40 獣は、罠にかかる、、、

僕は風の気配を読む。片耳を飾る羽に自分の意識を集中する•••「この通路の奥、曲がった場所に4-5人ってとこかな•••そこから上と下に続く空洞があるから、階段があると思う•••」


カイルは青の剣で、先ほどからアーシャの居場所を探っていた•••

「•••アルはおそらく地下にいる•••他の人質もおそらくそこだろう。オレは地下に行く。」


僕もアーシャのところへすぐに向かいたかったけれど、敵が何人いるか分からない以上、まずは敵を片付けてからだ•••

「分かった。じゃあ、僕とエドゥは、敵がそちらへ行かないよう上に行こう。カイルは気をつけて!」


カイルは金の瞳で通路の奥を睨みながら、軽く頷く。


するとそれまで黙っていたエドゥアルト王子が、

「通路の奥の奴らは俺に任せろ。」

と言うなり、気配を完全に消し、音も立てずに歩いていく•••少しずつ通路の奥へと王子が近付いていくが、敵が気づく様子は全くない•••ガハハハッとがなるような笑い声で、完全に油断している•••


あと数メートルで通路の奥に到達するかという瞬間、急に王子は走り出し、敵が王子の存在に気づいた時には、後の祭りだった•••強力な打撃を繰り返し、逃げ回るところを引きずり倒し、そこに追い打ちをかけるようにして、剣で派手な攻撃を仕掛け息の根を止めていく。王子よりも体格の大きなやつもいたが、大男はその太い首に牙を突き立てられたかのように、ドサッと大きな物音とともに、首から血を流し倒れた•••王子の美しい顔に血しぶきが飛び散るが、そんなことにはまるで構うことなくあっという間に通路の奥は壮絶な現場となった••••••その後も、王子は、チラリと視線だけで敵の場所を確認したかと思うと、手元の銃を連続して撃ちながら、次々と足に的確に当てていく•••一瞬見えたその瞳の色は、氷のように冷たい水色の瞳••••普段のブラウンを見慣れていた身としては、同一人物かを疑うほどの変化だった••••先ほどまで一切の気配を消していたはずなのに•••今は、それが信じられないほど、近くにいるだけで、皮膚に振動がくるほどの凶暴さを醸し出している•••




「あいつらを仕留めろッ!」

今の物音で気づかれた•••!

敵がどんどん集まってくる•••


カイルは向かってくる敵の1人を羽交い絞めにして、右手に持つナイフでとどめを刺した。不意を喰らいあわてて身構えようとしたもう1人の敵に対し、カイルのもう片方の手に持つ小型のナイフが敵の左太股を深々と切り裂く。そして敵が反撃態勢をとる間もなく、相手の頭上に第二撃をくわえた。カイルは帯刀した青の剣を使うまでもなく、小型のナイフを右手左手と巧みに使い分け、次々とやって来る敵を倒している。敵を見る視野の広さや駆け引き、瞬時の判断力、身体の強さ、これだけの幅広い能力は騎士団長としても通用すると思うけれど、カイルにとってはアーシャの護衛の方が大切なんだろうな•••。

「フェンリル!ボケッとするな!後ろから来てるぞ!」カイルがこちらを横目で見て叫ぶ。僕は、後ろからナイフを振り上げてくる風切り音を聞き分け、頭の位置をずらして避ける。「僕は不用な殺生はしたくないんだ•••。」だから、バランスを崩した相手に、手刀で首に一撃を落とし気絶させた。


カイルが隙を見て地下へと降りていく。「エドゥ」呼びかけると、上へ!と続けなくてもすでに準備はできているようで、名前を呼ぶと王子が軽く「ああ」とだけ返事を返し、長い足で階段を駆け上がっていく。


◇◇◇



何だか上の方が騒がしい•••カイルたちはもう来たのかしら•••不意にショーンが私の服を引っ張る。何•••?•••!?•••2メートルはあろうかと思われる大男が目の前にいた•••! 「ア、アルッ」怯えたショーンが、震える声で立ちすくむ。この人、いったいどこから現れたの?急に視界の中に現れてきたみたいだった•••「おめえ、どうやってここまで来た?」男が太い腕を使い、肩を鷲掴みにしようと覆いかぶさるほど接近してきた時、「ショーン、しゃがんで!」と体勢を低く保ち、男の足を咄嗟にはらう。案の定、男は尻餅をつく形になり、私はすかさず高く跳び上がり勢いをつけたまま男の額に踵を落とした•••。「グゥァッ•••」男が悲鳴を上げ気を失う•••すごいっ•••これがエドゥアルト王子の『力』•••普段の私ならこれだけの体格差のある敵をこんな簡単に倒すことはできない••••先ほど見張りの男を倒した時も思ったけど、『力』の一部とはいえ凄まじいわ•••



「アルッ!」聞き慣れた声に顔を向けると、カイルが階段を駆け降りてくるところだった。「•••アルッ!無事だったか?」茶の髪を跳ねさせ、飛び降りるようにこちらへ向かってくる。


「カイル!」

私の声にカイルは、安堵の表情を浮かべ、右手に持っていたナイフを腰に仕舞い込んだかと思うと、その手で私を自らの右肩に乗せた。「カ、カイル??」この態勢は何?カイルの右肩に私のお腹が乗り、まるで荷物として担がれているかのような体勢だ•••「お、降ろして!」モゾモゾと動いて降りようとするけど、私の太ももをがっしりとカイルの右手が掴んで離さない。「アル、少しだけ我慢してくれ。あまり動くとあんたのスカートが捲れる。」•••!?•••すでに片側だけ捲れていて、太もも裏の素肌に直接カイルの手が触れていた•••カイルが心配してくれているのは分かっているけど、、•••「僕だって闘えるっ•••」カイルの横顔に向かって叫ぶけれど、「分かってます。」と冷静に返されるだけで離そうとはしない•••カイルってこんなに力があったかしら?•••


「ショーン、オレの腰に差してあるナイフを取れるか?」

カイルが私を抱えたまま、向かってくる敵を1人蹴飛ばした後、少年に問う。「うん、取れる!僕も闘えるよ!」黒目を大きく開け声を張り上げる少年に、カイルは笑みを浮かべた声で「念のための護身用だ。とにかく俺の後ろについてこい。」


話してる間にも上から敵がどんどん降りてくる•••このまま地下へ皆を助けに行けば、余計危険にさらしてしまう•••「カイル、まずは上へ•••。」カイルは私の言いたいことを汲み取り、軽く頷くと、ギュッと私の身体を掴み直し、来た道を引き返す。


突然「テメェら、いったん後ろに引きやがれッ!」と若い男の声がした•••この声は•••?

私を襲おうとした頬に傷のある赤髪の男の顔を思い出しゾッとする•••


カイルが立ち止まり、もう片方の腕で私の背中を支え、ゆっくりと降ろす途中•••ギュッと強く抱きしめ耳元で「大丈夫ですか?」と囁き立たせてくれた•••予期せぬ行為にカイルを見ると、「怯えていたようだったから•••。」とこんな状況にも関わらず金の瞳を細めニッコリと笑う•••いつものカイルだという安心感に、ホッとする。すぐにカイルは私を背に振り返り、そのまま前を見据えたまま、右手にナイフ、左手に青の剣を構えた。「ショーン、アルとここで待っていてくれ。」ショーンは、薄紫色の髪を揺らし「分かった。」と首を振る。


「ここは•••?」どうやら一番上に辿り着いてたらしい•••少し広めの場所だ•••エドゥアルト王子とフェンリルもいる•••! あの男もッ•••!!


赤髪の男が、「女ぁあ、どうやって出て来やがった?」とギロッと睨み反射的に身体が硬直する•••またあの目だ•••目元のホクロが印象的だったからよく覚えている•••ネットリ絡みつくような視線が気持ち悪い•••「テメェだけは俺と一緒に連れて行って、たっぷり可愛がってやる。」その男が本能的に怖いッと思ってしまった•••何かを言い返したいのに、唇が震え何も言葉にならない。ショーンがその小さな手を私に絡めて、「お前なんかに、アルを渡すものかっ!」と精一杯声を張り上げてくれている。すぐに、カイルが背中で私の姿を隠してくれる。青の剣に手をかけたまま「殺す•••」と、ボソッと物騒なことを呟いている。、


エドゥアルト王子からも突然もの凄い冷気が漂ってきて、「切り刻む。」と、もし彼が敵側にいたらショーンが怯えそうな言葉を口にする。


フェンリルがそんな2人を宥めるように言葉を紡いだ時だった•••

「気持ちは分かるけれど、殺しちゃダメだよ。情報を•••ッ•••?」突然言葉に詰まり、碧の瞳を驚愕に染め後ずさりはじめる。


フェンリルの視線の先を見ると、頭と呼ばれていた赤髪の男の前に、1人、また1人と人質として囚われていた女性や子どもたちが後ろ手で縛られたまま次々と現れている•••! 先ほどの大男も突然現れたように見えたけれど•••何が起こっているの•••??? 分からないまま目の前の光景から目を離せずにいると、とうとうショーンの友達のオレンジ髪の少年クリスが現れたと思った途端、クリスがナイフを手にフェンリルに襲いかかった•••!

フェンリルは何事かを口ずさみ、そこから動こうとしない。彼の耳元で風もないのに、羽飾りだけがビュンビュン揺れている。すかさずカイルがフェンリルの前に飛び込み、剣でナイフを止めた••••かに思われたが、そのナイフは剣を素通りし突然クリスは幻のように消えてしまった•••


「なっ•••!」カイルがあっけに取られた時だった•••「俺のところに来れば、テメェだけは見逃してやる。」赤髪の男の目がこちらへ向いたかと思うと、どこから出てきたのか四方八方から私の身体を拘束するように鎖が飛んできた•••!

思わず目を閉じ身をすくめる•••けれど、覚悟していた衝撃はなく、恐る恐る目を開けると、鎖に拘束されたエドゥアルト王子がいた•••「エドゥ、どうして•••?」


「言ったはずだ•••お前に傷一つつけないと•••」


その美しい顔もすでに血まみれになっていた王子の姿の中で、彼の銀髪だけが元の輝きを保っていた•••

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