97.密約

「い、いいかね! この件に関しては総理や私は一切関知していない。ホルダー管理対策室長としてすべて君が判断し、君が責任を取りたまえ! だが、この件は総理に報告するからな!」


 小物だな。捨て台詞を吐いて部下と共に部屋を出て行った。


「やりすぎだと思うのは私との認識の相違かな? 風速君」


「はて? なんのことやら」


 だから、足を踏むのをやめてください! 月山さん!


 それにやりすぎ? 逆にまだまだ手緩い。ああいうのは害虫と言うのだ。なんであんなのが首相秘書官なんてやっているのか不思議だ。今の日本の政治の弊害そのものだ。


「さて、改めて謝罪しよう。確かに依頼の化生モンスターに関して情報を公開していなかったことは、我々のミスだといえよう。しかしだ、君は鑑定持ち、事前に化生モンスターの情報を見れたのではないかね?」


「さて、なんのことやら」


 さすがに今度は個人情報だけあって突っ込んでこないな。月山さん。


「まあいい、そういうことにしておこう。先ほども言ったが、我々ホルダー管理対策室は神薙家とは良い関係を築いていきたいと思っている。神薙家ご当主からだいぶ勝ち気な性格だとは聞いていたが、そんなに権力が嫌いかね?」


「まともな人間なら気にしない。ああいう、周りが見えず自分がすべて正しいとほざく輩は好きになれないだけ。ホルダー管理対策室でああいう奴の討伐依頼を出さないか? 最優先で狩るぞ?」


 痛い、痛いです。月山さん。足を踵で踏まないで!


「個人的な意見で言えば君に同意するが、これでもお役所勤めでね上には逆らえんのだよ」


 へぇ、意外と言うじゃないか。なんか、この人とは上手くやれそうな気がしないでもないな。本音ならだけど。


「まあ、今回の件は誰も目撃者がいないし、被害も少しだけ公園の芝生がことくらいだ。なんとかなるだろう。だがこれからは不測の事態が起きた場合は、必ず一報を入れてくれたまえ」


「それで、どうにかなると?」


化生モンスターの被害は年々増える一方だ。君が言ったように完全犯罪で犯人は見つからない。それでも正義感あふれ熱意ある警官、刑事は犯人を捜そうとする。仕方なく、ホルダー管理対策室や上層部はその案件を無理やり引取り、御宮入りさせる」


 どう関係があるかは知らないが、理解はできる。


「それで?」


「わかるかね。大いなる無駄なのだよ。誰が犯人か知ったうえで捕まえることができないとわかっている事件に、捜査本部を設置することが。そんなことに捜査本部を設置するくらいなら、ほかの事件に捜査本部を設置したほうがいいに決まっている。警察とはいえ金や人は有限なのだよ」


 まあ、そうだよな。お金は大事だ。


「だから、それで?」


「そんな金と人を出すなら、その場一帯を一時的に完全封鎖したほうが効率的だとは思わないかね? 理由などいくらでも付けられる。そのうえで化生モンスターを討伐すればいい。マスコミが厄介だが、君たちと上手く連携できれば問題はないだろう。これで答えになったと思うが?」


 なるほどな。ベストではないがベターなやり方ではある。いろいろ問題はありそうだが。


「それが本当なら、こちらとしてはこれ以上言うことはない。が、俺たちはこれでも学生でね。そうそう簡単にそんな大事おおごとに協力はできない。なので、そちらからクレシェンテに指名依頼を出してほしい」


「確かに。関係各所との繋がりもある。わかった。こちらからの指名依頼として調整しよう。さすがに頻繁には無理だが月一くらいでお願いしたい。だが、このことはほかの組織は洩らさないでもらいたい。今ここにいる者だけの密約だ」


「その辺はうちの月山と話をしてほしい。俺としては問題ない。それとそういう化生モンスターについては、地図や依頼から消すか色を変えてもらいたい」


「了解した。人が足りていない状況だが、その件は早急に手を打とう」


 こうして、事情聴取の後にホルダー管理対策室と意見交換ができたことは僥倖だった。信用はしても信頼はしないけどな。


「最後に、こちらとしては今回の件で矛を収める代わりに、情報が一つ欲しい」


「情報か……言ってみたまえ」


「錬成レシピと錬成を請け負う集団との接触方法」


「むぅ……錬成屋との接触方法は問題ない。レシピか……いいだろう。一般レベルのものは渡そう。だが、秘匿レベルのものは無理だと思ってほしい。我々とてタダで手に入れたわけではない。少なくない代価を払って手に入れたものである以上、勘弁してもらおう。もちろん、そちらから出す代価あるいは対価となる仕事が見合えば開示することはやぶさかではない」


 ほう。対価ねぇ。


「いいだろう。交渉成立だ。開示についても月山と話をしてほしいところだな」


「そうか。こちらとしても代価をもらったうえで、役立ててもらえるなら本望だ」


 お互いに握手を交わす。


「君とは一度ゆっくり話をしてみたいものだな」


「引き抜きの話でなければいつでも」


 お互いに握った手に力が入る。もちろん本気ではないぞ。今の俺が本気を出したら相手の手はグチャっと潰れるだろうからな。軽くだ軽く。


 まあ、今日の所はこんなところでいいだろう。


 十分に実りあるものだった。


 重畳、重畳。


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