182.笑えない冗談
「佐々木。馬鹿なことを言っているんじゃない! それと、風速くんも、うちの隊員を勧誘するのはやめてくれ!」
おいおい、俺はまったく勧誘などしていないぞ。
「こちらから誘ったわけじゃない。うちに入りたいというから俺的には了承だが、一応上に話を通すと言っただけだ。月山さん、この対応にどこか不備がありますか?」
「はぁ~、ないわね。嶋崎さん、風速くんの説明どおり、こちらの対応に問題はありませんでした。そちらの言いがかりにすぎません。胃が痛いわぁ……」
「そ、そうだな、すまない失言だった。クレシェンテに対して謝罪する。佐々木、お前も謝れ」
「ハッ! 笑えない冗談からの不始末、大変申し訳ありませんでした!」
反省しているように見えないのは体育会系のノリだからだろうか? 違うな。佐々木さんって人がニヤついている。まあいいけど。
「謝罪を受け入れます。いいわね、風速くん」
「どうでもいいです」
嶋崎さん、水島顧問。そして当事者の佐々木さんも顔を引きつらせている。俺が怒っているとでも思っていたのか、或いは興味なしって態度に驚いたのか? 月山さんからはまたため息が漏れている。
「そ、そうか……。それでは始めよう」
対戦順は午前中と同じ、先鋒健志だ。
「健志、勝つことは考えなくていい。いつもの自分の役割を果たせ。わかっているな?」
「うっす!」
本当にわかっているよな?
相手の先鋒と挨拶して審判役の教官の合図で動き出す。健志は長剣と盾。相手は銃剣だ。
健志はちゃんと俺の言ったことを理解していたようで防御に徹している。盾で防ぎ、剣で払い受け流す。それでいい。これは訓練で実際の戦闘ではない。健志はタンク、相手にダメージを与えることに意味はない。如何に相手の攻撃を防ぐかを学ぶことに意味がある。
健志が善戦している間に昌輝と陸に少しだけ策を与える。特にプチ剣術を身に着けたとはいえ、剣での戦いに不慣れな昌輝には有効な策だ。
「初見殺しだから、昌輝の次に戦う陸にはあまり効果がないかもな」
「……けん制には使える」
そうだな、ないよりはましか。俺もやってみるか。
この手合わせに時間制限はないが、健志の鉄壁の守りに相手が有効打を与えられず、審判が引き分けを宣言。自衛隊の中堅クラス相手に引き分けた健志は敢闘賞ものだ。
「勝つことは考えなくていいとは、そういうことか……。水島さん、クレシェンテの子たちは心も鍛えているのですね。あなたの薫陶を受けてのことですか?」
「私は何もしていない。彼が、風速くんがクレシェンテ全員を鍛えている」
「彼が全員をですか? では、水島さんは何をなされているのですか?」
「私はクレシェンテに身を置いているが、実質ホルダー管理対策室の人間だ。信用はされていない。最初から教育方針が違うので口出し無用と言われている」
水島顧問と嶋崎さんがなにやら俺を見ながら話しているが、ここからでは聞き取れない。どうせ、良からぬことを話しているのだろう。
「そんな馬鹿な! 守護であったあなたの指導を断るだなんてあり得ない!」
「だが、実際に彼は実績を残している。それも短時間でだ。今の健志くんはホルダーになってまだ三週間しか経っておらず、レベル上げを始めたのはこの二週間足らず。それなのにだ、自衛隊の前戦で戦う中堅のホルダーの攻撃を防ぎ切っている。私が育てていたらこうはならなかっただろう」
「そんなあり得ない……彼が三週間しか経っていないホルダーだと? うちのベテラン勢と十分にやり合っていたではないですか! そう、そうだ、レベルはいくつなんですか?」
「確かレベル8だったはずだ」
「たったのレベル8!? そうか、三週間だったな・・・・・」
なんか声を荒げているが喧嘩か? 嶋崎さんが項垂れている。やり込まれたのは嶋崎さんか?
「彼の鍛え方はあまりにも異様。私から見れば常軌を逸していると言っていい。彼は付きっ切りで鍛えてはいるが、その内容は鬼畜と言っていいもの。死人が出ないのが不思議なくらいだ」
「水島さんにそこまで言わせるほどですか?」
「彼らは七等呪位としか戦わない。最初はスキルを覚えさせるために訓練をさせる。そしてそれが終わると風速くんが
「低レベルで七等呪位となんて……。足が竦んで戦えないのでは?」
「普通ならそうだな。だが、彼は戦わせる。何度もだ。BPが危なくなれば戻らせ、彼が回復しまた戦いに戻される。TPを使い切り、体力的に動けなくなる寸前までだ。訓練する側にとっては、永遠と感じるくらいだろう」
喧嘩が終わったと思ったら、また神妙な顔つきになり話し込んでいるな。何を話ているんだ?
「そんなことをしていたら、心が壊れる可能性もあるじゃないですか! 水島さんはなぜ止めさせないんですか!」
「彼は言っている。強くなるには最初が肝心だと。最初で間違えれば、もう後戻りはできないと。そして、君も見ているとおり、彼は実績を残している。クレシェンテに所属しているホルダーのうち、彼は言うまでないがほかに三人ずば抜けた逸材がいる」
「今日、来ているのですか?」
「二人は来ている。風速くんが認めPTを組んでいる神薙くんと雪乃くんだ。もう一人は高校生なので今日は来ていない。将来、クレシェンテに入ることが決まっている」
「そこまでですか?」
「将来、守護は確実。ホルダーを続けていれば、神将にも手が届く可能性はある。最近、風速くんは大いなる力を手に入れた。現役時代の私を超えるものだ。嶋崎くん、君でも今の彼に勝つのは難しいと思う。今の彼とやり合えるのは神将くらいなものだろう」
「笑えない冗談ですね……」
今度は葬式に出ているかのような沈んだ表情になっているな。
百面相か!?
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