36 侍女は、鈍感王女を教育する、、、

薄桃色の髪を揺らし、その場にいる1人1人の顔を見ながら、騎士は告げる。

「•••僕から提案があるんだ•••僕が、囮になる。そいつらは、女と子どもしか狙わないんだろ•••?だったら僕が女性の格好してわざと捕まり、そいつらのアジトを突き止める。」


女性の姿をエドゥアルト王子に見られるのは、リスクだけど、他に良い方法が思い浮かばないわ•••


「オレは反対だ。」

すかさずカイルが声を上げる。カイルだってきっと、今の段階ではこの案が試す価値があると言うことは分かってるだろう•••でも、護衛として反対する理由も痛いほど分かる•••


「僕もだ。」と、フェンリルもカイルに同意する。飲み物もノドを通らないのか、珍しく、カップに一口も手をつけていない•••


エドゥアルト王子は、相変わらず足を組み、威圧感たっぷりな様子で、椅子に深く腰をかけ話を聞いていた。そして

「•••面白い•••。では俺は、必ずお前を守ってやる。」とブラウンの瞳をこちらに向けた。




「ダメだ!危険だ!だってアルは•••」

カイルとフェンリルが口々に反対するが、私が王女であることは流石に言えず、言葉が途切れる•••


私も不安がないわけじゃないけれど、心配をかけまいと努めて明るく振る舞う。

「大丈夫だよ。フェンリル、カイル•••! そいつらにとっては、商品にしようとしている僕たちを乱暴に扱うことはしないはずだ!」


「そう言う問題では•••」

いかにも儚げと言った美貌に憂いを浮かべるフェンリルが、唇を噛み締めて呟く•••


「•••」

成人男性を徹底的に避け、女と子どもしか狙わないという敵が相手では、敵を特定するだけでも時間がかかるだろう•••その間にも人さらいは続く•••八方塞がりな状況に部屋には暗い雰囲気が漂った••••


重くなった空気を破るように、突如、少年の甲高い声で、

「だったら、、だったら俺もアルと一緒に行く。オレは手先が器用だから縄とか鍵の扱いは得意だし、きっとアルの役に立てる•••! ••ほらッ•••アルって、不器用そうだし•••」

と、ショーンが小さな手を私の手の上に重ねながら、丸い黒目を私に向ける。


「ショーン•••」

小さな肩をスッと伸ばした少年に対し、「巻き込めない」と思う気持ちと、「頼もしい」と相反する気持ちが混じり合う••••


どう返事をしていいか戸惑う私たちに、姉であるリリアが、自らの手を膝の上で握りしめ、考えをまとめるように少しずつ言葉を紡いでいく•••

「私からも皆さまにお願いします••••もし、アル様が行くというなら、どうぞショーンも一緒に連れて行ってあげて下さい。ショーンの友人のことは他人事ではありませんし、何よりアル様が一緒なら私も安心です。」

!?•••リリアだって本当は、ショーンにこんな危ないことはして欲しくないに決まっている•••! ••••それなのに、私たちを信頼して決断してくれた•••



一方、エドゥアルト王子は、自分の中で行う行動をすでに決めたのだろう。切長の目を私に向けながら、淡々と言い放つ。

「こいつが行きたいというなら、行かせてやれ。•••その代わり、俺が、こいつに傷一つないように守ってやる。」


「そんな•••!! エドゥに守ってもらうわけには•••」

隣国の王子にそんなことをさせるわけには行かない。


「そいつらは、オレのところでも人さらいを繰り返している奴らだ。そいつらを捕まえることとお前を守ることは矛盾しない。」


王子ははっきりと言い切った。その間、無言でリリアやショーン、エドゥアルト王子の言葉を聞いていたフェンリルが、顔を上げた。

「•••アル•••ショーン•••僕は今も、君たちにこんな危険な事はさせたくない•••。本当に自分の無力さが嫌になる•••でも•••それでも、、•••君たちが僕に見せてくれたように、僕も最後まで、僕の出来ることを諦めないでいようと思う•••!! •••僕も覚悟を決めたよ•••2人とも本当に無茶だけはしないでおくれ。」


「フェンリル••!!」

先ほどまで無力感を映していた碧の瞳は、今はいつもの輝きを放っている•••。私も諦めたくない•••!!!


そしてフェンリルは、1人何事かを考え続けている親友に声をかける。

「カイル、ショーンもついてる。ショーンはしっかりしてる•••アルとショーンを、何としても守りきり、拐われた人たちを取り返そう。」



俯いたカイルの表情は、こげ茶色の髪に隠れて見ることができないが、その口からは呟きが漏れた•••

「•••分かってる•••頭では分かっているんだ•••。」


◇◇◇


あの後、神殿の一角で作戦を立てた私たちは、明日の決行に備え、一時解散した。

私は侍女のメリーに手伝ってもらい、普段より早い時間に湯浴みを済ませ「ありがとう、メリー!さっぱりしたわ。」とお礼を伝えた•••明日のためにも今夜は早く寝たいわ•••あれっ•••?? とメリーが渡してくれた夜着を見る••••


「•••メリー•••??? なんだか、今日の夜着は、その•••なんて言うか•••少しセクシーすぎやしないかしら???」


光沢があり上質の生地ではあるけれど、かなり薄く、ピッタリと肌にまとわりつく。胸周りも広く開いているが、足もとには、深いスリットが入り、動くと太ももが見え隠れする。部屋の中は暖かいので、そのこと自体は特に問題はないのだけれど••••


「アーシャ姫、姫さまももう年頃です。外見は随分大人っぽく成長なされましたが、中身はまだまだ女性らしさが足りません•••! もちろん姫さまのお優しさも私は理解しておりますが、私は姫さまが良い婚姻を結ぶことを生きがいにしておりますので、これからは多少厳しくいかせていただきます!」

メリーが何やらやる気に燃えて、肌の手入れやらを熱心にしてくれた。別に今は必要ないのだけれど••••


「でっでも、内面の話なら、なおさらこの夜着はあまり関係ないのではないかしら??」


「甘いです、姫さま•••!! 内面から滲み出る色気を出すには、これくらいの荒療治が必要なんです•••!!! ただでさえ、姫さまは恋愛事には疎いのですから•••」


「は、はい•••」

•••メリーの剣幕に押されて思わず返事をしてしまう•••メリーって、こんなにスパルタだったかしら??? まあ、メリー以外には誰にも見られることは無いだろうし、それでメリーが納得してくれるなら•••


あれよあれよと言う間に、私に夜着を着せたメリーは、「では、姫さま、ごゆっくりお休みくださいませ。失礼します。」と満面の笑みで部屋を出ていった•••



ふうっ、何か余計に疲れたわ•••私はメリーが淹れてくれたリンデンのハーブティーを飲む。甘くフローラルな香りが、フワッと鼻に香り、疲れを和らげてくれる•••


ベッドで横になっているうちに、うとうととしてきた。そろそろ寝ようかしら•••


トンットンッ


「姫さま、少し良いか?」


カイル??この時間に訪ねてくるなんて珍しい•••何かあったのかしら?



「ええ、いい•••わ•••」

ベッドから起き上がり、自分の格好に気づく。しまった••!!! 普段より早めに休んだから、カイルも知らずに来てしまったんだ••••!


「待っ•••」


ガチャッ


カイルが扉を開け、私の姿を見た瞬間、目を見開いて固まっている•••一瞬呆けた後に、「ご、ごめんッ•••出直して来る••」と扉を閉めて出て行こうとした。


カイルがこの時間にわざわざ来るのは、きっと大事な話だ••。


「カイル、大丈夫よ!明日のことでしょ!今、話を聞かせて。」


カイルは立ち止まり、最初は迷った様子だったが、私が話を急かしたため、視線を彷徨わせながら、唇を結び入ってきた。


扉をパタンッと閉めた後、

「•••オレ、試されてるのか•••?」と何やら独り言を呟く。


「え?」


「いや、何でもない。」とカイルが扉近くのソファに腰を下ろした。


「どうしたの?」との問いかけに、

「•••姫さま•••、明日は、必ず青の石のネックレスを付けて行ってくれ。」と、耳と頬をほんのり赤く染めたカイルが、真剣な顔で私を見る。


カイルが『蒼の騎士』となった事で、青の石で出来た剣を贈られた。青の石でできた剣とネックレスは、それらを身につけた者たちが離れていても何となく互いの場所が分かるようになる。



「もちろんよ!カイルの言う通りね。忘れないように、カイルがつけて!」私は虹色に光る宝石で彩られた小箱の中に保管していたネックレスを取り出すと、カイルの隣に腰掛けた。



そして下ろしていた髪を、手で軽く一つにまとめ、上に上げる。湯浴みをしたばかりで、髪がまだしっとりと濡れていたので、不器用な私はうまくまとめられず、首元など肌に張り付いてしまう•••



•••しばらく待っても、全然カイルがネックレスをつけてくれないので不思議に思い、「••んっ?••カイル?」と後ろを向いたまま声をかけてみた。


「••••」


しばらくの沈黙の後、ハァ〜と盛大なため息が聞こえてきた•••??また、何か私やらかした??そう思った途端、すぐにカイルの指が、そぉっと触れるか触れない程度の優しさで、私の肌に張り付いてる髪をゆっくりと一束ずつまとめてくれる。そして、綺麗に髪をまとめてくれた後、カイルの腕が背中から前に回ってきて、ネックレスをつけてくれた。さすがカイル!器用だわ•••


手で束ねていた髪を外し、「ありがとう」と振り返ろうとした時、ふいにカイルが私を後ろから抱きしめる•••! カイルッ••!!!


カイルの鍛えた腕が、私の腰の辺りと胸の下に回る。とても優しく、ふんわりと包み込むように抱きしめられ、深い海のような甘くて静かな響きが、耳元で囁かれる。


「•••姫さま•••、ご自分がいつもどんなに無茶を言ってるか、分かってますか•••?危険なことは、オレに任せてくださいって言いましたよね?」


•••いつも耳にタコができるくらいカイルに言われていることだ•••カイルの言う通りだけれど、、何もしないまま、フェンリルがゲームのような状態になってしまうのはやっぱり嫌だ•••


「•••ごめんなさい、カイル。でも、もう決めたことだから•••。」

カイルの心配が痛いほど分かる、、ごめんなさい、と言う意味を込めてカイルの腕にそっと私の手を重ねた。カイルから息をのむ音が聞こえたので、振り返ると、熱を孕んだ金の瞳が私をまっすぐに見つめていた。美形でエキゾチックな風貌のせいか、赤く染まった顔が、妙に色っぽい•••


「カイル?」

問うように顔を見上げると、カイルの腕の力が少し強まり、薄い衣しか纏っていない私の肌は、カイルの熱をどうしても感じてしまう•••カイルの心臓の音も聞こえるぐらいの近さで、カイルの金色の瞳がじっと私を見つめる。


「•••姫さま、オレはあんたが大事だ。••だから一人で全部抱え込まないでくれ。あなたはオレの全てです。

オレの命にかえてもあなたを守ります。」


私はカイルにきちんと自分の考えをもう一度はっきり伝えるために、顔だけではなく身体の向きもカイルの方へ少し動かす。それにつられ、私の腰を支えていたカイルの大きな手がビクッと動いた後、ギュッと抱き抱えるように私の腰を引き寄せた•••

こんなに密着して、まるで愛の告白みたいなこと、、誤解しちゃいそう•••カイルは私の『蒼の騎士』として言ってくれてるだけなのに•••カイルがあまりにも真剣だから•••


「わ、私は、カイルの命も大事にして欲しいのよ•••。•••でも•••本当にありがとう•••」

そう言ったら、カイルがいつものようにクスッと笑ったので、私もつられて笑顔になる•••事件はまだ解決していないけれど、冷静な判断をしていくためにも、落ち込んでばかりもいられない•••明日に備えなきゃ!

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