35 神官見習いは、胸を痛める、、、
「•••なあ•••こいつら、アルの何なんだ?」
「何って•••」
まさか今王子の護衛中ですとは言えないし•••
「•••カイルは僕の•••友人••?で、、••エドゥは•••」
「俺はこいつの護衛だな。」
言い淀む私に、切長のブラウンの瞳を向け、王子は言い切る。
!?
『•••はああ?』
カイルと私の言葉が重なった••• 騎士姿の私が、王子の護衛をするならまだしも、、•••あり得ない•••!! そもそも私の護衛は『蒼の騎士』の役目なのだから••••カイルだってきっと同じ気持ちだろう••••カイルも前のめりになり、腰を浮かしかけている•••
「危なっかしくて、放っておけんからな。」
エドゥアルト王子は、艶のある口元に笑みを浮かべる。整えて上げた前髪が、目元をいつもより強調し、その美しい顔の微笑みを飾った。
「•••まあ、、•••まちがってはないな•••。」
えっ?•••私は、深く座り直したカイルに、クルンッと顔を向ける••••真っ先に私と一緒に否定してくれると思っていたカイルが、なぜか王子の言葉に納得し、腕を組んで頷いている•••
「ああ、、•••うん•••。」
!?ショーン•••?? 天使のようなショーンが呟く•••
軽く落ち込む私を気にすることなく、そのままショーンは話しかけてくる。
「アル!騎士は毎日どんな訓練やってるんだ?」
「アル!見ろ、あそこの店で売っているお菓子は美味しいぞ!」
「アル、リリ姉のことどうやって助けたんだ!」
リリアの知り合いだと言ってから、彼の態度が明らかに変わった。これ、懐かれたのかな•••でも、私も弟が欲しかったから、嬉しいかも•••肩まであるラベンダー色の髪の毛は、ショーンが首を傾けるたび、あっちに揺れこっちに揺れ、くるくる変わる表情と一緒で、見ていて飽きない•••
少しずつショーンとの会話を楽しめるような余裕が出てきた時、またもや爆弾が投下された••。
「アル、お前、女なのになんで騎士の格好してるんだよ。」
!?
「!?•••ッなっ、! 女?? 僕が女のわけないだろ!•••背だって女にしては高いし、剣だって振り回してるんだ、、•••」
言葉に詰まる•••!! 仮にも王女がこんな男の格好をしてると言うだけでも変わり者だけど、私の場合、血まみれで戦っていた前科まである•••これって下手すると、ゲームの「最低姫」なんて、実は目じゃないのでは••••??? こんなところでバレたら、「最低姫」の噂に長〜い尾びれまでつきそう•••
1人固まる私を知ってか知らずか、王子が否定してくれる。
「まあ•••たしかに女に見えるが•••女はこういう格好して暴れないからな•••残念だが男だ•••」
んっ?残念だが、って、私が男で王子に何か不都合でも•••?
クリクリした黒目を大きく開いて、「ええっ〜?どう見たって•••」と全然納得していない様子のショーンが叫ぶ。
「シ、ショーン!もう神殿に到着するから。」
私は慌ててショーンの肩を抱き、無理やり馬車の外へ目を向けさせ、横目でその隣に座るカイルを見た。
カイル、!! 笑い堪えてるの分かるんだから!! こげ茶色の頭のつむじしか見えないカイルに、心の中で悪態をつく。
馬車の外へ顔を出したショーンが、「あっ、リリ姉だ!リリ姉〜!」と大きく手を振った。
「まあ、ショーン!どうしたの?今日はフェン様に文字を教えてもらうと言ってたのに。」
ショーンと同じくらいの肩まで伸びたフワフワの金の髪で、白と緑のチェックのワンピースに包まれた少女が、明るい声を上げる。
さすが乙女ゲームのヒロイン、本当に可愛い•••攻略対象者のフェンリルとはすでに仲が良い雰囲気だし、王子は、今はリリアにはあまり興味のない感じに見えるけれど、いつ彼女と恋に落ちるか分からない•••でも、カイルは?? カイルもやっぱりリリアみたいな女の子が好きなのかしら•••?
ふと気になってカイルを見たら、金の瞳とばっちり目が合った•••ニコッと笑ってどうしたの?とでも言うように小首を傾げたカイルは、彼自身も攻略対象者でも良いぐらいの美形だ•••
「リリ姉、!リリ姉が言ってた騎士のアルが、昨日のクリスのことで助けてくれるって!」
ショーンが馬車から飛び降りるようにジャンプし、リリアに駆け寄った。
「まあ、騎士•••様。•••ア•••ル•••?」
リリアがやっと、馬車の中にいる私たちの存在に気づき、オレンジの瞳を見開く。弟のショーンと瞳の色こそ違うけれど、クリクリとした瞳はよく似ている。私は、馬車から降り、礼を伝えた。
「リリア、話はフェンリルから聞いたよ。マントをわざわざ持って来てくれたんだって?ありがとう。君が元気そうで良かった!心配してたからね! 」
本当に心配してた•••普通の女の子なら、血が飛び散るあんな現場にいたら、トラウマになってもおかしくない。リリアの明るい表情に、ホッとして自然と顔が綻ぶ。
突然リリアの顔が、ポワッと熱が上がったように真っ赤になる。「リリア?」と名前を呼んでも、硬直したように立ち尽くしたままだ•••もしかして、騎士姿が威圧感与えてる•••?
「リリ姉!」ショーンがリリアのワンピースの裾を引っ張ると、リリアはハッとしたように、返事を返してくれた。まだ顔は真っ赤だけれど•••体調は大丈夫•••???
「•••ごっごめんなさい!騎士様、こちらこそ、先日は助けていただいてありがとうございます•••!」
リリアは慌てたようにペコッと頭を下げた。
「君が無事ならそれで良かった•••! 僕のことはアルと呼んでほしい。僕は君と親しくなりたいんだから•••。」
ゲームの中では私はリリアと特段親しくなかったから、せめて現実世界では仲良くなりたい•••
「は、はい、、•••アル•••その方たちは?」
リリアは、頬を染めたまま、見上げるように後ろを見る。
「エドゥと呼んでくれ。先日は貴殿が庇おうとしてくれたこと、礼を言う。怖い目に合わせてすまなかった。」
エドゥアルト王子は、リリアの目を見つめ、優雅な仕草で響きの良い声を紡ぐ。
この完璧な立ち居振る舞いは、見習いたいかも•••手を動かすタイミング、声を出す間の取り方、スッと伸びた姿勢、王子の素を知らない人が見たら、見惚れるのも分かる気がする•••だって、いつもの憎たらしさの欠片もないもの•••
最初王子に警戒してる様子だったリリアも、
「い、いいえ、エドゥ•••様のせいではありませんもの•••。皆さま無事で何よりです。」
と今は笑みも浮かべている•••。
「リリア殿、オレはアルの友人のカイルと言います。ショーンの件では、オレたちもできる限り力になります。」
カイルの言葉に、エドゥアルト王子が不満を漏らす。
「勝手に俺も含めるな。」
「どうせアルについて回るなら、同じことだろ。」
そう言われて、王子が苦虫を噛み潰したような顔になる。
「エドゥ、カイル、あまりアルを困らせないように。まずはこれでも飲んで落ち着こうか。」
先に到着していたフェンリルが、まだ湯気の立つカップをトレイに乗せ、やって来た。そして神殿の入口近くにある小さな部屋へと、私たちを案内する。
◇◇◇
「これは••何だ•••?」
テーブルの上に置かれた飲み物は、ウンディーネ国に住む私たちにはお馴染みのものだ。だが、カイラス国では珍しいのだろう•••初めて見るような表情で、エドゥアルト王子が尋ねる。
「カカオをたっぷり入れたホットチョコレートに、マスカルポーネのホイップとミントの葉を散らしたものです。飲むと幸せになりますよ。」
フェンリルがテーブルについた私たちの目の前に、一杯ずつカップを置いていく。
カカオは、神官の間では、薬用食材としてわが国の神殿で共されてきた。神官ハムルによると、人の神経に伝達する特別な成分があるらしい•••
「エドゥとカイルは甘いものが苦手だろうから、砂糖は少なめにしてあるから。」
フェンリルの言葉に、「ハムルの作ったものでなければ、大丈夫だ。」とカイルがすかさず冗談めかして答える。この2人、ほんとうっに仲が良いんだから•••
甘いものが苦手なカイルのために、以前神官のハムルが砂糖なしで作ったら、もの凄く苦かったらしく、それ以来少し根に持ってるらしい•••
フェンリルが王子の方を向き「エドゥは?」と尋ねる。
「カカオ•••? 貰おう•••書物では液体にして飲むとは書いてなかったが••••。」
王子がここまで驚いた顔は、初めて見る•••なんだか少し親近感がわいたかも•••
「えっ?この人どこから来たの?」
ショーンが、ギョッとして王子を見る。
「•••山の向こうだ•••」
山は山でも、国を超えてるけどね•••でも、律儀に答えを返してくれる王子は、そんなに冷たい人ではないのかも知れない•••
「•••それでショーン、君の友人のクリスのことを聞かせて欲しい•••。」
フェンリルの真剣な問いかけに、ショーンも頷き、ポツリポツリと事件のことを話し始めた•••
ショーンの話に段々と皆、口が重くなっていく•••
ふいに王子が、顔を上げ何かを考えるように、切長の目で窓の外を睨む。
「•••拐われた現場に、木の棒に縄が巻きついたようなもの•••? •••それはそいつらの印だ。意味は分からないが、オレたちのところでも同じことをしている•••手口から見て多分同じ奴らだ•••女子どもばかり狙って、成人男性は徹底的に避けながら活動しているから、捕まえることがいまだ出来ていない•••」
!!カイラス国でも•••!?わが国では、初めてのケースだけれど、カイラス国ではすでに相当の被害が出ていたらしい•••!!
「ルイス王に今すぐ騎士団を動かして、警備を強めてもらうことはできるけど、エドゥの話だと、徹底的に避けられ、ひっかからない可能性もあるな•••」
カイルが懸念するように、敵は情報網をどこに張り巡らせているか分からない•••ゲームの中では黒幕は蛇の国イーブル、でも簡単に尻尾を掴ませることはしないだろう•••もしかしたら今回運良く犯人たちを捕らえたとしても、彼らは操られていただけで、何も知らない可能性もある•••
フェンリルは、青ざめた顔で聞いている•••繊細で心優しい彼は、きっとまるで自分のことのように心を痛めている•••
ゲームの中のフェンリルは、1人また1人と子どもたちがなす術もなく拐われ、どうしようも無くなった時、精神を壊した•••
「フェンリル、止めて!お願い!」
「邪魔しないでくれ、僕はもうどうなってもいいんだ•••何もできない•••何も•••」
ターコイズブルーの瞳から大粒の涙を零しながら、フェンリルは自らの手がただれるまで弓を引き、ほとんど食事も摂らなくなっていた•••元々身体が弱かったフェンリルは、その頃はしょっちゅう高熱を出していたが、彼が自分の身体に構うことはなかった•••まるで死に急いでるみたいに••••
◇◇◇◇
「アーシャ、死んだ後も人の心は生き続けるんだよ。」
幼い頃、大好きだった叔父が死んで泣いていた時、フェンリルはそう言って、一晩中側にいて慰めてくれた。
フェンリルの言葉が今も私の胸に残っている、、•••けれどやっぱり、大切な人との別れは、胸が張り裂けるほどに悲しかった•••大好きなあの人の笑顔が見れなくなること•••もう二度と一緒に美しい風景を見たり、美味しい食事を味わったり•••楽しい経験を共有することができなくなること•••それは私の心をいとも簡単に陰で覆い尽くした•••涙がなくなるまで泣いて泣いて、そして少しずつ笑える心の強さを、何とか取り戻した•••
本当はフェンリルにも誰にもそんな思いをして欲しくないッ•••!! いくら私がこの国の王女と言っても、人をたった1人、救うのでさえ難しいことは分かっている•••! それでも、もし今の自分にほんの少しでもできることがあるなら、手を伸ばさずにはいられない•••! だから、私は皆に告げる。
「•••僕から提案があるんだ•••
-」
!?
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