいよ。カイルくん……
あたしに勇者の力なんてものがあるのなら……あんなヤツぶっ飛ばしてやるのに。
お城の中がこんな状況だというのに、王となったディオスは、城の転移陣を使ってロギルディアのお城に日参して、くれあちゃんのご機嫌取りばかりらしい。
騎士達はますます増長し、使用人や文官さんは毎日誰かが傷つけられた。
当然、掃除は行き届かなくなり、お城は荒れ果てていく……
騎士達に虐げられる使用人や文官さんは、より立場の弱い人に当たり散らすようになって。
当然、ただでさえひどかったあたしの扱いは、さらにひどいものになった。
息を潜めるようにして過ごす毎日。
召喚されてから一年。
あたしは身も心も疲れ果てて。
カイルくんの日記を抱きしめて眠る時だけが、唯一の安らぎとなっていた。
――そんなある日。
「ミナ、いよいよクレア様がお力を振るう時が来た。
貴様も同行しろ!」
一年ぶりに顔を合わせたディオスは、あたしの顔を見るなり、そう命じてきた。
この一年、くれあちゃんはロギルディアのお城で、聖女として侵災を調伏する為の訓練を積み重ねてきたのだという。
「――無駄飯食らいの貴様と違ってな!」
あたしもこのお城で働いて来たのだけれど、そんな事は彼にとってはなんの価値もないらしい。
「……わかりました」
それでも……なんの力もないあたしは、彼の言葉に従うしかなかった。
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