245.ああ、夏休み……

「なかなか、面倒なことになっておるな。麗華、この後既成事実を作るために彼を押し倒せ」


「お、おじい様!」


 おいおい、なに言ってるんだ、このじじい。


「瑞葵のお嬢ちゃんだけでなく、春塚の娘も参戦してくるとなると、些かうちでは不利になるぞ」


「今どき、一度寝たくらいじゃ既成事実にならねんじゃね?」


「馬鹿を言うでない! 名家の淑女たるもの操を守るのは務め。不貞を許すことはまかりならん!」


 名家って面倒くせぇな。


「それなら尚更、そんな抜け駆けをしたら神薙ご当主、いやあの性格からして瑞葵も許さないと思うぞ?」


「むっ……」


 麗華は目を泳がせ無言。俺なんかより瑞葵との付き合いが長いから、言われて否定できないと考えたんだろう。二人は本当の姉妹のように仲がいいからな。


「やはりここは、静依さんを交えて話をせねばなるまい。誰を嫁に出すかなども含め雪乃家の地固めが必要のようだ」


 なんで、あえて俺に聞かせるように言う?


「風速くん。一度家に遊びに来なさい。家族を紹介しよう」


「暇がないので遠慮しておく」


「暇とは元々あるものではなく、作るものだ」


 知らんがな!


「麗華も知っているだろう。来月からは自衛隊の訓練生が来る。十一月にはホルダー管理対策室から、東京支部全域での合同討伐への参加が要請されている。その後には新しいホルダーが入ってくる予定になっているんだぞ。俺のどこに暇がある?」


「た、たしかに……」


「ならば! クリスマスパーティーに招待する! これでどうだ!」


「そ、それはいい考えです、おじい様! 神薙家はクリスマスパーティーを開きません。ですが、瑞葵も一紗もいつもその日は家に遊びに来ます」


「うっ!? し、仕方あるまい……」


 一紗というのは瑞葵の姉だそうだ。全員集合かよ……。


 かりんはこれはもう入らないだろうというほどお腹を膨らませ、麗華に抱っこされ眠っている。満足したようだな。


 この後はホルダーの話をしたり、雪乃製薬の研究所での回復薬の研究状況を聞いたりしてお開きになった。お土産にお寿司の詰め合わせをもらえたのはラッキーだった。


 今回はちゃんと部屋の近くまで送ってもらえたから助かった。歩いて帰るの面倒だからな。


 日曜は全面休業。なにせ、明日から大学が始まる。それと、実家のほうに土曜日に帰ると連絡をしておいた。これを逃すと、もう年末年始まで帰らないと思う。


 ああ、夏休みが終わってしまう。そして始まるキャンパス生活ライフ。かりんをどうするか迷ったが、結局連れていくことにした。もちろん、姿を隠してな。


 夏休み明けだけあって友人たちからお土産をたくさんもらった。クレシェンテの事務所に持っていって消費してもらおう。俺一人でこんなに食えるかぁ! かりんは目を輝かせているけどな。


 逆に宮城のお土産はないのかと言われたが、忙しかったので帰っていないと答えたら、なぜか憐れむ目で見られた……。バイト三昧って思われているんだろうな。あながち間違ってないけど。


 だが、今週の土曜に帰るんだよ! って言ってやったらお土産よろ~と返された。いいだろう、買ってきてやるよ! 名物に旨い物なしってお前ら知っているよな!


 構内を歩けば、いつもの如く瑞葵が取り巻き連中を連れ我がもの顔で歩いている。俺のことなどチラ見すらしない。そして、我がもの顔で歩く奴がもう一人……一体いる。いや、一匹でいいか? どらちゃんだ。


 だが、今までとはちょっと違った。前までなら、俺を見かけても我関せず素通りだったのが、俺の前に来てなぜか腹を見せ服従のポーズ。


 なるほど、俺というよりかりんに対して服従のポーズを見せているんだな。かりんがもういいぞ、あっち行けって顎で指示を出している。土曜日に会った時に順位付けがなされたようだ。狩る側と狩られる側の差だな


 だがそれって、俺がどらちゃんより格下ってことか? 神薙どらちゃんの神薙という名に負けているのか? 納得できん……。 


 午前の講義中ずっと、かりんがおとなしくしていてくれたので助かった。お昼はお弁当を二つ買って人のいない場所でかりんと一緒に食べた。そして、なんとか午後の講義を終わらせる。今日は午後の講義が少ない日なので早く帰れる。


 帰ろうかと校門に向かって歩いていると麗華を見かける。基本、麗華とも構内では接触しないようにしている。麗華もこの大学では有名人。毎年、学祭ではミスコンにエントリーされている。出ているのを見たことはないが。


 麗華に男が群がるのはよく見るが、今日は白衣を着た女性が執拗に麗華に付きまとっている。麗華は嫌そうな顔、珍しい光景だ。


 ストーカーは誰だ? と思ったら、こちらも超が付く有名人。悪い意味でだが。


 この大学の七不思議、マッドサイエンティスト、魔女、女を捨てた女など数々の異名を持ったお方だ。


 工学部のマテリアル工学科四年の蒼羽一佳あおばね いちか先輩、その人だ。


 正直、あまりお近づきになりたくない相手だ。


 クリエーションサイエンスサークルの部長でもあり、才女と言われるくらい頭のいい人。そのサークルの研究でいくつもの特許を取ったほどの人物。大手メーカーの研究所などから、卒業後には是非うちにと引手あまたらしいというのは有名な話だ。


 そんな、人物に付きまとわれている麗華って、なにしたん?


 しょうがない。助けてやるか。


 二人に近づき、何気なく蒼羽先輩を鑑定。


「か、恢斗!」


 俺に気づいた麗華がヘルプの声を上げる。


 だがしかし!


「その人、採用!」






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