22 水の色のドレス

今、ウンディーネ国王女アーシャの部屋では、王女付の侍女メリーが、姫のドレスの着付けに忙しく働いていた。


メリーは、最近私専属で雇われた侍女だ。花嫁修行も兼ねている、と言っていたけれど、本音を言えば、ずっといてくれたら嬉しい、と思っている•••縛るようなことは言えないけど、メリーはよく気がつくし、気立の良い女性だ。


「姫さま、大変お美しいです。これなら、会場の皆の視線を独り占めすることでしょう。」


メリーは、ほぅと鏡の中のアーシャを見つめる。


鏡の中には、流れるような薄桃色の髪に、お気に入りのマゼンタ色のシャンリゼの花を飾り、少し胸元の空いた水色のドレスを纏った少女がいる。頬にバラ色の赤みがさし、唇はしっとり濡れたように潤っている。


ウンディーネ国では、王族は16歳のお披露目式で「青の石のネックレス」を受け継ぐまでは、男女ともに一切首元への装飾はしない。代わりに、耳や腕へ、異国などで採れる宝石をふんだんにあしらった飾りをつける。この日のアーシャは、耳元に、シャリンシャリンと揺れるたびに心地よい音の鳴る、希少な宝石を使った水色の飾りをつけていた。


年頃の男女の間では、相手の瞳の色に合わせ、ドレスを選ぶことも流行っている、と聞く••••もちろん私にそう言う特定の人はまだいないけれど••••


•••ふいに間近でみた、エドゥアルト王子の深い海のような水色のオッドアイを思い出す•••!?いいえ!!これは断じて違う!実際「水の国」と言われるウンディーネ国王女である私は、普段から水色のドレスを纏うことが多いのだから•••ただ、王子の前で、この色のドレスを着るのは何だか癪だわ•••そもそもあの王子が、そんなロマンティックな話に乗るわけはないし•••なにより、王子の瞳は普段はブラウンだもの•••



頭によぎった考えを振り払うように、鏡の中の自分の姿をもう一度見る•••女性にしてはやや高めの身長で、光沢のあるシルクをふんだんに使用し随所に銀糸が織り込まれたドレスをきちんと着こなしている。こうして黙っていれば、それなりに王女らしく見える、と思う•••少し胸元が寂しいけど•••これから育つ•••のかしら???


メリーがそんな私を、微笑ましく見る。


「ありがとう、メリー。綺麗に整えてくれたあなたのおかげよ!ただ、今晩開催するのは、仮面舞踏会だから、仮面をつけちゃえば誰が誰かよく分からないわよ、きっと•••!」


私の軽口に、メリーの頬が緩んだ。


今晩、夜中にアーシャ王女の名前で、ごく少人数での仮面舞踏会を開催する。これは道中、カイルが考えてくれていた案だ。急遽、年頃の上流貴族の男女が集められた。父上とカイラス国の王子との会談をセッティングするにあたり、全く面識のない二人を、自然な形で私が繋ぐために•••


舞踏会で、私は顔を隠し、極力王子とは接触しない。

ただ、私が、王城に、エドゥアルト王子を「招いた」という事実さえあればいい。


エドゥアルト王子は、ハムルの私邸の使用人が用意した仮面舞踏会の衣装を身につけ、もうすぐ城へやって来る••••!!


エドゥアルト王子には、堂々と、城の正門から城内に入ってもらう!!



まだまだ安心はできないけれど•••先ほど王子が招待を受けてくれて良かった•••


最初から、「最低姫」の姿で会っていたら、とてもではないけれど姫を嫌う王子を説得出来なかったろう。


王子は、騎士アル、のことは、なぜか面白がってる???気がする•••



•••すごく不本意だわ•••



私の方は、王女が、騎士、しかも男装し出歩いていた、ということを知られたくない•••と内心ヒヤヒヤなのに•••


この「仮面」舞踏会も、王子に顔バレしたくがない故の苦肉の策だ。諸々の手配は、私が部屋に戻った後、メリーに無理を言って急遽整えてもらった。


そして私は、精緻な細工を施された銀色に光る美しい仮面を手に取り、顔に付ける。


鏡の中には、薄桃色の瞳を、芸術的な仮面から覗かせたこの国の王女がいる•••


•••勝負は、今晩•••


トンットンッ


「殿下、ルイス王が至急、蒼の間に来るようにと、お呼びです。」


騎士団長のシルヴィオ!!

カイル不在の今、一時的に彼が私の護衛を努めることになった。


父上が私を呼んでいる?妙な胸騒ぎを感じつつ、仮面を外し、立ち上がる。


メリーがドアを開けると、普段の騎士姿とは違う、タキシードを身につけたシルヴィオがいた。今晩の舞踏会でエスコートしてもらうために着替えてもらった。若くして騎士団長になっただけあり、体格もがっしりいて、風格がすでにある。


「アーシャ王女殿下、護衛をお任せ頂き、大変光栄です。」


シルヴィオは部屋に入ると、片ひざをつき私の手を取った。彼の大きな手が、まるで壊れ物を扱うかのように、そっと私の手を扱う。


そしてそのまま自分の顔の方になめらかな動作で引き寄せたかと思うと!!口づけをした!!彼の唇の生々しい感触が手の甲に伝わり、思わずビクッ!と動いてしまうと、エメラルドグリーンの瞳と目があってしまう•••シルヴィオはクスッと笑みを漏らした••••今のは不意打ちで驚いただけ!!きっと彼の印象が普段と全然違うからだわ!!と、今晩のために整えられた彼の金髪の柔らかそうな髪を見ながら思う。


気を取り直し、できるだけ王女としての威厳を保つようにして答える。


「こちらこそ、今夜は、よろしく頼むわ。父上が•••今、呼んでいるのね?」




シルヴィオは、一度軽く頷き、肯定の意を示すと立ち上がった。


「はい、ルイス王は只今、蒼の間で殿下をお待ちです。」


仮面舞踏会が始まるまで、まだ少し時間がある。急用など悪い予感しかしないのだけれど•••


「分かったわ。すぐ行くわ。」

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