勇者召喚に巻き込まれたあの娘が無能と呼ばれたから、嫌われ王子の俺は善人をやめて暴君になった。
前森コウセイ
嫌われ王子の国盗り
泣き虫ライオンの目覚め
第1話 1
「――こちら銀獅子。目標を確認した。
樹氷の森に一点のシミのように黒く蠢く瘴気を見つけ、俺はそう報告する。
『――映像確認しました。
瘴気濃度から、目標は中型種と思われます。
対中型種兵装の使用許可を申請…………許諾されました。
ユニバーサルアームの使用を許可します』
一瞬の視界の暗転。
――意識して、目を開く。
騎体を構成する精髄筋に魔道が通って――俺は騎体と合一を果たす。
ユニバーサルアームは中型種――一〇メートル級の魔物を相手にする時に使用される人型兵器だ。
全高五メートルほどの短足寸胴体型。
飾り気のない甲冑のような見た目から、俺の故郷では兵騎と呼ばれている。
この地で目覚めて、もうじき一年。
冥府と呼ばれるこの地は、異界の侵食から人界を守る為、常に魔物の驚異に晒されている。
俺は故郷に帰る為、この地で魔物を狩って己を鍛え続けてきた。
『
「――さあ、野郎共! 仕事の時間だ! 覚悟は良いか!?」
俺の呼びかけに、弾頭内で固定された二騎の僚騎達が拳を突き上げる。
『アイサー! ぶっコロがしてやりましょう!』
部下達は今日もゴキゲンだ。
『――ブレイク。
銀獅子隊、ご武運を!』
俺達を載せた
足元は地平線の向こうまで、樹氷と雪に覆われた広大な森林だ。
その白のみの景色の中で、不気味に蠢く瘴気の黒が、蛇のように波打って、こちらを指向するのが見えた。
「――ムーザ!」
後方に残した部下に指示を飛ばせば、紫電が樹氷を砕いて突き進み、瘴気の中にいる魔物を打ち据える。
『――犬騎士、このまま降着を支援しやす』
後方から連射される紫電に、魔物を取り巻く瘴気が見る見る晴れていく。
クモの身体にカマキリを乗せたような異形の姿が露わになる。
雲ひとつ無い青空の下、日の光を受けて鈍く輝く鉛色の甲殻を持つ異形は、紫電に打たれてひるみはしても、傷ついている様子はない。
だが、着実に俺達の降着までの時間は稼げている。
『アイツ、ユニバーサルアーム乗れないクセに、砲撃支援はうまいよなぁ』
『……合一適正と砲撃支援の腕に関連性はない』
普段寡黙なムーザだが、珍しく隊員の軽口に反論した。
そうする間にも、見る見る地表が近づいて来る。
雪煙を舞い散らせ、進路上の樹氷を折り砕いて、俺達は降着する。
『――猫メイド、先行しまーす~』
部下のネイが両手に短刀を装備して駆け出す。
『あ、クソが! ファーストアタックはオレんだ!
隊長、ヤギ執事も行かせてもらいます!』
マルクもまた槍を構えてネイの後を追う。
俺もまた武器庫から獲物である晶剣を転送して、彼らの後を追う。
『あーっ! クソヤギ! アンタ邪魔!』
『――あ、やっべっ!』
樹氷の向こうで雪柱が上がった。
先制攻撃を争ったネイとマルクが、互いの刃をぶつけ合った結果だ。
「おら、てめえら! 遊んでんじゃねえぞ!」
『――す、すんませ~ん!』
ったく、こんな時ばかり息ぴったりになりやがる。
俺の怒声に二騎は後方に跳んで、魔物から距離を取った。
魔物のカマキリのような頭部が、どちらを追うか左右に迷う。
「脚を止める!」
樹氷の間を駆け抜け、俺は一気に魔物に肉薄した。
『あ~! 隊長、ずっる!』
うるせえ、こういうのは仕掛けられる奴が仕掛ければ良いんだよ!
横薙ぎに一閃すれば、歪んだクモのような下半身が吹き飛び、ドロリとした黒い粘液が辺りを穢す。
『ギギギギイイイイィィィ――ッ!』
まるで金属を擦り合わせたような鳴き声をあげて、魔物のカマキリのような上体が左右の鎌を振り下ろしてきた。
俺は晶剣でそれを受けて。
「――ネイ! マルク!」
伊達に半年もの間、一緒に組んでるわけじゃない。
呼びかけだけで彼らは俺の考えを汲み取り、雪原を蹴って飛び上がった。
『――やッ!』
『だりゃッ!』
左右の肩口から、鎌ごと巨大な腕が宙を舞う。
漆黒の粘液が噴き出し、さらに周囲を黒く穢して行く。
その間に、俺は晶剣を肩がけに構えて。
「――目覚めてもたらせ……」
胸の奥の魔道器官から湧き上がる喚起詞を声に乗せる。
晶剣の柄に
『また隊長が美味しいトコもってく~!』
ネイが間延びした声で不満げに叫んだ。
あいつ、後で第三艦橋まで走破訓練だな。
心のメモに書きつけながら、俺は柄を握る手に力を込めて。
「――ハァッ!」
頭上で晶剣を一回しして、そのまま魔物に振り下ろす!
剣閃は魔物を斜めに斬り裂いて――
ドロリと。
鉛色の甲殻が黒に染まり、そのままおびただしい粘液となって地面を穢した。
……残心を解く。
『――
目標の調伏を完了した』
騎体との合一を解いて、
『……確認しました。
浄化隊を送りますので、銀獅子隊は周辺警戒を。
浄化完了後、共に帰投してください』
俺は指示を復唱し、ネイとマルクにも同様に告げる。
いつもならそれで遠話は終わりなのだが、今日はどうやら違うらしい。
『――え? あ、はい。
カイル隊長、カンチョーからお話があるそうです』
「あ? 直接か? 作戦中に珍しいな……」
「隊長、アレじゃないですか?
カンチョーが楽しみにしてたバケツプリン、みんなで食べちゃったのがバレたんじゃ……」
「や、カンチョーの自作詩集コピって、みんなで回し読みしてたのがバレたんスよ!」
おまえら、そんな事してたのか……
『ふ~ん……』
目の前に映像が表示されて、金髪の小柄な少女が姿を現す。
カンチョーこと、アリサ――俺達の上司にして、泣く子も黙る冥府の女王サマだ。
「あ、いや、カンチョー!
今のは俺も初耳だからな!?
つかカンチョー、自作詩集って……ぷっ。
あ、いや――俺は無関係! 無罪だ!」
『あ、きったねぇ、隊長!
オレらを売るのか!?』
「――自業自得だ、バカ野郎!
俺を巻き込もうとするな!」
『ええい、バカ共黙れ!
その件は後で追求するから、覚悟しておくように!
そんな事よりカイルくん、話ってのはまったく別だよ』
こほんと、アリサは咳払いをひとつ。
『ようやくリージョン・テレポーターの用意が整ったんだ。
ホント、長い事待たせて、悪かったね』
微笑みを浮かべて、そう告げる。
「――てことは……」
『ああ、キミ、ようやく帰れるんだよ!
おめでとう!』
アリサはパチパチと拍手して、俺を祝福してくれた。
「マジか……帰れる……」
呟いて、ようやく実感が湧いてきた。
『あの娘にも、ようやく会えるねぇ』
ニタリと笑うアリサに反応したのはマルクで。
『え、なになに? 隊長、あの娘って?』
『バカヤギ、察しなさいよ!
隊長にはね、大切な想い人がいるのよ~!』
バカ共が騒いでいるが、浮かれた俺は気にならなかった。
見上げた空は、どこまでも真っ青で。
故郷で命を落とし――この冥府の地で目覚めて、およそ一年。
ようやく……ようやくだ……
「――帰れる! 帰れるぞ! ミナぁ――ッ!!」
彼女に届けとばかりに、俺は声の限りに叫んだ。
あの日、彼女がくれた温もりと、俺自身が誓った言葉を思い出しながら。
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