83.顔合わせ会

「今日よりクレシェンテの始動開始です。みなさんの奮闘に期待しています。乾杯!」


 乾杯の音頭は月山さん。実質、クレシェンテを率いるトップだ。俺も瑞葵も麗華もまだ卒業までは間がある。


 瑞葵と麗華は弁護士志望でもあるので司法試験合格後には一年間の司法修習がある。実質、その一年間はホルダーとしての活動はできないだろう。副業禁止らしいので。ホルダーが副業になるのかは知らないが。


 なのでその間は休職扱いになる。その後に麗華は弁護士としての経験も積み、同時にクレシェンテの運営に関わるので、二足どころか三足の草鞋を履くことになる。瑞葵もいずれそうなる。


 なので、月山さんという人材はとても重要な立場にいるわけだ。


 月山さんのほかに五人の女性がジュースの入ったコップを掲げる。この五人はクレシェンテの運営にかかわる者たちだ。このほかに弁護士や会計士などがいるが、俺たち三人と事務所の六人がクレシェンテ職員となる。


 クレシェンテは日中勤務と夜間勤務に分かれ、日中勤務組は主に経理などの事務やホルダー管理対策室やそのほかの組織との折衝が仕事となる。


 夜間勤務組は俺たちのサポートが主となる。七等呪位は十八時以降にしか出現しないので、必然的にホルダーの仕事は夜限定となる。そのため、現場までの送迎。緊急時の連絡要員として必ず一人付くことになる。もう一人は事務所でのサポートや報告書作成などすることになっている。


 日中勤務組は十一時から十八時まで、夜間勤務組は十六時から二十三時まで。二時間重なるのは引継ぎ等が必要になるためだ。日曜を定休とし、別に各自自由に週一休みを取ることになっている。完全週休二日制のホワイトな職場だな。


 俺たちは卒業するまでフリー勤務。


 俺の作ったスケジュールアプリを職員全員に渡すことで、事務所でスケジュールを管理してもらうことになっている。


 月山さんは日中勤務組担当で、星野さんという月山さんの元秘書をやっていた方が夜間勤務組担当リーダーとなるそうだ。


 しかし、男性が俺しかいない……。女性陣は和気あいあいとしているが、俺は凄く浮いている。


 月山さんと星野さんが四十歳前後くらいで、ほかの女性陣はそれより下。みんな神薙家と雪乃家の縁者となっているので、仲がいいのはわかるが、俺忘れられていませんか?


 まあ、いいさ。俺は食い気で行かせてもらう。そうだ、食ってやる! せっかくデリバリーされた高級料理店のオードブルにお寿司まであるのだ。残すなんてもったいない。残ったとしたらテイクアウトさせてもらおう……。


「風速くんはどっちのお嬢さんを狙っているのかしら?」


 急に月山さんが話しかけてきた。


「狙ってなんかいませんよ。仲間です。彼女らとは住む世界が違いすぎる。付き合いきれません」


「それにしては神薙のご当主様と対等に話をしていたとか。私たち一族の者でもそんなこと恐ろしくてできないのに」


「逆じゃないですか。住む世界が違うからこそ、どうとでもなれと虚勢を張っているだけかもしれませんよ?」


 何かあれば両親に迷惑をかけるかもしれないが、だとしても命までは取られないだろう。失うものなんてたかが知れている。


「それでも、ご当主様はあなたのことを気に入ったようよ。神薙家も雪乃家のご令嬢たちはまだ誰も結婚も婚約もしていないから、誰かと一緒にさせ身内にと思っているわよ。きっと」


「勘弁してください」


 本当に勘弁してくれ。ただの凡人である俺が、あの才女たちと釣り合いが取れるわけがない。


「それにクレシェンテはあなたのために作られ組織なのよ。瑞葵さんも麗華さんもずっとホルダーを続けるかなんてわからないのだから」


「……」


 確かにそのとおりなのだ。瑞葵も麗華も今はホルダーに興味を持っているが、いつ辞めてもおかしくない。神薙家と雪乃家のご令嬢なのだ、命を懸けてまで戦わずとも、安寧な生活が約束されている。


 特に二人は弁護士志望。俺と違いわざわざ裏の世界で正義のヒーローごっこをせずとも、表の世界で正義のヒーローとして輝ける。


「ご当主様もこうして組織を立ち上げた以上、そう簡単には身は引けない。そうなれば何としてもあなたという人材を引き留めて起かなければならないわ。一番簡単なのが身内に引き込むことね。そうそう、神薙家の姉妹も雪乃家の姉妹も、人が羨むほどの羞花閉月の如き美人ばかりよ?」


 今俺は背筋に冷たいものが走っている。悪寒なんてものじゃない、これは恐怖だ……。


「外から見ているからこそ愛でるのであって、それが自分のものになったら気が休まる時がなくなりますよ」


「聞いていた話と違って、風速くんって意外と草食系なのかしら?」


 違います。間違いなく肉食です。小市民的なグルメなだけです。


「ですけど、そういう話があるということは、覚悟だけはしておいたほうがいいわよ。断る断らないは風速くん次第だけど」


「……心に留め置きます」


 胃が痛くなってきた……。


 この後、全員と取りあえずお話をして顔合わせを済ませ、今日は終了。明日から通常業務が始まり、俺たちも明日から活動開始。狩りは情報を精査した後から始めると決めた。


 水島氏も明日から来るようで、ホルダー管理対策室からもらった資料の精査をしてもらうことになっているそうだ。


 そこら辺も踏まえて、詳しい打ち合わせは明日行うということになった。


 みんなで片づけを始めた時にオードブルやお寿司を処分しようとしていたので、すべてテイクアウトした。正直、回る寿司屋のネタより間違いなく高級。少しばかり時間が経ったくらいで捨てるなんてもったいない!


 嫌なことを忘れて、俺が食う!


 今日は一日、寿司三昧になりそう。やったぜ!




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