第1話 2

 ――覚悟は決まっていた。


 儀式場の床一面に描き出された魔芒陣。


 あれが喚起された時、僕はきっと死ぬんだろう。


 広間には我が国――リシャール諸属連合王国のだけじゃなく、隣国ロギルディア王国の重鎮も集まっている。


 僕を含めて十六人の魔道士達が配置に着く。


 皆、国の未来を願って、この儀式に参加する事を決意した英雄達だ。


 一年前に発生した大侵災。


 異界からの侵食によって引き起こされるその現象によって、リシャール、ロギルディアの国境にあるジャルニードの森は、いまや魔物の巣窟になってしまっている。


 両国の騎士団は森の辺縁部で、魔物の侵攻を食い止めるのに精一杯の状況だ。


 誰かが大侵源を調伏しなくてはならない。


 両国の王は何度も会談を重ね、古より伝わる秘儀に頼る事にした。


 ……それが、勇者召喚。


 儀式を執り行う魔道士自身の大量の魔力を犠牲に、異世界から力ある戦士を喚び出す秘儀だ。


 異界の魔物に対して、異世界の戦士をぶつけ、侵災を調伏させる。


 およそ五百年ほど前の伝承を元に、今回の儀式は立案、計画された。


「――カイル、役立たずのおまえを、ここまで生かしてやった恩を返せよ?」


 そう声をかけてきたのは、我が国の王太子であるディオス兄上だ。


 長く伸ばした栗巻毛を搔き上げ、背の低い僕を嘲笑混じりに見下ろす。


 周囲からもクスクスと忍び笑いがこぼれた。


 リシャール王国の出涸らし王子。


 それが僕の呼び名だ。


 くすんだ灰色の髪に小柄で小太りな身体。


 目ばかりがぎょろぎょろと大きくて、しかも血を思わせる赤をしているから、初めて見る人はだいたい悲鳴をあげる。


 そして、二度目からは不快感をむき出しにして、僕を見るようになるんだ。


 美形の兄上に比べて、僕はすべてが醜いから――城のみんなに嫌われている。


 そんな僕だから……命の危険をともなうこの儀式に選ばれたのは納得だし、僕なんかが国の為になれるならと、引き受ける事にしたんだ。


「だ、大丈夫、です。

 きっと成功、させてみせます……」


 兄上の視線にビクつきながら、僕はなんとかそう声を絞り出す。


 よく通る兄上のと違って、耳障りなしゃがれ声。


 兄上は不快そうに鼻を鳴らし――視界が右にブレる。


 頬が熱を持って、ぶたれたのだとようやく気付いた。


「当たり前だ! 国の威信がかかってるんだぞ?

 もし失敗などしてみろ、八つ裂きにしてやるからな!」


 今度は視界が左にブレて、僕は床に倒れ込む。


 周囲から笑い声があがって。


 僕は込み上げそうになる涙をぐっと堪えた。


「……受け身も取れんのか、グズが……」


 吐き捨てるように呟く兄上。


「まあまあ、それくらいにしないと。

 そんなのでも大事な魔力源だ。

 儀式に差し障りがあったら困る」


 そう言って、兄上を止めたのは、ロギルディアの王太子、アイン殿だ。


 艷やかな金髪に宝石のような碧眼。


 兄上と並ぶと、一枚の絵画のようだと城の侍女達が噂しているのを聞いたことがある。


 彼は僕に視線を向ける事もなく周囲を見回し。


「――さあ、儀式を始めよう!

 いまこそ古の力を以て、勇者を招く時!」


 まるで舞台役者のように、アイン殿が大声で宣言し、周囲から拍手が巻き起こった。


 アイン殿に目線で促されて、僕は足元の補助陣に触れる。


 他の魔道士達と違って、僕には陣を喚起する――いわば勇者召喚の核となる役割が与えられていた。


 兄上やアイン殿は、役立たずの僕がそんな大役を務めるのが不満そうだったけど。


 父上――リシャール王直々の命令だったから、誰も反対できなかったんだ。


 そもそも彼らに、勇者召喚を果たした栄誉と自身の命を天秤にかける覚悟なんてない。


 震える身体で、僕は息を吸い込む。


 ――思い残す事はない。


 どうせ生きていたって、僕はずっとお荷物で、役立たずと言われ続けて。


 一生、嫌われ者の人生を過ごすんだろう。


 それなら、勇者を召喚した術者として歴史に名を残す方が、いくらかマシなはずだ。


 ……他の誰よりも。


 僕は僕の事が大嫌いだった。


 母を早くに亡くして。


 妾腹の王子だと、城のみんなには嫌われ続けた。


 せめて父上や兄上の役に立ちたいと、剣の鍛錬に打ち込んでも、貧弱なこの身体はすぐに熱を出す。


 それならばと勉強に打ち込もうとしたけれど、誰もが僕を毛嫌いして教師になってくれなかった。


 ……好きで役立たずになったんじゃない。


 好きで無能なんじゃない。


 涙が溢れ出そうになる。


 でも、覚悟はもう決めたんだ。


 ――だから!


 せめて僕は、国の為に――自分自身を示す為に、命を賭けるんだ。


 声を張り上げる。


「――目覚めてもたらせ! <異世界召喚陣リージョン・トランスポーター>!」


 僕の喚起詞に従い、魔芒陣が発光を始め、胸の奥の魔道器官から魔力がみるみる吸い上げられていく。


 光の柱が天窓を貫いて、空高く立ち昇る。


「……ぐぅ――うぅ……」


 ひどい頭痛を奥歯を噛んで堪える。


 身体が電撃の魔法をくらったみたいに、ひとりでにぶるぶると震えた。


 目の前が霞がかって行く。


 やがて光柱は燐光を残して消え去り。


 魔芒陣を囲む魔道士達は、みなその場に倒れ伏していて。


 ……その魔力と命を代償に、魔芒陣の中央にはふたりの少女が出現していた。


 ひとりは薄い亜麻色の髪をした美しい少女で、もうひとりは背中まである長い黒髪をした眼鏡の少女だ。


「――成功、だ……」


 誰かが呟く。


「異世界の乙女よ!

 よくぞご降臨くださいました!」


 アイン殿が唄うように、彼女達に歩み寄る。


 そうして彼は、亜麻色の髪をした少女の手を取って立ち上がらせると。


「――勇者よ、お名前をお伺いしても?」


 アイン殿は戸惑っている彼女を落ち着かせるかのように、柔らかな笑みを浮かべて訊ねる。


「――美しき乙女よ、ぜひ!」


 兄上もまた、彼女の元へと歩み寄って、そう声をかけた。


「――わ、わたしが勇者!?」


 ふたりの美形に囲まれて、少女は顔を赤くしながらも名前を告げる。


「わたしは山江やまえ くれあ、です」


「おお、なんと美しい響きだ!」


 誰もがクレアに夢中になっていて。


「――わたしは勇者じゃなく……聖女よ!」


 クレアが高らかに宣言すると、ホールに歓声が響き渡った。


 倒れた魔道士達はもちろん、もう一方の黒髪の少女さえも、見えていないかのようだった。


 ……異様な光景だ。


 黒髪の少女は、呆然とすぐ目の前で起きている光景を見つめていて。


 その肩が震えている事に気付いて、僕はふらつきながら足を前に出す。


 儀式の反動だろうか?


 頭痛がひどい。


 胸の奥で魔道器官が軋んでいるのがわかる。


 呼吸がまともにできずに、ぜいぜいと荒くなる。


 それでも歩を進めたのは、いまだに放置されている黒髪のあの子に、せめて一言、「大丈夫」と告げたくて。


 ……君も勇者として招かれたんだ。決して悪いようにはされないから。


 ようやく魔芒陣の中央まで辿り着いた時、僕は足を引っ掛けてしまって。


「――っきゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 倒れ込んだ先には、クレア嬢。


 彼女は僕を見て、あらん限りの悲鳴をあげて僕を突き飛ばした。


「――カイル、貴っ様あぁぁ!」


 床に倒れた僕を兄上が怒号をあげて蹴り飛ばす。


 僕は床を転がって……


 ああ、もう力が入らない。


「よりにもよって、聖女様に無礼を働くとは――」


 兄上がなおも僕を蹴ろうとしたその時。


「――なにしてるんですかっ!」


 僕を庇うように立ちはだかったのは、黒髪の少女で。


「……む? 貴様、何者だ?

 どこから現れた?」


「たったいま、あの人と一緒に召喚されたのに、そんな言い分ってありますか!?

 ――そんな事より……」


 彼女は、僕を振り返り、上体を抱き上げてくれた。


「大丈夫ですか?

 どこか具合でも悪いんじゃ……」


 自分だって不安だろうに。


 それなのに彼女は、こんな僕を心配してくれていた。


「……大丈、夫……だ、から……」


 ぜいぜいとした呼吸で、なんとか応える。


「君の、名前を……教えて……」


 ああ、意識が遠のいて行く。


 初めての事だった。


 誰かが僕に優しくしてくれたのは……


 まだだ。せめて、彼女の名前だけは……


「――中里なかさと 美那みな


「……ミ、ナ……僕、は……カイ、ル……」


 そうして僕は――嫌われ続けた僕は、ミナの温もりを感じながら……闇に包まれた。


 ――ああ、もし生まれ変わりがあるのなら……


 僕は――彼女の為に生きたい。


 そんな未練を抱えて――




★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 いきなり暗い出だしな上、主人公が死亡してしまって申し訳ありません。


 本作のコンセプトは、『勇者召喚に巻き込まれた女の子の物語』の王子様視点というモノとなっております。


 しばし暗い流れが続いてしまいますが、1話半ばから徐々に王子がはっちゃけていきますので、どうぞお付き合いください。


「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、フォローや★をどうぞポチっとお願い致します!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る