39 神官見習いは、気づく、、、

「では、アルは?あいつは王女なのか!? •••王女ということは•••あいつは女???」

いつも冷静に見える王子のこんなに驚いた顔は珍しいかもしれない•••でも、本当にアーシャは•••昔から、女性、ましてや王女が到底やるようなことではないことを結構やってきたよね•••改めて思い出すと••••




王子は、手元で器用に銃をクルクル回しはじめ、思いを馳せるように遠くを見る••••高速で回転する銃はそのスピードを緩めることなく、王子の長い指の中で回転し続けている•••突然王子は、 「•••フッ•••」と、ブラウンの美しい瞳を楽しげに和らげ、銀髪を揺らしながら、頬を赤くし笑い始めた•••痛いほどその気持ちが、分かる気がするのが怖いな

•••カイルを見ると•••ああ、うん、•••こうした反応には慣れてるみたいだ•••透き通るような茶の髪が風になびき活発な動きを見せてるのに、端正な顔は達観したみたいに無表情だ•••呆れたような金の瞳が若干こわい•••


「エドゥ、行きますよ。途中までは馬を用意してありますから•••。」僕は、いまだ笑い続けているエドゥアルト王子に声を掛ける•••。



◇◇◇

塔を出て途中までは、馬で駆けてきた僕たちだったが、人通りも少なくなってきたこともあり、馬から降りての追跡に切り替えた。アーシャを追いかけて、3人でやってきた場所は鬱蒼とした森•••に見えた•••だが••••これは森•••ではない!僕は精霊たちと協働するから、それが本物の自然かそうでないかは分かる。目の前の森は、全く精霊たちのいない「まやかし」だった!

「待って、ここからは入らないように。森で擬態されてるけど、ただの幻想だ。足を踏み入れたら、見張りからは丸見えになる。」


僕の言葉に、カイルがすぐに手元の青の剣の波動を感知し、アーシャの居場所を探る。

「フェンリル、それは本当か?•••ここからだとアルのいるところまで、1km以上もある•••。」


王子が光沢のある小型の銃を手に、「1km以上となると、銃もここからは届かないな。」と切長の瞳で擬態された森を睨む。無理に敵の居場所に近づくと途端に見張りに僕たちの居場所を知られ、人質に危害を加えられる恐れもある•••


カイルが手元の剣から顔を上げ僕の方へと振り返り、「フェンリル!お前の弓なら、もしかしたら届くかもしれない•••。」と金の瞳で問いかける。


銃も届かず、見張りを倒さなければ近づけない今、断る選択肢はない。水の精霊と協働すればあるいは•••? ただ、この距離は試したことがないし、何より擬態された森に阻まれ見張りの姿がはっきりと見えない••••もし失敗したら••?? ••人質だけでなくアーシャも犠牲になるかもしれない••••見張りはおそらく1人••••勝負はたった一度だけ。この一度に、全てがかかっている•••


僕は弓を抱え、目標を探す•••いろいろな思いが湧き上がってくる•••今僕の手は震えてる•••?


◇◇◇


•••僕は幼い頃、ちょっと不思議なことができる自分が好きだった•••それに、頭で思い描いたことは大抵叶ってきたから、何も怖いものがなかった•••父上や母上たちは愛情を僕に惜しみなく注いでくれたし、アーシャやルイス王など大切な人たちに囲まれ、人生の全てが僕を祝福してくれていると思って疑わなかった。


でも、しばらくして、僕がいつも文字の読み書きを教えていた孤児が、ある時突然現れなくなった。尋ねたら、幼いながらに建設現場で働き始めたということだった。ある時会いに行ったら、わずか1ヶ月しか会っていなかったにも関わらず、見るからに痩せこけ、骨と皮だけが目立つ状態になっていた。そして周りを見渡すと、そういう子は1人2人ではなかった•••ウンディーネ国は、周辺国に比べると裕福な方だ•••けれど、親がいない子にとっては、まだまだ十分な豊かさを届けられているとは言えない。今回の人さらいでも、真っ先に犠牲になるのは弱い子どもたちだ•••


•••僕のこの地位は、そしてこの『力』はいったい何のためにあるんだろう•••



僕は無力だ•••本当に望むことは叶わない•••人生は、思う通りにならない、、•••毎日ご飯を食べて、弓を引き、神官の学びをして•••恵まれているはずなのに、胸の奥が心から喜べない•••無力感が絶望に変わるのは簡単だった•••



アーシャの叔父上が亡くなった時、膝を抱え肩を震わせ泣いていたアーシャを見て、僕が守らなければと思った•••


けれど、「フェンリル、こちらはアル様の客人だ。」と父上とともに現れたアーシャは、なぜか騎士の姿をしてひと目で高貴な方と分かる人物を連れていた•••まさかカイラス国の王子だとは思わなかったけれど•••アーシャは、枠に囚われなかった•••これが女性としての「正しい」振る舞いだ、王女としての「求められるべき」在り方だ•••君は、いつでもそうした枠に自分を押し込めるよりも、本当に自らの心が望むことにいつでも正直だった•••アーシャの父であるルイス王が、「アーシャが、カイラス国のエドゥアルト王子を連れてきた•••彼は、わが国と同盟交渉を望んでいるようだ•••。」と、眉間の皺を深めて、ため息とともに伝えた時は、さすがに唖然とした•••カイラス国と戦をしたくないと誰もが思っていても、しきたりや伝統に縛られていた僕たちには今の状況を維持するだけで精一杯だった•••

王女が男の格好をするという奇抜な方法ではあったけれど、アーシャは間違いなく、戦を回避したいという彼女自身の志を貫いた•••



•••まだ子どもだと思っていたアーシャが、勇敢に立ち向かっている•••わが国の騎士団に任せ、見て見ぬ振りもできた•••いろんなところに情報網を張っている敵は、騎士団の警備を徹底的に避けるだろう•••騎士団に任せていては、敵を見つけるまできっと時間がかかる•••その間にも子どもたちは攫われていく•••

もしここで、自分には到底無理だと諦めたら、僕は一生自分を許せない•••僕は無力なのかもしれない•••それでも諦めたくない•••アーシャは強い•••いつも前向きで、自分の信じたことを貫く•••「私は不器用だから、目の前にある、今、自分ができることを一生懸命やってるだけだわ。」そう言って頬を染めて笑顔になった君の言葉は、今はよく分かる•••目の前にある、今の自分のできることだけでいいなら、こんな僕でもできるんじゃないか•••?



徐々に身体の内側が、研ぎ澄まされ、静まっていく•••1km以上先の気配に耳を澄ませる•••。全身の細胞が大自然と溶け合うように、自分の意識が拡大していくのが分かる•••僕は僕であって僕でない。大自然の一部として、調和の中で存在している。•••僕は、空気中に含まれている水の全てに語りかける。「水の精霊ウンディーネよ。我汝らを信頼す。我を助けよ。」

そして碧の瞳に目標を映すと同時に、弓を引き、矢を飛ばした。


矢は、虹色の光に包まれながらピューンという高い音を奏でて飛んでいく•••。僕の片耳で揺れていた羽飾りから風の精霊シルフが現れ、その導き手となる。矢は目標まで一直線だ•••




••突如、精霊たちの気配が分散し、先ほどまでの凝縮したエネルギーが止んだ•••



精霊たちの動きがまるで自分のことのように分かる。もう、大丈夫だ•••。弓を下ろし、2人に声をかけた。

「カイル、エドゥ、もう大丈夫だ。行こう。」


息を潜め歩きながら考える•••••もし、この小さな行動で、1人でも誰かを救える助けとなるなら、僕はもう自分の無力さを嘆くのはやめよう。•••アーシャ、君は、荒削りで、不器用で、無鉄砲だけれども、、でも一生懸命で、とても•••とてもまっすぐだ。君がこの国の王女で良かった•••! 君の薄桃色の瞳に宿る意志の強さは、それに触れるものを、感化させずにはいられない•••


•••君を•••君を誰にも取られたくないと思うのは、どうしてだろう•••君は誰のものでもないのに•••僕は一瞬胸の奥に灯った想いにフタをし、先へと歩みを進めた••

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