23 王は、与える、、、

ラピスラズリ、翡翠、クリスタルなどが敷き詰められている部屋の中央で、普段煌々と青い光を宿している石が、今はその光を消している。



明るい室内の窓からは、城内の泉と花々が見える。吹き抜けの室内は、太陽光や星明かりを取り込む造りになっている。


この「蒼の間」には現在、ウンディーネ国国王ルイスと彼の側近、仮面舞踏会のために着飾った王女アーシャと、一時的に王女護衛の任についている騎士団長シルヴィオ、そしてもう一人、、フェンリルがいた。


なぜここにフェンリルがいるの?カイルはどうしたの?



私は、うるさく鳴る心臓を、ギュッと握った拳で落ち着ける。いつもは私の顔を見ると笑みを漏らす父上が、足を組み難しい顔をしている•••!!


「アーシャ、この場に呼んだのは他でもない。いくつかお前に尋ねたいことがある。」


き、来た•••!! 

首筋にヒヤリッと汗が伝う•••


「まず、お前の交友関係に、なぜか突然隣国のエドゥアルト王子が現れ、あろうことか明日、私との会談を望んでいると聞いたが、それは事実か。」


口調は穏やかだが、その眼差しは厳しかった。


「は、はい、父上。エドゥアルト王子は、以前からわが国との同盟締結を望んでいたのです••!!! ただ、両国間の使者の交流が途絶えている中、王子自らが訪れることで誠意を見せたのです。」


このことは事前に考えていた••• 実際には、王子は何度か使者を送っていたが、全て第二王子の派閥の背後にいる黒幕に握りつぶされてきたのだ。


ルイス王は、端正な顔に思慮深さを滲ませ、言葉を続ける。


「アーシャ、こちらも、表に出ている情報だけが全てではないということは知っているつもりだよ。ただ、カイラス国が望むのであれば、同盟の交渉自体は私も望んでいるのだ。これまでわが国から望んだ同盟交渉は、全てあちらの過剰な要求により失敗に終わってきただけだ。」



•••そうだったんだ•••父上は父上で、カイラス国との関係について考えてきたのね•••私は少し落ち着きを取り戻し、少しでも同盟の後押しになればと言葉を選ぶ。


「エドゥアルト王子は、同盟締結以上のことを望んでおりません。もちろん、両国が望めば、そこから交易などが広がることはあるかもしれませんが•••」



「なるほど•••明日直接エドゥアルト王子に確認しよう。この件はこれで終わりだ。そしてもう一つ、昨日、カイルが酒場で刺された状態で、騎士団に保護された。その場にいた窃盗団は現在、牢に入っており、禁止薬物も見つかっている。お前はこれに何か心当たりは?」


バクバクする心臓を手で抑え、口を引き結ぶ。心当たりも何も、エドゥアルト王子含め当事者としてガッツリ関わってます、とは流石に言えず、、、


「ち、、父上!!•••カイルは•••、、窃盗団の情報を知り、治安を守ろうと駆けつけた先で怪我を負ったんだと思います•••」



だんだん声が小さく窄んでくる•••完全な嘘とは言えない••••ただ、その場に私とエドゥアルト王子がいたことが伏せられているだけで•••



ルイス王は片手を額に当て、珍しく大きなため息をつく。

「ハァッ•••そうか•••カイルがお前のそばを簡単に離れるとは思えない、、が•••お前の言葉は、参考程度に聞いておこう•••そして、ここから先は、秘匿事項だ。」


ルイス王は、急に厳かな顔になり、蒼の間にいる五人それぞれの顔を見渡す。そして最後にフェンリルに顔を向け、続きを促した。


それまで部屋の奥に控えていたフェンリルが、立ち上がり、ルイス王の御前に跪く。陽の光にうっすらと透けた薄紫の衣に、引き締まった身体の線が露わになった。


「カイルの怪我について報告します。昨晩、何者かにナイフで刺され、大量出血した状態で騎士団に発見されたカイルは、片腕を失ってもおかしくないほど重症でした。」


昨晩最後に見たカイルの姿を思い出し、震えが止まらない。


フェンリルはそんな様子の私に一度視線を向けた後、一拍間を置き、抑えた声量で続ける。


「ですが、今朝、医師が確認したところ、傷はすっかり塞がれ、傷跡もなく完治していました。」


「!!?」

私だけでなく、シルヴィオもこれには驚いたのだろう。騎士なので、怪我などには私より詳しいはずだ。目を見開き、口もポカンッと空いていた。   


あの傷跡が完治??ありえない•••でも、フェンリルや父上には動じた様子はない•••


父上は、背もたれに深く腰をかけ直し、その赤茶色の瞳を細めた。


「これは•••あくまで予想だが、カイルはおそらく『徴』•••なのだろう。伝説のようなレベルだが、とある集団では、怪我や病気を治す能力を持った子どもが一定数、生まれるという。その子どもたちは『微』と隣国では呼ばれていたそうだが、わが国では存在すら、知ってる者はほぼいない」


『徴』???それは何•••??なぜ父上がそのことを知ってるの??そんな私の疑問に答えるようにフェンリルが、流れるような声で父上の後を続ける。


「アーシャ姫、神官の間でそうした話しが紡がれてきたのです。」


フェンリルが、まるで私の疑問を補足してくれるかのように話す。フェンリルの言う通り、わが国の神官は、青の石の管理や魔を祓う弓を引いたりもするが、神話の時代からの歴史を含む日々の記録なども役目の一つとしている。


「ただ、あまりにも希少ゆえそうした能力を持つ者たちが、売り買いの対象とされた時代もあったそうで、そのため、いつしか歴史の中から抹殺されていったと言われています。ウンディーネ国では、そうした例は報告されていませんが•••」


売り買い、の言葉にゾワッとした感覚が襲う。人身売買、、、ひどい•••••!!!!



あれっ•••と、私は、問いかけるようにフェンリルを見る。カイルが『徴』で、傷が完治したのなら、どうしてカイルはこの場にいないの??


フェンリルはそのターコイズブルーの瞳を伏せ、言葉に詰まった。父上が、宥めるように話し始める。


「アーシャ、カイルを刺したナイフには猛毒が塗ってあり、毒にはカイルの能力も、効かなかったのだ•••カイルは瀕死の重体だ•••」


さぁーと身体が冷えていくような感覚を覚える•••一気に目の前が暗くなる。



•••それは一瞬のことだったのだろうか••••それとも長い時間が経っていたのだろうか•••知らない間に、涙が次から次へと溢れてきて、王女として人前でみっともないとか、そんな感情はすぐに吹き飛んていた•••代わりに、カイルの笑顔や優しさが頭に浮かんできて、涙が止まらなくなる•••嗚咽し始めそうな自分の口を両手で覆う。

私のせいだ•••!!! 私があの晩にカイルを連れて行ったから•••!!! 後悔ばかりが浮かんでくる•••


いつの間にかフェンリルが近くで、そっと肩を抱いてくれていた•••そのフェンリルの目も、間近で見たら泣いた後のようにうっすらと赤くなっていた。


「アーシャ、聞くんだ。」


ルイス王は茫然となっている娘に一言一言言い聞かせるように、ゆっくりと話し出した。


「来月、お前のお披露目式に贈る予定だった青の石のネックレスを、今、この場でお前に授ける。•••もしも最後に、カイルがお前の『蒼の騎士』を望むなら、そのチャンスを与えたい。•••もちろん、青の石が、カイルを選ぶかどうかは、私でも分からぬ。だが、チャンスを与えることはできる。」


父上が穏やかな声で、私に語りかける。


そんなの要らない•••!!カイルが死んでしまうなら何の意味もない•••!!反射的にそう叫びたくなるのに言葉が出てこない•••だって、父上の優しさも分かるから•••


私は、止まらぬ涙で、頷くのが精一杯だった•••

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