179.訓練の前に

「正直、恢斗が心配ですわ」


 うちの連中が全員うんうんと頷いている。


 えっ!? 俺なの? 品行方正で何事にも真摯に取り組む俺が? なにが心配だというのだ?


 なんか、瑞葵がジト目で見ているんだが?


「誰にでも噛みつく癖があり、何事にも容赦のない恢斗がとても心配ですわ」


 人を躾のなっていない犬みたいに言うな! ちょっとだけ甘噛みしているだけで、本気じゃないぞ?


「風速くん、程々にお願いしますわよ。これから協力体制を築いていくのですから、あまり騒ぎは起こさないようにね」


 つ、月山さん、あなたもか!?


「恢斗の口撃は戦略級だからな。できれば、局地殲滅に留めてほしいな」


 麗華も格好よく言っているけど、ディスってるよね!


「よく来てくれました、水島さん。そして、クレシェンテのみなさん」


 嶋崎さんが声を掛けてきた。嶋崎さんは所謂俺たちのホスト役なのだろう。後ろにいるのはPTメンバーかな?


「合同訓練はこの子たちにとって、ほかを知るまたとない有意義なものになるだろう。感謝している」


「我儘言って無理矢理ねじ込みましたが、上も意外と乗り気でしたよ。この合同訓練もマンネリ化してましたからね。一部の者には事前に話を通しているので、水島さんのいる組織のホルダーがどれほどの実力か興味津々ですよ」


 水島顧問のホームだから仕方がないが、気に食わない。水島顧問はほとんど何もしていない。資料整理でさえ終っていないのだ。


「風速くん、久しぶりだね。何か顔つきが変わったんじゃないか?」


「男子、三日会わざればってやつですよ。呂蒙ほどではないが俺も日々成長している」


「いやいや、君は英雄呂蒙にも引けを取らない英雄だよ」


 二軍だけではなく、周りの自衛隊員さんのほとんどがこの逸話の意味がわかっていない様子。呂蒙って誰よ? って顔だ。勉強しろよ!


「候補ねぇ。俺なら本気の嶋崎さんに勝てますよ」


 ちょっと挑発してみたら、違うのが釣れてしまった。


「この子ですか? 隊長が言っていた子は。少々、口がなっていないようですが?」


 釣ってしまったこの女性隊員は、年の頃は三十くらいか?


「帯刀、気にするな。ホルダー社会は実力主義。彼にはその実力がある。しかし、風速くん、言うじゃないか。あれからそれほど経っていないぞ?」


 あれから三週間も経っている。妹やダークホルダーの襲来はあったものの、夏休み中のバイトしなくていい暇人大学生を舐めるなよ。まあ、ある意味バイトより稼いでいるが。


「レベル25」


「むっ、本当か?」


「そんな低いレベルで隊長に勝つと言っているの? 笑わせるわ。顔を洗って出直してくることね」


 いちいち突っかかってくるな、この女性隊員。その低いレベルでお宅の隊長さんとやり合ったってことに気づいていないのか?


「帯刀くん、久しぶりだね。復帰したと聞いて驚いているよ。てっきり退役すると思っていたのだが……」


「辞めたくてもそれが認められる状況ではありません。辞めないでくれと上に泣きつかれました。水島さん」


 交流会で話していた産休していた人ってこの人か。気が強そうな人だ。そのくらいじゃないとホルダーなんて続けられないか。


「たしか、あの時でレベル17。この短い期間でレベルを8も上げたのか。驚異的な早さだ。だとしても、本気の私に勝つとは自惚れすぎでは?」


 俺の適合率を150台、まさかで200台と予想して頭でそろばんを弾いているのだろうが、俺の適合率は250を超えている。ステ値の伸び率が違うのだよ。


 鼻で笑ってやった。


「その自信、奥義でも身に着けたか? だが、その程度私も身に着けているぞ?」


「そう思っていればいい。再戦を楽しみにしている」


「まさか!? 奥義の書か!」


 残念、秘剣の書でした。


「ほう。なかなか、活きの良い小僧じゃないか。なあ、水島」


「久しぶりだな、一条。まだ生きていたのか」


 なんか凄い挨拶だな。敵か?


「簡単には死なんよ。託された思いがある限りはな」


 そうでもなさそうだ。普通の知り合いのようだな。


 一条正親いちじょうまさちか Lv118 ホルダー232


 水島顧問が辞めた頃より少し低いか? それでも、嶋崎さん以上のホルダーを初めて見たな。


「小僧。今日の訓練最後にランクバトルで揉んでやろう。まあ、訓練についてこれたらの話だがな。はっはっはっ!」


「一条さん、本気ですか?」


「おう、嶋崎。後進の指導は先達の務めだろう?」


 これは面白くなってきた。嶋崎さんとり合えれば儲けものと思っていたが、鴨がネギ背負ってきたって感じだ。


「言質は頂きましたよ?」


「ほう。その意気やよし。水島、叩き潰すぞ、この小僧を」


「好きにしろ。言っとくが寝首を掻かれないようにな」


「お前が冗談を言うとはな。今日は嵐でも起きるか? はっはっはっ!」


 豪快な人だな。だが、ちょうどいい。水島顧問の現役時代の実力が、どれほどだったのか垣間見れるかもしれない。楽しみだ。


「やはりこうなるか……。恢斗らしいといえば恢斗らしいが」


「人の話をまったく聞いていませんわね! この駄犬恢斗!」


 なんかそこまで言われることをしたか? 二軍連中に目で問うと目をそらしやがった。


「胃が痛くなってきたわ……。薬飲もうかしら……」


 初級回復薬か異常状態回復薬飲みます? なんならアンクーシャを使いますけど?


 月山さんに睨まれた。解せぬ。




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