勇者召喚に巻き込まれたあの娘が無能と呼ばれたから、嫌われ王子の俺は善人をやめて暴君になった。

前森コウセイ

嫌われ王子の国盗り

泣き虫ライオンの目覚め

第1話 1

「――こちら銀獅子。目標を確認した。

 作戦部ブリッジ、降下させてくれ」


 樹氷の森に一点のシミのように黒く蠢く瘴気を見つけ、俺はそう報告する。


『――映像確認しました。

 瘴気濃度から、目標は中型種と思われます。

 対中型種兵装の使用許可を申請…………許諾されました。

 ユニバーサルアームの使用を許可します』


 作戦部ブリッジ戦術士オペレーターが応答を返し、鞍房コクピットで待機した俺の顔に、面が着けられる。


 一瞬の視界の暗転。


 ――意識して、


 騎体を構成する精髄筋に魔道が通って――俺は騎体と合一を果たす。


 ユニバーサルアームは中型種――一〇メートル級の魔物を相手にする時に使用される人型兵器だ。


 全高五メートルほどの短足寸胴体型。


 飾り気のない甲冑のような見た目から、俺の故郷では兵騎と呼ばれている。


 この地で目覚めて、もうじき一年。


 冥府と呼ばれるこの地は、異界の侵食から人界を守る為、常に魔物の驚異に晒されている。


 俺は故郷に帰る為、この地で魔物を狩って己を鍛え続けてきた。


強襲揚陸弾頭アサルトシェル散開まで、五秒前……』


 戦術士オペレーターのカウントが始まる。


「――さあ、野郎共! 仕事の時間だ! 覚悟は良いか!?」


 俺の呼びかけに、弾頭内で固定された二騎の僚騎達が拳を突き上げる。


『アイサー! ぶっコロがしてやりましょう!』


 部下達は今日もゴキゲンだ。


『――ブレイク。

 銀獅子隊、ご武運を!』


 俺達を載せた強襲揚陸弾頭アサルトシェルが開き、降下が始まる。


 足元は地平線の向こうまで、樹氷と雪に覆われた広大な森林だ。


 その白のみの景色の中で、不気味に蠢く瘴気の黒が、蛇のように波打って、こちらを指向するのが見えた。


「――ムーザ!」


 後方に残した部下に指示を飛ばせば、紫電が樹氷を砕いて突き進み、瘴気の中にいる魔物を打ち据える。


『――犬騎士、このまま降着を支援しやす』


 後方から連射される紫電に、魔物を取り巻く瘴気が見る見る晴れていく。


 クモの身体にカマキリを乗せたような異形の姿が露わになる。


 雲ひとつ無い青空の下、日の光を受けて鈍く輝く鉛色の甲殻を持つ異形は、紫電に打たれてひるみはしても、傷ついている様子はない。


 だが、着実に俺達の降着までの時間は稼げている。


『アイツ、ユニバーサルアーム乗れないクセに、砲撃支援はうまいよなぁ』


『……合一適正と砲撃支援の腕に関連性はない』


 普段寡黙なムーザだが、珍しく隊員の軽口に反論した。


 そうする間にも、見る見る地表が近づいて来る。


 雪煙を舞い散らせ、進路上の樹氷を折り砕いて、俺達は降着する。


『――猫メイド、先行しまーす~』


 部下のネイが両手に短刀を装備して駆け出す。


『あ、クソが! ファーストアタックはオレんだ!

 隊長、ヤギ執事も行かせてもらいます!』


 マルクもまた槍を構えてネイの後を追う。


 俺もまた武器庫から獲物である晶剣を転送して、彼らの後を追う。


『あーっ! クソヤギ! アンタ邪魔!』


『――あ、やっべっ!』


 樹氷の向こうで雪柱が上がった。


 先制攻撃を争ったネイとマルクが、互いの刃をぶつけ合った結果だ。


「おら、てめえら! 遊んでんじゃねえぞ!」


『――す、すんませ~ん!』


 ったく、こんな時ばかり息ぴったりになりやがる。


 俺の怒声に二騎は後方に跳んで、魔物から距離を取った。


 魔物のカマキリのような頭部が、どちらを追うか左右に迷う。


「脚を止める!」


 樹氷の間を駆け抜け、俺は一気に魔物に肉薄した。


『あ~! 隊長、ずっる!』


 うるせえ、こういうのは仕掛けられる奴が仕掛ければ良いんだよ!


 横薙ぎに一閃すれば、歪んだクモのような下半身が吹き飛び、ドロリとした黒い粘液が辺りを穢す。


『ギギギギイイイイィィィ――ッ!』


 まるで金属を擦り合わせたような鳴き声をあげて、魔物のカマキリのような上体が左右の鎌を振り下ろしてきた。


 俺は晶剣でそれを受けて。


「――ネイ! マルク!」


 伊達に半年もの間、一緒に組んでるわけじゃない。


 呼びかけだけで彼らは俺の考えを汲み取り、雪原を蹴って飛び上がった。


『――やッ!』


『だりゃッ!』


 左右の肩口から、鎌ごと巨大な腕が宙を舞う。


 漆黒の粘液が噴き出し、さらに周囲を黒く穢して行く。


 その間に、俺は晶剣を肩がけに構えて。


「――目覚めてもたらせ……」


 胸の奥の魔道器官から湧き上がる喚起詞を声に乗せる。


 晶剣の柄に象嵌ぞうがんされた結晶が虹色の輝きを発し、刀身を包んでいく。


『また隊長が美味しいトコもってく~!』


 ネイが間延びした声で不満げに叫んだ。


 あいつ、後で第三艦橋まで走破訓練だな。


 心のメモに書きつけながら、俺は柄を握る手に力を込めて。


「――ハァッ!」


 頭上で晶剣を一回しして、そのまま魔物に振り下ろす!


 剣閃は魔物を斜めに斬り裂いて――


 ドロリと。


 鉛色の甲殻が黒に染まり、そのままおびただしい粘液となって地面を穢した。


 ……残心を解く。


『――作戦部ブリッジ、銀獅子だ。

 目標の調伏を完了した』


 騎体との合一を解いて、作戦部ブリッジに遠話を飛ばせば、戦術士オペレーターはすぐに応答する。


『……確認しました。

 浄化隊を送りますので、銀獅子隊は周辺警戒を。

 浄化完了後、共に帰投してください』


 俺は指示を復唱し、ネイとマルクにも同様に告げる。


 いつもならそれで遠話は終わりなのだが、今日はどうやら違うらしい。


『――え? あ、はい。

 カイル隊長、カンチョーからお話があるそうです』


「あ? 直接か? 作戦中に珍しいな……」


「隊長、アレじゃないですか?

 カンチョーが楽しみにしてたバケツプリン、みんなで食べちゃったのがバレたんじゃ……」


「や、カンチョーの自作詩集コピって、みんなで回し読みしてたのがバレたんスよ!」


 おまえら、そんな事してたのか……


『ふ~ん……』


 目の前に映像が表示されて、金髪の小柄な少女が姿を現す。


 カンチョーこと、アリサ――俺達の上司にして、泣く子も黙る冥府の女王サマだ。


「あ、いや、カンチョー!

 今のは俺も初耳だからな!?

 つかカンチョー、自作詩集って……ぷっ。

 あ、いや――俺は無関係! 無罪だ!」


『あ、きったねぇ、隊長!

 オレらを売るのか!?』


「――自業自得だ、バカ野郎!

 俺を巻き込もうとするな!」


『ええい、バカ共黙れ!

 その件は後で追求するから、覚悟しておくように!

 そんな事よりカイルくん、話ってのはまったく別だよ』


 こほんと、アリサは咳払いをひとつ。


『ようやくリージョン・テレポーターの用意が整ったんだ。

 ホント、長い事待たせて、悪かったね』


 微笑みを浮かべて、そう告げる。


「――てことは……」


『ああ、キミ、ようやく帰れるんだよ!

 おめでとう!』


 アリサはパチパチと拍手して、俺を祝福してくれた。


「マジか……帰れる……」


 呟いて、ようやく実感が湧いてきた。


『あの娘にも、ようやく会えるねぇ』


 ニタリと笑うアリサに反応したのはマルクで。


『え、なになに? 隊長、あの娘って?』


『バカヤギ、察しなさいよ!

 隊長にはね、大切な想い人がいるのよ~!』


 バカ共が騒いでいるが、浮かれた俺は気にならなかった。


 鞍房コクピットから這い出て、氷原の寒気に身体を晒す。


 見上げた空は、どこまでも真っ青で。


 故郷で命を落とし――この冥府の地で目覚めて、およそ一年。


 ようやく……ようやくだ……


「――帰れる! 帰れるぞ! ミナぁ――ッ!!」


 彼女に届けとばかりに、俺は声の限りに叫んだ。


 あの日、彼女がくれた温もりと、俺自身が誓った言葉を思い出しながら。

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