33 神官見習いは、女を惑わせる、、、

女は肉感的な裸体を曝け出し、薄い衣を纏った男の身体に覆いかぶさる。豊満な乳房を、程よく鍛えられた男の胸の上に押しつけ、快感に身を委ねた。女は先ほどの余韻を味わうように、男の上に乗りながら、何度も腰をしならせていく。

そして女は目の前で、漆黒の黒髪をベッドの上で乱し、宝石のようなターコイズブルーの瞳でどこか遠くを眺める美しい男の耳元で囁く。

「フェン、あなた最高よ。私もっとあなたが欲しい•••」


男は何も言わず女の腰を抱き寄せ、そして2人は、そのまま果てのない夜の営みに更けていった•••


◇◇◇


「•••っ〜•••」

突如思い出してしまったフェンリルのゲームでのシーンに、顔に熱が集まってくる•••


「どうした?」

すぐに変化に気づいたエドゥアルト王子が話しかけてくるが、今は耳に入らず•••馬車の外で、フェンリルが数人の孤児たちに文字を教えている光景から目が離せない•••カイルは以前の私がフェンリルに片想いしていたことを知っているからか、私が顔を赤らめていても何も言わない•••


フェンリルのルートは、始まっていたんだ•••走馬灯のようにゲームの場面が流れ込んでくる•••


「今日も2人?昨日は3人だった、、どうして止めることが出来ない•••?•••なんっで•••? 僕は無力だ•••こんな力、何の役に立つ?子ども1人救えない••••」

フェンリルが机を叩き、1人苦悩する。城下の街では、ある集団が繰り返し子ども達を誘拐し、奴隷として売り飛ばす事件が多発していた。心優しい彼は、自分が文字の読み書きを教えていた子どもが1人また1人と拐われるたび、自身の無力さに苦悩し、果ては全てを諦め女遊びに逃避するようになってしまう•••


最初、フェンリルは父上と相談し騎士団と連携していたが、私が何も知らずフェンリルの行き先などを城で話しまくっていたせいで、噂の的となり、何も知らない侍女たちは、自分たちが機密情報を漏らしてるとも知らず、悪党どもにこちらの動きを伝えていたのだ•••!!

やがて周辺国、蛇の国と言われるイーブル国の仕業と知ったわが国は、戦へと突き進みその中で私は殺される。絶望の中でフェンリルを慰めたのがリリアだった••••



うわ〜何も知らなかったとはいえ、フェンリルに協力を頼まれ、浮かれてペラペラこちらの事情を話しまくって悪党に手を貸していたなんて•••!!! ゲームの「最低姫」の名前は伊達じゃないわ••••でも•••今ならまだ、止められる•••!!


「カイル、エドゥアルト王子をお願い••!!! 僕をここで降ろして。あとから追いかけるから•••」


私はまだ走っている馬車から飛び降りようと、足を踏み出••••


「キャッ」

エドゥアルト王子とカイルに両腕を掴まれ、勢いのまま馬車の中で尻もちをつ•••く直前にカイルに抱き止められた•••


「俺も連れて行け。」

振り返ると王子は、自分もついて行くのがさも当然と言わんばかりの態度だ•••


「少しは大人しくしていて欲しいんですが•••」

カイルは、心配するような眼差しで私を見る。


「•••ごめん•••でも、どうしても行かなくちゃ。」



◇◇◇


•••結局、王子まで引き連れ、私たちはバザールの一角で、子どもたちに文字を教えているフェンリルのところへ押しかける形となってしまった•••


「わあー騎士さま!!何かありましたか?事件ですか?」

騎士の姿をしているから、子どもたちがワイワイ騒ぎ立て寄ってくる。


「事件というわけではないよ。ちょっと見回りに立ち寄っただけだから」

様子を見にきたという点では、嘘はついていない•••


「騎士さま!アーシャ姫の『蒼の騎士』が決まったって本当?」

1人の男の子が、興味津々で駆け寄ってきた。


突然自分の名前が出されてドキッとしたが、今は騎士姿•••騎士というだけでも街の人たちにとって憧れなのに、歴代の『蒼の騎士』は絵本にも出てくる英雄だ•••!私はチラリとカイルの方を見るが、カイルはあまり公にはしたくないのか、口をつぐみ苦笑いをしている•••


子どもたちの無邪気な姿に、波立っていた感情が穏やかになっていく•••

「••本当だよ。正式には来月のお披露目式で披露されると思うけどね。」


「うわあーすごーい!」

「今度の『蒼の騎士』さまは、まだアーシャ姫と同じ歳なのにすごく頭がいいんだって!」

「暗闇でも百発百中でナイフを当てるから流星みたいだって!格好いいよなあ!」

口々に子どもたちが騒ぎ立てる。


カイルが咳込んでいるけど、まあ本人の前でこんな風に言われてたらさすがに照れるわよね•••私としては、カイルはもっと凄いのよ!と自慢したいぐらいだけど、、•••噂の出元のフェンリルは、涼しい顔で笑っている•••



•••フェンリル•••


•••その唇で、いったい何人の女性の柔らかい部分に口づけするの•••?その綺麗な細くて長い指で、いったい何人の女性の大切な部分を触るの••••?

•••実際のフェンリルはそんなことしていないにも関わらず、ゲームの中のフェンリルと重なり、なぜか胸が苦しくなる•••



「新たな『蒼の騎士』•••?」

エドゥアルト王子の呟きで、ハッと我に帰る。周辺国にもその名は轟いているから、興味を持つのは当然だ•••まさかカイルがそうですとは言えず、笑ってごまかす。


「エドゥ、交渉が上手く行けば、あなたも来月のお披露目式に招待されるはずだよ。その場で『蒼の騎士』もお披露目される。」

王子にとっての今の最優先事項は、交渉が無事締結されることだろう•••王子は私の言葉に頷く。


「ああ、今は、交渉が上手く行くことを願おう。」


フェンリルが片耳を飾る羽を揺らし、深い緑色の衣をなびかせ王子に近づいた。

「エドゥ、今日は神殿に行くと聞いていましたが、なぜここに?」


王子は、現在彼の従者ラッセンと共に、神官ハムルと息子であるフェンリルの屋敷に滞在しているので、2人はすでに顔馴染みだ。


「知らん。そこの騎士の気まぐれだ•••」

茶屋の一角に腰を下ろしたエドゥアルト王子は、周囲の雑踏から浮きまくってるが、本人はまったく気にならないらしい•••


「フェンリル、邪魔しないから僕も少しの間、見ていていい?」

今はフェンリルを直視する勇気が出ず、だんだん声が小さくなっていく•••


「ああ、構わないよ。人数が多い方が子どもたちも喜ぶだろうしね。」

フェンリルの優しい笑顔も、涼しげな声も、全てが、知らない他の女性たちへの嫉妬に変わっていく••••フェンリルが女遊びに溺れていくのは、人攫いが止まずどうにもならなくなっていく、まさに戦が始まる前夜のゲーム後半の出来事で、今のフェンリルとは何の関係もないはずなのに•••



「おい、お前!なんて名前だ?」

考えに耽っていると、ラベンダー色の髪の毛をしたクリクリした黒い瞳の可愛らしい男の子が、服の裾を引っ張っていた。


「ショーン、そんな言い方したらダメだよ」

フェンリルがすかさず注意するが、その男の子が耳を貸す様子はない。


「君、ショーンって言うの?僕は、アル。よろしくね。」

しゃがんで男の子と同じ目線で話しかける。肩まで伸びた髪の毛が、女の子みたいな顔によく似合っていてとても可愛い、と顔が綻ぶ。


「•••お、おう•••お前、ヒョロヒョロして弱そうだな。」

!? ゔっ•••否定はできないかも•••この子、口は悪いけど、根は照れ屋さんなのかしら•••と、顔を真っ赤にしながら話す目の前の少年を見る。



「意外とこいつは、すばしっこくてしぶといぞ。」

王子が茶屋の一角で、すっかりくつろぎながら横槍を入れてくる•••ほら、茶屋の店員さんが、見惚れて仕事にならないじゃない•••!もう、、•••文句の一つも言いたくなるが、フェンリルやカイルも女性受け凄まじいためか、気がつくと女性たちがたくさん周囲を取り囲むように集まっていた•••男性の姿もチラホラいるけど、誰目当て??


「私はフェン様一筋••」

「私はあの冷たそうな銀髪の男がいいわ。」

「あら、じゃあ、一番アレが上手そうな色っぽい金の瞳の男性は私のものよ。」

「あなたたち、見る目がないわね。私は神秘的な雰囲気の騎士さまに決めた!」

「ずるい!騎士さまは私が最初に目をつけたのよ!」

「いや、俺だ。」



「•••」

何やら物騒な会話が聞こえてくるのは気のせいだろうか•••フェンリル達は言い寄られ慣れてるのか、全然気にしていないみたい•••



それまで黙っていたショーンが、突然何かを決心したように、俯いた顔で声を震わせた。


「お前•••. ?」


!?

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