第1話 4

 ……あたし、中里なかさと 美那みなは――


 物心ついてから、ツイてない人生を歩んできた自覚はあった。


 小さい頃に両親を事故で失くして、母方の祖父母に引き取られた。


 それでも幼いあたしを、おじいちゃんとおばあちゃんは愛情たっぷりに育ててくれたと思う。


 状況が一変したのは、中学二年の夏。


 まずおじいちゃんが病気で入院し、そのショックから、おばあちゃんが寝込むようになった。


 先に逝ったのは、おばあちゃんで。


 それからまもなく、まるで生きがいを失くしたかのように、おじいちゃんも息を引き取った。


 そうして、あたしは父方の伯父さんに引き取られる事になって――


 ……厄介者のように扱われる日々が始まった。


 伯父さん達が、両親や祖父母の遺産目当てにあたしを引き取ったのは明らかで。


 でも、未成年のあたしには、なんにもできなくて。


 ――食べさせてやってるだけ、ありがたいと思いなさい!


 それが伯母さんの口癖。


 暴力こそ振るわれなかったけど、従姉妹とは明らかに差別されていた。


 お小遣いもなく、着るものも、毎月服を買ってもらえる従姉妹のおさがりを与えられて。


 それでも行き場のないあたしは、耐え続けるしかなかった。


 やがて高校生になったあたしは、バイトさせられるようになって。


 お給料の大半を家に収めさせられるのだけれど、三千円だけ小遣いとして与えられるようになった。


 趣味らしい趣味のなかったあたしだけど、お金を持てるようになって、ようやくひとつだけ趣味が持てた。


 バイト帰りに駅前のコンビニでガチャガチャを回し。


 その足でコインロッカーに向かう。


 ポケットからカギを取り出して開けば、そこはあたしだけの世界。


 ガチャガチャの景品を並べて創り上げた、大切で愛おしいあたしのお部屋だ。


 家では自分の部屋さえなくて。


 寝起きの為だけに与えられた仏間に、私物なんてない。


 だから、ここだけが――あたしが自分で勝ち取った、大切なお部屋。


「や、みんな。元気?」


 家具に腰掛けたキャラクター達に挨拶を送り、あたしはさっき入手したばかりの景品を並べる。


「今日はみんなにお友達を連れてきたんだ」


 少しづつ創り上げてきた部屋には、泣き虫ライオンの王様、ひょうきん猫メイド、むっつり犬の騎士が、ミニチュアのテーブルを囲んでいる。


 はじめは泣き虫ライオンだけだったこのお部屋も、だいぶにぎやかになってきた。


 泣き虫ライオンは、ガチャガチャのレアキャラだったみたいで、世にも珍しい銀色ライオンだ。


 そして、今日の子で四人目。


 なんでもないワンピースを着た、黒ウサギ。


 あたしは三人が囲むテーブルに、手に入れたばかりのそれを並べる。


「ん~、なんか違うなぁ……」


 はじめは王宮に招かれた女の子のつもりだったんだけど。


 試行錯誤しつつ、なんとなく銀色ライオンのすぐ隣に並べてみると。


「おお~……」


 これだって思ったね。


 王様に求婚される女の子。


 ずっとツイてなかった平凡な女の子が、泣き虫な王様の涙を止めてあげて、ふたりは幸せに結ばれるんだ。


 猫メイドとむっつり騎士の角度を変えると、ふたりも祝福しているように見える。


 こうして空想している時だけは、幸せな気持ちになれる。


「うん、これで行こう」


 あたしは満足感に包まれて、コインロッカーを閉じる。


 財布から百円を投入して、カギを閉じた。


「またね、みんな……」


 そうして、あたしは家へと向かう。


 帰るという感覚が無くなって、どれくらい経つだろう。


 あそこはあくまで伯父さん達の家で。


 あたしは寝泊まりさせてもらってるだけの存在。


 伯父さん達も、あたしを家族とは思っていないだろう。


 ただの金ヅルだ。


 はやく大人になりたい。


 そうしたら、あの家を出て……


「出て……あたしはどうなりたいんだろう……」


 未来が見えなくて、暗い気持ちになる。


 そんな時だった。


 足元が不意に明るくなって。


「――な、なに!?」


 こういうのって、魔芒陣っていうんだっけ?


 複雑な幾何学模様が足元に描き出された。


 目の前が真っ白に染まって。


 次の瞬間、景色は一変していた。


「異世界の乙女よ!

 よくぞご降臨くださいました!」


 石組みのホールに、ひどく古めかしい――西洋風の出で立ちをした人々。


 あたしは床に描かれた魔芒陣の中央に座っていて、すぐそばには、同じように周囲を見回して戸惑う、亜麻色の髪をした女の子の姿。


「……成功、だ」


 誰かが呟いて。


「異世界の乙女よ!

 よくぞご降臨くださいました!」


 金髪をしたイケメンが彼女に歩み寄る。


 そうして彼は、手を取って立ち上がらせると。


「――勇者よ、お名前をお伺いしても?」


 戸惑っている彼女を落ち着かせるかのように、柔らかな笑みを浮かべて訊ねる。


「――美しき乙女よ、ぜひ!」


 茶髪の巻毛をしたイケメンも彼女の元へと歩み寄って、そう声をかけた。


「――わ、わたしが勇者!?」


 ふたりの美形に囲まれて、亜麻色髪の彼女は顔を赤くしながらも名前を告げる。


「わたしは山江やまえ くれあ、です」


「おお、なんと美しい響きだ!」


 茶髪が声高に称賛して。


 あたしの事はほったらかし。


 ……これってアレかな?


 クラスで隣の席のちぃちゃんがハマってる、Web小説とかでよくある――異世界召喚ってやつ。


 イケメン達が勇者とか言ってるし、あたしは勇者として召喚されたんだろうか。


 でも、その割にあたしは放置されていて。


 イケメンふたりは、見るからに美少女のくれあちゃんに掛かりっきり。


「――わたしは勇者じゃなく……聖女よ!」


 本人もああ言ってるし。


 あたしはいわゆる巻き込まれってヤツなのかな?


 ツイてないあたしだから、そっちの方がありそう。


 そうなると……あたしはこれからどうなってしまうんだろう。


 身体が勝手に震えだす。


 そんな時だった。


 魔芒陣の端の方から、ローブをまとった小柄な男の人が、ふらふらとこちらに歩いてきて。


「――っきゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 つまずいた彼は、くれあちゃんに突っ込んだ。


 くれあちゃんは悲鳴をあげて、彼を突き飛ばす。


「――カイル、貴っ様あぁぁ!」


 床に倒れてピクリともしない彼を、茶髪イケメンが怒号をあげて蹴り飛ばした。


 彼は床を転がって……


 あたしは思わず彼に駆け寄っていた。


「よりにもよって、聖女様に無礼を働くとは――」


 茶髪のイケメンは、さらに彼を蹴ろうと足を振り上げて。

「――なにしてるんですかっ!」


 あたしは思わず叫んで、両手を広げて彼の前に立ち塞がった。


「……む? 貴様、何者だ?

 どこから現れた?」


 いまさらのように訊ねてくる茶髪。


 あたしはイラついて、彼を睨みつける。


「たったいま、あの人と一緒に召喚されたのに、そんな言い分ってありますか!?

 ――そんな事より……」


 色々と腹が立つ事だらけだけど!


 あたしは床に転がったままの彼を抱えあげた。


 ボサボサの灰色髪に、真っ赤な瞳。


 その目は涙に濡れて、ひどく澄んでいて。


「大丈夫ですか?

 どこか具合でも悪いんじゃ……」


 あたしが声をかけると、彼は綺麗な一筋の涙をこぼした。


「……大丈、夫……だ、から……」


 ぜいぜいとした荒い呼吸で、彼が応える。


 それは自分の身体の事じゃなく。


 明らかにあたしを気遣っての言葉だとわかった。


 あたしを気遣ってくれている。


 こんなに苦しそうなのに……


「君の、名前を……教えて……」


 あたしの腕の中で、彼がどんどん冷たくなっていく。


「――中里なかさと 美那みな


 ああ、おじいちゃんがそうだったから……彼が死にかけているのがはっきりとわかる。


 だから、あたしは彼のルビーみたいに綺麗な目を見つめて、真摯に答えた。


「……ミ、ナ……僕、は……カイ、ル……」


 そう呟いて。


 彼の身体から、力が抜け落ちた。


 そして……まるで解けるように燐光となって、彼の身体が消えていく。


「……消え、た? 死んだのか?

 これも勇者召喚の影響なのか?」


 背後で茶髪が呟くのが聞こえて。


「まあいい。勇者召喚は無事に成ったのだ。

 役立たず一人消えたところで、どうということはない!」


「な――っ!?」


 あたしは思わず立ち上がって、背後を振り返る。


 よくわからないけど、彼は――カイルくんは、この儀式の為に亡くなったんじゃないの!?


 それを役立たずって、ひどいと思う!


 あたしが茶髪を睨みあげると、彼は鼻で笑って肩を竦めた。


「――おまえはどうみてもだが、なにかの役に立つかもしれない。

 一緒に来るが良い」


「そんな勝手な!

 ハズレって言うなら帰らせて!

 なんなの!? あたしだって好きで来たんじゃないのよ!?」


「ええい、黙っていろ!」


 茶髪の拳がお腹にめり込んで。


 あたしは思わずその場にうずくまる。


 あまりの痛みに、意識が遠のいて行く……

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