37 騎士は、変装する、、、

「どうしよう••••」

私は部屋の中で1人、立ち尽くしていた••••庶民の女性に変装するため、リリアがワンピースを持ってきてくれた。神殿の一角の部屋を借り、着替え始めたのだけれど、、••••


ドレスじゃないからと油断していた•••ワンピースなら、布一枚着ればそれで良いと思ってたのに、、•••!!! リリアから渡された服は、ワンピース以外にも「腰のところに巻いてください。」と渡された何やら紐のついたカバーと、胸当てのようなものといくつかのリボン••何となく前世の記憶を頼りにそれらしく着てみようとしたけれど、不器用すぎてまず腰につけるカバーの紐が結べなかった•••!!! 前世では、リボン結びとか普通にできていたから、きっとゲーム制作者の手抜きなんだわ•••やればやるほど絡まって悲惨なことになっている••••


「どうしよう•••」


部屋の外ではフェンリルたちが、敵が出没しそうな場所の特定など、話し声がずっと続いている•••私も早く着替えないと、時間だけがどんどん過ぎていく•••「仕方ない•••」


私はドアを少し開け、隙間から顔だけ出し、小声で「リリア、お願い、助けて。」と呼ぶ。リリアがすぐに気づいて、頬を赤らめ戸惑いながらも来てくれた。リリアは私を男性と思っているもの•••緊張するわよね•••


ドアをパタンッと閉め、私の姿を見たリリアは、オレンジの丸い瞳を大きく見開き、声にならない声を上げながら両手を口元に当てる。「まぁっ••••」


それも当然だ•••私はペチコート一枚の姿で、途方に暮れていたのだから••


「•••リリア、手伝って•••くれる•••?」

至る所に絡まりまくった紐やらリボンの惨状を見たリリアは、すぐに状況を把握したたらしく、パタパタと近くまで駆け寄り、手伝ってくれた。


リリアの顔は部屋に入った時からずっと、朱をさしたように赤いままだ•••。怒らせてしまったのかもと落ち着かないままに、私は勇気を出して話しかける。


「リリア、•••騙すような形になってごめんね•••」私が男装していたことを•••。最後まで言葉が出せず、言い淀む。


私の謝罪に、大袈裟なほど首を振って、「と、とんでもありません!騎士の姿で人助けなんて、誰にでもできることではありませんもの•••。」とオレンジの瞳を丸くする。


リリアの優しさに胸がいっぱいになる。これまで、女で騎士の真似事なんて軽蔑されても仕方ないと思っていたのに、そんな風に言ってくれるなんて思っても見なかった•••笑顔を浮かべ、リリアはまっすぐと私を見る。さすがあれだけのイケメン攻略対象者たちが恋するのも分かる。外見だけでなく内面も本当に素敵だ。

「•••ありがとう•••。リリアは、、私が女でも•••あまり驚かないんだね?」


腰のカバーの紐を器用に結びながら、リリアが答える

「弟のショーンが昨日そのように言っていたので、もしかしたらとは思っていたんです•••。それに、アル様が女性でも、あの日、助けて頂いた感謝の気持ちは変わりませんもの!」


!•••ショーンのおしゃべりッ••••あとで、ベラベラと話さないように言っておかなくては••••それにしても、、•••リリアのハキハキとした明るい声は、まさにゲームの中のリリアと全く同じだ!

「•••良かったら、これからも友達でいてくれる?」聖女になるリリアなら、城の中でもきっと会えるに違いない。


「ええ、もちろんですわ。•••私、本当に嬉しいです。あの日、アル様に助けて頂いてから、こうした形でお返しでき、友達になれるなんて夢みたいですもの。」笑顔を浮かべながらも、胸元に綺麗なリボン結びをしてくれる。シワひとつなくテキパキと手が動き、その様子はさながら魔法のようだ•••



あっそうだ!そう言えばリリアは誰のルートに進むのだろう••国が滅んだり私が殺されるのは、何としても阻止したいけど、それとこれとは別だもの•••できれば私もリリアの恋のルートを応援したい•••

「リリア•••! ••••••リリアは、あの3人の中で誰か気になる人はいないの?」


私の質問にリリアは目をパチクリさせ、小首を傾ける。

「フフッ•••皆さん、女性にモテそうですから、ハートを射止めるのは難しそうですね•••それに皆さん、すでに心に想う方がいますし•••そもそも私は、今は•••騎士姿のアル様が憧れです。本当にあの時は理想の王子様が現れたとおもったんです!今も、危険を承知で飛び込んでいくアル様を尊敬します。」


え?あの3人に好きな女性がいるの??•••だ、誰••••と質問しかけ、目をキラキラさせて私を見るリリアの可愛らしさに、こちらが照れてしまう••••こんな展開、予想していなかった••••リリアの話にどこから突っ込めばいいのかしら•••


「•••あの3人が心に想う女性って••••?」




「もちろんアル様ですわ•••! 私は最初、あの方たちが男性をそういう意味で好きなのかもと思ったのですが、アル様が女性なら納得です!」


•••リリアの満面の笑顔は可愛らしいけれど、多分すごく勘違いしてると思う•••


「あの3人は私に恋愛的な感情は抱いていないと思う•••。」


•••だって王子は私を面白がってるだけだし、フェンリルには妹としてしか見られていないし、カイルは、、•••そういえばカイルは、私をどう思っているんだろう•••

私にとってカイルは家族みたいに一緒にいることが当たり前で、恋人として考えたことがなかった•••カイルもてっきりそうだと思っていたけど、、でも、もしカイルと男女の関係になったら、、••••〜っ突然昨日、カイルに抱きしめられたことを思い出し、顔に熱が集まる•••カイルにそんな気は一切なかっただろうけど、異性として意識してしまうとあの体勢はとてつもなく恥ずかしい•••

 

「恋愛感情がないと思っているのは、アル様だけかもしれませんよ。例えばエドゥ様なんて•••」


えっ?エドゥアルト王子•••? あ、何か今、もの凄く冷静になれたわ•••王子の顔を思い浮かべ、リリアの言葉が素通りしていく•••見ているだけなら目の保養だけれど、私、獰猛な獣をそばに置いておく趣味はないのよ、残念ながら•••


「フフッ、私にもアル様の恋を応援させてくださいね!」

気づくとリリアが目の前で私の両手をギュッと握り、微笑んでいる。これまで同年代の女性と恋愛の話をしたことがなかったから、すごく新鮮な感じ•••


「ありがとう•••リリアの好きな人ができたら教えてね!私、リリアの恋を応援する!」


「ありがとうございます!•••さあ、できました!とても綺麗です。」


リリアが着せてくれた水色と白のチェックのワンピース。胸元がリボンで飾られている。青の石のネックレスは服の下に隠してある。髪はリリアが、高い位置で一つにくくってくれた。初めて着たワンピースに年甲斐にもなく裾を持ち上げ、クルクルと回ってみる。そんな私をリリアは微笑ましげに見つめる•••。準備はできた•••! 私はリリアを見て頷く。リリアも同じように頷いた後、片手を引いて「アル様、では、行きましょう。」とエスコートしてくれた。


扉の外ではまだ白熱した議論が続いている•••


「おまたせ、どうかな?」

とリリアに連れられて、部屋に戻ると、、、


「•••」


長い沈黙が落ちた。全員、ポカンッとした顔で、目を見開いてる。

あの冷酷王子でさえ、固まってる•••。


1人はしゃいでいたけど、やっぱり似合わなかったのかしら??リリアは優しいから、褒めてくれたけど•••



フェンリルが突如、妖艶な笑みを浮かべ「アル、似合ってるよ。すごく綺麗だ。ねっ、ショーン?」とリリアと繋がれていない方の私の手を取る。隣に立ったフェンリルの片耳に揺れる長い羽飾りが私の頭をくすぐった。


ショーンは私の女性姿に驚いたのか、ガチガチに固まって、首を縦にブンブン振っている。クリクリした黒目は姉のリリアにやっぱり似ている•••。


カイルがハッとしたように立ち上がるなり、「フェンリル、誰かが忘れて行ったメガネとかないか?」と棚を物色し始めた。

「ん?ああ、探してみよう。あと、帽子も被せてみようか•••。」

「あまり印象的な小物ばかりも目立ちすぎるな。」など、カイルとフェンリルが真剣な顔で、ああでもない、こうでもない、と私を前にいろいろ小物などを試してくる。


しまいには、それまで黙って私を見ていたエドゥアルト王子が、

「髪形ももっと地味に変えた方がいい。」と横槍を入れてきた。


•••私の姿、そんなに変だったのかしらと少し落ち込み、肩が下がる。そんな私の顔を覗き込むように、少し屈みこんだカイルの茶の前髪がサラリと揺れる。

「アル、敵陣ではできるだけ下を向いて、絶対にあいつらと目を合わせたりしたらダメだ。•••その•••襲われたら本当に大変だからな。」


「カイル、あまりアルを脅かさないであげて。アル、敵のアジトはおそらく荒くれた男ばかりの場所なんだ•••そんな場所に若い女性が連れて行かれたらどうなると思う•••? いくら商品に傷はつけないと言っても、邪な考えを持つ奴がいないとは限らない•••ましてや君はこんなに可愛らしい。」フェンリルは私の頬に片手を添わせながら親指で優しく数回頬を撫でた。碧の瞳を細め、目の前で微笑む。



「そいつに乱暴する奴は俺が切り刻む。」

長い足を組み、切長の眼で窓の外を睨見ながら、エドゥアルト王子が底冷えのするような声を出す。


先ほどまで紳士の佇まいだった彼が、突然獣のような獰猛さを出したので、大きな黒い目をパチッと開いて少年は肩を震わせる。


「エドゥ、ショーンが震えてる。」私の言葉に王子はフンッと鼻を鳴らす。

結局、私の変装は、大きな黒い丸眼鏡と三つ編みにしたお下げ髪で落ち着いた。


フェンリルがもう片方の私の頬をすっぽり覆うくらい手のひらを添え、「アル、君に加護を。」

とチュッと額に口付けた。突然だったので、近づいてくるフェンリルの顔を凝視してしまった•••女の私が嫉妬するくらい色っぽい•••潤んだ碧の瞳、透き通るような肌にうっすらと赤みがさした唇、ゲームの中でお色気担当のフェンリルは、現実でも破壊力がありすぎて心臓に悪い••••••ダメだっ•••フェンリルを好きだった時の以前の私が、胸の中で暴れている•••どんどん体が熱を持ってくるのがわかる•••


「いつまで遊んでいるんだ、早くしろ。」

王子の冷たい声が飛ぶ。


た、助かった〜

「ぼ、僕、手を洗ってから行くから少しだけ待ってて!すぐ戻る!」

私は、神殿の外にある泉の近くの手洗い場まで避難した•••


フェンリルってば、本当に罪作りなんだから•••。

ホゥッ•••流れる水に手をあてると、冷たくて心地よい。しばらくボーとしてると、頭が冷えてきた。




「お前、無防備すぎる。」


突然冷たい声が響いた。えっ?振り向くと泉のそばで銀の髪を反射させたエドゥアルト王子が立ち、こちらを見据えている。

「お、驚いたっ!エドゥも手を洗いに来たの?」



草を踏み締めたかと思ったら一瞬で目の前にたった王子は、見下ろすようにブラウンの切長の瞳を私に向けた。


「俺がどうして『銀の野獣』と言われているか知っているか?」

?•••何を今さら、、•••

「えっ?それは闘志の高まりに応じ、瞳の色が変化するからでしょ?」


「•••半分正解だが、その答えでは十分ではない。『銀の野獣』の謂れは、俺が完全に、自分の『力』をコントロールできるからだ。」


言葉を紡ぐ口の動きと共に、目の前で、エドゥアルト王子の左眼が、深くて綺麗な水色へと変化していく••• ブラウンの瞳が、少しずつ銀から水色へと色を鮮やかに変化させるに従い、王子からまるで刃を極限まで研ぎ澄ませたかのような、凄まじいほどの殺気が膨れ上がる•••。


ッ••••! しまったッ!!すっかり油断していた•••!逃げたいのに、目の前で変化していく王子のオッドアイから目を逸らすことができない••••恐ろしいッ!でも•••美しい!そして美しすぎて怖い•••!いろいろな感情が頭によぎり、身体の動きを縛っていく•••王子は私が、この国の王女だと気づいたのだろうか?そうでなければなぜ•••?



それは一瞬だった•••私が逃げようとする一瞬の隙をついて、エドゥアルト王子が間合いに入り、片手で軽々と私の両腕を拘束した。「だ、誰••••か!!」


!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る