190.合同訓練後の自衛隊で

 ~~~自衛隊某所~~~


 三人の男が顔を合わせて話をしている。


「一条二等陸尉はどうかね?」


「落ち着いていますが、明日の実地訓練は無理でしょう。冷静な判断ができるとは思えません」


 沢木管理官と嶋崎三等陸尉がお互いに難しい顔をする。沢木管理官が深いため息をつく。


「聞けば、一条二等陸尉から彼をランク戦に誘ったそうじゃないか。そこで返り討ちにあった。自業自得といえば自業自得なのだが……」


「一条さんは今回の民間組織との合同訓練を良く思っていなかった節があります。そこで、リーダーの風速くんを狙ったのでしょう。私が交流会で彼と戦って勝っていることを知っていましたから」


「愚かだな」


 嶋崎三等陸尉の話を聞き、首を振りつつ答える。


 自衛隊も一枚岩ではなく、総理直下とはいえ警察関係の沢木管理官がトップにいることをよく思っていない者も多い。


「それで、塚原一等陸尉、彼はどうだね?」


「強いの一言です。彼は秘剣持ちです。あれはおそらく回避不可の攻撃。何が起きたかわからずダメージを負っていました」


 秘剣について既に水島顧問によって情報が得られているので、沢木管理官に驚いた表情はない。


「交流会の時は持っていなかったと思われます。何かしらの隠し技は持っているようでしたが……」


 現最強ホルダーにそこまで言わせることに、驚きを隠せない嶋崎三等陸尉が付け足す。


「秘剣以外にも彼には何かあるということですか? 水島さんはなんと言っているのでしょうか?」


 首を振る沢木管理官。恢斗が加速スキルを隠していることは功を奏しているようだ。


「本人にも聞きましたが、水島さんは彼らにあまり重要視されていないようです。我々の教導部隊に引き抜けませんか? あまりにも、もったいない」


「無理だな。彼をクレシェンテに押し込んだのはこちらだ。それに彼も現状に納得している」


「ですが、彼らは水島さんに教えを乞おうとしていません。飼い殺しにさせる気ですか!」


「本人が納得している以上どうしようもあるまい。クレシェンテに文句を言うにも実績がありすぎて、口を挟む余地がない。今月だけで七等呪位を二十体近く倒しているのだぞ?」


 神将、守護といったホルダーの部隊を七等呪位討伐に当てれば、クレシェンテ以上の実績を出せることは三人ともわかっている。だが、それが許されないことも承知している。


 彼らが結界から長い期間離れればどうなるか……日本消滅も十分に考えられることだからだ。


 ならば、神将、守護以外の部隊はどうかというと、七等呪位以下を狩るチームが実際に稼働するのは週に三日。七等呪位を相手にするチームとなるとよくて週に一体倒すかどうかとなる。六等呪位になると月に一体倒せるかというところ。


 これは自衛隊に限らず、民間組織もほぼ同じ。討伐できるかできないかは別としての数字だ。


「異常なのだよ、クレシェンテは。喜ばしいことだがな。彼らにはこのまま、頑張ってもらわなければならない。最近は隣の大陸も頻繁にちょっかいを出してきている。まだ、被害は少ないがそれでも既に、何人ものホルダーがられている」


「大陸の連中は何を考えているのでしょうか?」


「今の大陸は独裁政治一直線だ。邪魔なのだろう、この国が。この国を支配できれば太平洋での壁となる。アジアすべてを支配下に置くことも可能になるだろう」


「自分たちで手を下すのではなく、化生モンスターによってこの国を亡ぼすということですか?」


「それだけホルダーに自信があるのだろう。あれだけの国民を抱えているのだホルダーの数も多い。それに独裁政治であれば人権など無視して、化生モンスターで滅んだ後のこの国にいくらでも死兵を送り込めるだろう」


 人間の欲とは恐ろしい。全世界を支配したとして何が得られるのか? 必ず世界大戦が起き多くの人が犠牲になり、得るものより失うもののほうが多くなるのは明白。歴史がそれを証明している。


 それがわからないのだろうか? わからないから誇大妄想を抱き破滅の道を選ぶのだろう……。


「私は彼らに期待している。この濁り切った日本のホルダー界に新風を巻き起こすことをな」


「ほかの組織が黙っていないと思いますが?」


「このままではこの国は滅びの一途をたどる。神使もそう言っているのだろう?」


「この五百年の間、我々は三等呪位の討伐に成功していません。近いうちに三等呪位が二体生れると言っています」


 三つの結界でさえキャパオーバーなのに、五か所になれば今のホルダーの人数、実力では手の付けようがない。


「二体増えるのか……。鎖国などという馬鹿げたことを行ったせいで、新しいホルダーの血が入らなくなったからな。それで、神々は力を貸してくれると?」


 鎖国がされる前は大陸、西洋からホルダーが日本に来ていた。そのおかげで新しい技術、戦術が日本に入り、江戸時代に入る前までがホルダーの全盛期だったと言われている。


 ホルダーの力が落ちた理由に、国内の紛争がなくなったのが原因の一つと言われているが、鎖国が始まり海外の技能、技術、戦術、そして血統が入らなくなり、ホルダーの力が落ちていったという説も多くある。


「その辺はまったく言質が取れていません。神々もこの国がなくなれば困るでしょうから何かしらの対応はするでしょうが、神の考えなど常人には計りかねません」


「この国を一から作り直そうと思ってもおかしくはないか……」


 実際に神使と会ったことがある塚原と嶋崎は苦い顔をしている。神から見れば人など足元の蟻と同じ、今までは神の温情で生かされていただけ。いつ見捨てられてもおかしくはないとわかっているからだ。


「困ったものだな。だからこそ彼らを利用せねばならない。この自衛隊も一条二等陸尉のような古い考えに拘る者が多い。それでなくとも、ここは階級社会だ。上が白と言えば黒でも白になる。彼には悪いがちょうどよかったのかもしれない」


「彼のランクバトルの負けを利用すると?」


「実際に惨敗している。彼らに見習うべきところがあるのでは? 今までの凝り固まった考えを変える時が来たのではないかね?」


「しかし……」


 嶋崎が納得いかない顔をする。今まで守護としてやってきたプライドが簡単には認められないのだろう。


「嶋崎三等陸尉。交流会の時には彼に勝ったが、今彼と戦ったら勝てるのかね? たった数週間で君との差を詰め、更には後進のホルダーを七等呪位を倒せるまでに育て上げた。自衛隊のホルダーが七等呪位を倒せるようになるまで、何年掛かるかね?」


「それは……」


「彼のやってることが倫理的、社会的に正しいかは別として、今までとは違うやり方を示し実績を残したのだよ。認めねばなるまい。そして、ホルダー管理対策室はそのクレシェンテを支持する」


「本気ですか?」


「本気だよ。まずは東京支部だ。四大派閥の力を削ぐ。一部の者を除き上の者は醜い権力争いをし、政治家への賄賂、汚職などの天下り先の巣窟となっている。役に立たない者を排除し、現場に立つホルダーファーストにしていく」


 クレシェンテとは違い、ほかの民間組織のホルダーは依頼料の六割以上を中抜きされて支払われる。組織によっては成果主義ではなく、基本給の所もある。中抜きされるうえ、サポートもなく成果に見合う金が支払われないのが実情。


 国の公共工事の資金の多くを大手ゼネコンが中抜きして、末端の工務店にまともな金額が行き渡らないのと同じ。


 これでは、ホルダーのモチベーションが上がらない。ホルダー不足になるのもあたりまえ。沢木管理官はこれを是正しホルダーを増やそうとしているのだ。


「上手くいきますか?」


「いかせるのだよ。できなければ、この国が終わる」


「「……」」


 こうして、恢斗たちの知らぬところで、深刻な会話がなされ夜が更けていく。







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