38 獣は、その正体を知る、、、

それは一瞬だった•••私が逃げようとする一瞬の隙をついて、エドゥアルト王子が間合いに入り、片手で軽々と私の両腕を拘束する。「だ、誰••••か!」


!?


今、何が起きたの??えっ•••? エドゥアルト王子は私の両腕を拘束したまま、その端正な顔を近づけ私の唇に自分の唇を重ねた•••


!?


彼のオッドアイから目を逸らせず、そのままその瞳が近づいて来たかと思うと••••王子の柔らかい唇が、私の唇を覆うようにその熱を移す。王子の切長の瞳が切なげに揺れ、その息遣いの振動が伝わってくる。片腕で私の両腕を拘束し、私の腰を支えるもう片方の腕の力が強まり、否が応にも身体と身体が密着する。•••


!!••••私のファーストキスだったのにっ!あまりの不意打ちと王子の凄まじい色気に腰から力が抜け、その手を振り解くことができない•••唇には生々しい感触が残る•••

「どう•••してッ?」涙で滲んだ目で王子を見る。


「•••言ったはずだ。俺は自分の『力』を完全にコントロールできると•••だから、俺の力を少し分けただけだ•••1日位なら、お前の戦闘能力は確実に高くなっている。」


「•••」早くこの手を振り解かなくちゃと思うのに、パニックになって思うように身体が動かない•••そんな私の様子を見て、王子は拘束していた両腕を解き、私を抱き抱える。先ほどの有無をいわさない傲岸さは微塵もなく、労わるような優しさで近くの椅子に座らせた。

「少しの間、『力』が馴染むまで座っているといい。」


王子から解放された安堵で、頭が冷える。さっきは、一瞬エドゥアルト王子に殺されると思った•••。だってもの凄い殺気が満ちていたもの•••この人のオッドアイの姿はまさに獰猛な獣そのもの!恐ろしかったっ••• まさか、自分の『力』を分けてくれたなんて••••ありがたい•••けどッ••••でもだからと言って乙女の純情を奪うのは許せないっ!だってどう考えても他のやり方があったはずだもの!


「こ、今度、僕の許可なしに同じことをしたら、許さない!」


切長の目を細め、口の端を上げなが機嫌良さそうに、「ハハッ、ああ、分かった。」とブラウンの瞳でこちらを見る王子が、先ほどの恐ろしい姿は夢だったのかと思うほどだ•••からかわれたの??••ショーンと話してる姿を見て、一瞬でも良い人かもしれない、と思ったのは間違いだった!やっぱりキライッ!


「•••僕は•••男だ•••。」

王子にとって今の私は男のはず•••どうしてこんなことを•••?


「それがどうした?」

王子は表情を変えず、何でもないことのように答える。


「•••女が苦手だから、僕で遊んでるんじゃないか•••。」ゲームの中では王子は女性が苦手だったはずだ。だから男に??油断した•••悔しいという思いと共に、責めるような口調をぶつける。


切長の眼でこちらを睨み、「俺は恋愛で遊ぶようなそんな悪趣味じゃない。」と不機嫌な声を響かせる。じゃあ、どうして•••? ? その最後の言葉が出てこず、沈黙が落ちる•••この人の側にいたら、心臓がいくつあっても足りない•••


束の間の沈黙を破るように、ラベンダー色の髪を揺らし、「アル!準備はできたか?」とショーンが様子を見に駆けて来た。急いで滲んだ涙を手で拭う。「今、行く。」王子が手を貸そうと伸ばして来たが、怒りでその手を押し退けるようにして椅子から立ち上がり、皆が待つ場所へと向かった。


◇◇◇

森へと続く小径を前にして、藪の中で息を顰める荒くれ男たちがいた。


「最近、騎士団の連中が街のあちこちにいて、やりづれえ。明日は違う場所で狩るぞ。」

整った容姿だが赤毛の伸び切ったボサボサの髪の若い男が、低めた声を出す。


「へい、•••頭、あの2人組が森の中へ入って行きましたぜ。」


頭と呼ばれた男の頬には大きな古傷があり、目元のほくろが、より一層妖しく怖ろしい雰囲気を出している。その視線の先には、少年と若い女性の2人が今まさに森の中の小径の奥へと向かって歩いていた。

「よし、実行だ。テメェら、さっさとあいつらを狩ってこい。」


頭の合図に従い、手下どもが一斉に動き出す。夜の闇に紛れ、ひと目でカタギではないと分かる風貌のごろつき共が、音も立てず少年と女性の2人を取り囲むように近づいていく。


若い女性の悲鳴が暗い夜の森の中で響いたかと思うと、突然、止んだ•••すぐに辺りは先ほどまでの夜の森の静かさを取り戻し、フクロウなどの鳴き声以外は静寂が訪れた。後には、少年の被っていた帽子と縄を巻き付けられた木の棒だけが残されていた•••


「テメェら、そいつらを早く馬車に乗せろ。急いでアジトに戻る。」


やがて馬車は、街外れの古びた小屋の前で止まる。

「そいつらを早く地下へ連れて行け。•••おいッ•••ちょっと待て••••。その女だけ、俺の部屋へ連れて行け。」睡眠薬が切れかかり、瞼がピクピク動いている女の姿を見る。黒縁のメガネがずり落ち、長いまつ毛がはみ出ている。濡れたような赤い唇に、華奢だがスッと伸びた手足とくびれた腰の女性らしい肢体は、男を惑わせるような不思議な色気を醸し出している。こいつは上玉だ•••男は心中で舌舐めずりをする。


「頭、もし商品に手を出したことがバレれば、大変な目にあいますぜ。」

怯えたように部下が言う。


「•••テメェ、あんなキチガイに怯えてんじゃねえ。俺だって今まで大人しく商品をアイツに差し出してきたんだ。今晩くらい楽しんだってどうせバレやしねえ。」そうだ、俺はあの首に蛇の刺青のあるイカレタ男の言う通りに、今までしてきたんだ。今日くらい女を1人喰ったところでバレやしねえ。

男の視線は、スカートの裾がめくれて露わになっている白い太ももを、舐めるように見ていた••男の中の雄が刺激され、限界だった•••


男はズカズカと縄で拘束された女性のところまで歩いていくと、乱暴に片手を女の腰に、もう片方の手をスカートの中に入れ直接抱き上げた。先ほどよりもさらに剥き出しとなった太ももに、男は舌舐めずりをする。今にも目を覚ましそうな女の胸は、荒い呼吸音とともに、上下に動き、男の欲望をさらに刺激する。「もう、我慢ができねえ。」

男は足でドアを力強く蹴り飛ばすと、ベッドに向かった。


「や、やめろっ!」不意に男の後ろから、声変わり前の甲高い少年の声が響く。「あぁあ?」振り向くと、一足先に目を覚ましたラベンダー色の髪色の少年が、後ろ手に縛られながらも「アルッ起きて!アル!」とこちらに向かって叫んでいる。

「なんだあ、テメェ。」すぐに手下が頭を押さえつけ、少年の背中を踏みつけようとするが、「やめとけ、傷はつけるな。どうせ何もできやしねえ。」男は女性をそのままベッドに放り投げ、「おい、ガキ、よおく見とけ。」ゲスな笑いを浮かべ太ももを弄り始める。もう片方の手は腰を撫でその手はねっとりと粘りつくように上へ上へと動いていく。少年は喉を枯らす勢いで大声で「アル!起きて。」と叫び続ける。「うるせえ、そいつの口を•••」



「んんっ•••ぁっ•••」女性が外の喧しさに目をゆっくりと開けるていく•••。•••ッ•••そして目の前の欲情に刺激された若い男の姿を認め、意識を完全に取り戻す。「や、やめてッ!」ゴツゴツした手がスカートの中を動き回っている。もちろんそう言われて止める男ではない。



「•••これ以上やるなら、私は舌を噛み切って死ぬ!」女は、怯えのない極めて冷静な声を張り上げた。


「アルッ!」ラベンダー色の髪色の少年の方がむしろ慌てて、叫び始める。


「ああぁあ?」こんなか弱そうな女に、そんなバカなこと出来るわけがないと男は思うが、強い意志でこちらを睨みつけてくる眼差しはとても脅しだとは思えない。


「あなたを雇っている人にこのことを知られたら、あなたはどうなるのでしょうね。」話せば話すほど女は落ち着きを取り戻し、視線を男から一切逸らさずに言い切った。


「なッ」腕を切り落とされ残虐に殺されていった奴らを思い出す•••あの蛇のような男の目を思い出すだけで不快だった•••こいつ、何か知ってるのか••••?「•••興が醒めた•••。オイ、こいつらを連れて行け。」


◇◇◇


ドサッ


「オイ、テメェら、明日の朝までここで大人しくしてろ。」

冷たい石で囲まれた牢には、すでに私たちを含めて10人ほどの女こどもたちが捕われていた•••「居た!」俯いていたオレンジの髪の少年が、ショーンの顔を見て驚いている。多分彼が、ショーンの友達のクリスだろう。•••すでに、こんなにッ•••牢の前には見張が1人だけ•••私は隣で、同じように縛られて座っているショーンに合図を送る。見張りに気づかれないよう、クリッとした黒目を見つめ、口の動きだけで彼の名前を呼ぶ。ショーンは軽く頷くと、そぉっと私に背中をむけ始めるようにモゾモゾと動き出した。私も後ろ手に縛られている背中を彼に向けるように向きを変える。背中の後ろで彼の手と私の手が触れる。ショーンは手首に隠していたナイフを取り出し、私の縄を少しずつ切り始めた•••時間の感覚も無くなるくらい夜更けを過ぎた頃、パラリッと私を拘束していた縄が外れる。見張りの男はうとうとしながら背中を向けていて、全く気づく様子はない•••私はショーンからナイフを受け取ると、後ろ手のまま立ち上がり、見張りの男に声をかける。

「ねえ、そこのあなた、ずっと同じ体勢で胸元が苦しいの•••良かったらボタンを外してくださらない?」


暗く湿った地下牢に、水音のような可憐な女性の声が響き渡る。見張りの男は、ひと目女を見るなり下衆な笑みを浮かべ、上から下まで舐め回すように見る••

•••もう一息だわ•••

「•••体が弱って、とてもじゃないけれど立ち上がることが出来ないの••ねえ、お願い•••ボタンを外すだけでいいの•••」女性はシナを作って、男を誘うように潤んだ瞳を、見張りの男に向ける•••こんな台詞で誘き寄せるなんて•••、カイルたちに知られたら絶対怒られる••!! 上手くいくかは分からないけれど、今は戸惑っている場合じゃない••!


舌舐めずりした男が、「•••いいだろうッ、ボタンを外してやる。」と牢の鍵を開け、中へと足を踏み入れた。見張りの男は、しゃがみ込み、両手を胸元にかける。

「グヴァッ•••」瞬間を突いて、ナイフの柄で首を打たれた男が気絶する。私たちのやり取りを息を潜めて見守っていた、ショーンと同じ年代の子供たち3人と女性5人がざわめき始めた。私は皆の方を振り返り、敢えて落ち着いた冷静な声を出す。「皆さん、どうぞお静かに•••。もうすぐここに、皆さんを助けに人が来ます。それまでの辛抱です。私とこの少年は助けを呼ぶために、ここから一足先に脱出しますが、皆さんはどうしますか?」


◇◇◇



結局、私は何とかショーンの縄を解き、クリスたちはここに残ったまま、助けを待つことになった•••無理に逃げてもリスクだらけだから仕方ない。ショーンが、脱走する時、友達のクリスのところにしゃがみ込み、「クリス、もしもの時はこのナイフを使うんだ。」と袖に仕込む。クリスは唇をギュッと閉じたまま、大きく頷いた。


◇◇◇


一方、街外れの塔の上では、背の高い男が3人、先ほどからずっと無言で時を過ごしていた。月明かりに照らされ銀に輝く髪の男は、手すりの上に足を組んで座り、手元の銃に弾丸を詰めている。

もう1人は、月明かりの中で溶けていきそうな金の瞳を、手元の剣をおさめた鞘に向けている。

最後の1人は、弓を抱え、碧の瞳でじっと街を観察するように息を殺し眺めていた。


鞘に収めた剣をじっと見つめていたカイルが、顔を上げこちらを見て軽く頷く。僕も軽く頷き、手元に銃、腰に剣を携えたエドゥアルト王子に、「アルたちは、北の方に連れ去られたようです。」と話しかけると「なぜそんなことが分かる?」訝しげな視線を向ける。「まあ•••、それは秘密です。でも、情報は確実ですよ。•••北の方には、目立つ邸はないですが、森と洞窟がありますから、もしかしたら簡易的な小屋など建っている可能性もあります。とりあえず近くまで行きましょう。」


「•••」王子は、腕を組み、気配を研ぎすましている。ふと顔を上げたかと思うと、「その鞘の中に治まっている剣が、何かと響きあっているように、魔力を放出している•••。」とカイルの持つ青の剣に視線を止めた。 !? •••こんな微細な魔力でさえ、感知できるとは•••「•••そうか•••アーシャ王女殿下の元に新しい『蒼の騎士』が就いたと聞いたが••••お前がそうか•••。その実力、•••何者かと思っていたが••••」さすがに隣国の王子に、完全に秘密にしておくのは難しいようだ••••••••今の状況を逡巡した王子は、ハッとしてブラウンの瞳を見開き、すぐに結論まで辿り着く•••。「では、その『青の剣』と響き合っているものは•••アルは?あいつは王女なのか!? •••王女ということは•••あいつは女???」

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