第1話 3
――躯体生成完了。
知らない文字が、暗闇の中に浮かび上がる。
――リージョン・スフィア・コラムより、主人格の取得の獲得に成功。
知らない文字なはずなのに、なぜかその意味は理解できて。
――ローカル・スフィアへの転写開始。
胸の辺りが暖かくなっていく感覚。
――ソーサル・リアクターの正常稼働を確認。
鈴を転がしたような音がした。
――ハイ・ソーサロイドXX型……
……目が開く。
そこは――白い部屋だった。
自分が寝かされているのは寝台のようで、それ以外はドアがひとつだけの白い部屋。
僕はゆっくりと身体を起こして。
同時にドアが開いた。
「ぱんぱかぱ~ん! 蘇生おめでとう、カイルく~ん!」
小柄な少女が部屋に飛び込んでくる。
ふわふわな金髪に、青い目をした少女だ。
「――そ、蘇生? ここは何処なんだ?
僕は死んだはずじゃ……」
「そだね~、死んじゃったねぇ……」
少女は腕組みしながら、神妙な声色で呟き。
「でもね、わたしはそれを待ってたのサ!」
やたら嬉しそうに、彼女は告げる。
戸惑う僕に、彼女は小さく鼻を鳴らして。
「ふむ、まず順序立てて行こうか。
わたしはアリサ。
カイルくん、君、サティリア様は知ってるかい?」
「知ってるもなにも……」
女神サティリアは生と死を司る女神で、人々が多く信仰するサティリア教会の主神だ。
「オーケー。わたしはね、そのサティリア様から冥府の護りを仰せつかっている――ん~、まあ君ら風に言えば、冥府の女王ってとこかな?」
「――はあ!?」
「あ、ちなみにわたしを呼ぶ時は、カンチョーって呼ぶように。
みんながそう呼ぶからね。
示しってのがあるのさ」
「示し? みんなって……」
「冥府の番犬共さ。
みんな頭のおかしいゴキゲンなヤツばっかしでね。
少しでも弱みを見せると、それをネタにからかってくるんだ。
だから、わたしの事はカンチョーって呼ぶように。いいね?」
「は、はぁ……」
「それじゃ次だ。
ここは冥府。
君達が北の果てにあると信じている、
君は死んで、わたしに喚び出されてここにいる。
ここまでは良いかい?」
サティリア教会の教えによれば。
強き魂は死後、最果ての漆壁に招かれて、異界からこの世界を守る闘士として取り立てられるのだという。
これは、そういう事なんだろうか?
「で、でも――僕は生前、いわゆる出来損ないで……」
とても闘士として招かれるような人間とは、自分でも思えない。
「……その件について、わたしは君に謝らなくちゃいけない……」
アリサは僕の前で深々と頭を下げた。
「わたしは現世の出生に関して、ある程度干渉する権限が与えられていてね。
君の主観時間軸における一年前の大侵災の発生。
それを観測したもんで、人界を守る為、対抗できる存在を生み出す作戦が立案されたんだ。
――それが君の主観での十五年前」
……よくわからないけど。
「――予言とか、未来予知とか……そういう話?」
「うん、まあそういう理解で構わないよ。
それでね、相手が大侵災っていうもんで、わたし達はそりゃもう頑張ったんだよね。
持てる技術の粋を凝らした」
当時を振り返るかのように、腕組みして目を伏せながら、何度もうなずくアリサ。
「……はぁ」
「そうして創り上げたのが、君の魔道器官だったんだけど……」
んん?
冥府の女王を名乗るだけあって、僕は彼女の思惑の下で生み出されたという事だろうか?
それも……彼女の言葉を信じるなら、ジャルニードの森に発生した大侵災に対抗する為の人物として……
「いざ、現世に誕生させる段階で、ミスがひとつ発生してね」
「ミス?」
「――いやあ、あの日はひどく冷え込んでてね。
あ、知ってるかい?
冥府の外って、北の果てと言われるだけあって一面雪景色なんだ。ひどい日なんか、吹雪で真っ白になってすぐ目の前さえ見えなくなっちゃうんだよね」
まるではぐらかすように、早口になるアリサ。
「や、やだなぁ。
そんな目で見るなよ。
言う。言うよ。
……くしゃみしちゃったんだよね」
「……くしゃみ」
オウム返しすると、彼女は観念したように肩を落として。
「そ、くしゃみ。
その拍子に、本来は生成されるはずのハイ・ソーサロイドボディ――いわゆる勇者の身体じゃなく……」
「じゃなく?」
「ユニバーサルボディ――一般人の身体に、君は生まれる事になったんだ。
……しかも、勇者の魔道器官を持って……」
「――はあっ!?」
僕が勇者の魔道器官を持ってるだって?
「いやー、参ったよね。
特注リアクターをユニバーサルボディに搭載するなんて、馬車に戦闘機のエンジン載せるようなもんだ。
本来なら高出力で使えるはずの魔法は、細い魔道の所為で出力できなくなるし。
――ほら、君、すぐに熱出したり倒れたりしたろ?
あと、身体も成長しづらかったり、いろいろひどい目にあったはずだ」
アリサの言葉は、全部心当たりがあった。
魔法が使えない事も、少し運動するとすぐ熱を出す事も。
いつまでも小柄なままだったり、アリサは言葉を濁したけど、いろいろひどい目っていうのは、いわゆる顔の造りの事を言ってるはずだ。
「……それが全部?」
「――わたしのくしゃみの所為ですごめんなさい!」
ガバリとアリサは頭を下げた。
胴と脚がくっつくくらいに深々とだ。
「……なんて事だ……」
思わず目眩を覚えてしまう。
そんな僕に、自称冥府の女王は揉み手しながら身を起こして。
「そ、それでですね……」
そう呟いて、彼女は指を鳴らした。
途端、僕の目の前に枠のようなものが広がり――一人の青年を映し出した。
魔法の遠話のようなものだろうか?
「――じゃ~ん! これが今のカイルくんの姿です」
「はあっ!?」
思わず仰け反る。
艷やかな白銀の髪に、整った顔立ち。
真紅の目は変わらないけれど、生前のようなぎょろりとしたものじゃなく、切れ長で――一言で言って、男前だ。
「君が命を落とした時に備えて、本来搭載されるべきだった肉体を時間軸に沿って成長させてたんだ。
遅かれ早かれ、あのボディじゃ早逝するのが目に見えてたからね。
そして、君が死んだのを観測できたから、この地に呼び寄せて、ボディ換装したってわけ」
「――ちょっと待って! よくわからない!」
「君ら風に言うなら、生まれ変わったと考えると良いよ」
サティリア教会が伝える転生ってヤツか……
それにしてもひどい……
僕の十五年の人生はなんだったんだ。
呻く僕に、アリサは両手を打ち合わせる。
「さて、ここからは君の選択次第になるんだけどね」
そう言って、彼女は指を立てる。
「君の最後はわたしも観測していた。
ひどい話だよ。
君の膨大な魔力を使って勇者召喚しておいて、君の事は捨て駒扱いだ。
だからね、君が戻りたくないって言うなら、このままここで暮らす権利をあげるよ」
「その場合、なにか役目や仕事ってあるの?」
「ん~、ハイ・ソーサロイドには、できれば闘士として戦って欲しいんだけどね。
生前の君の境遇を考えると、無理強いはできないかな。
しばらくはわたしの客人って事で、好きに暮らして良いよ」
……ふむ。
僕は腕組みして首をひねる。
正直な話、国にはもうそれほどの愛着はない。
どうせ嫌われ者だった僕だ。
居なくなったところで、さしたる影響はないだろう。
……でも――
「もうひとつの提案はね。
――それでももし、君が帰りたいって言うなら。
帰してあげて良いって、サティリア様から許可を取り付けてあるんだ」
僕は思わず顔を上げる。
「……生き返れるの?」
「まあ、その身体を扱えるようになるまで、いろいろと訓練を受けてもらう必要はあるけどね。
それが終わった後、君が望むなら、あの地に帰してあげられるよ」
まるで僕の答えなんて、予想ができてるとでもいうように。
アリサはニンマリと笑みを浮かべる。
「――そうそう、君の選択の助けになるかはわからないけどね。
今の君の国――リシャール諸属連合王国の状況を見せてあげようか?」
パチンと指が鳴らされて。
僕を映した枠の映像が切り替わる。
「――なっ!?」
そして……
僕は息を呑んだ。
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