80.本音と建前
朝起きて普通にラフな服装に着替えて出発。近くの駅に向かって昨日教えられた住所に向かう。
新宿歌舞伎町なんていうと黄金の飲み屋街が有名だが……すぐ近くだった。
そんな新宿区役所の近くのビルの四階。ちゃんと入居テナントが書かれている壁にクレシェンテの名がある。専用カードがないとエレベーターが動かないようでインターホンで名前を名乗るとエレベーターが使えるようになった。
エレベーターが降り、受付で再度インターホンで話すとドアの鍵が開いて女性が顔を出す。
「どうぞお入りください」
中に入ると広いフロアーになっている。事務所というよりフリーな休憩室っぽい。大きなテレビやソファーが置かれている。
そのフロアーを通り抜けると本来の事務所のようだが、日本の事務所というより海外の事務所に来た感じになる。すべてガラス張りだが個室となっているからだ。中央が会議ができるように広いスペースになってテーブルが置かれている。
その中央のテーブルの椅子に瑞葵と麗華が座っていた。そこに俺も座ると、先ほどの女性とは別の女性がお茶を持ってくる。
俺を連れてきた女性が俺たちの前の席に座る。
「風速君とは初めましてね。クレシェンテの副所長を務めることになった
年の頃は四十歳前後か? 見た目はやり手のキャリアウーマンだな。元はNPO法人の理事をしていたそうだ。神薙家の分家筋の方らしく今回の組織立ち上げで引き抜かれたらしい。それだけ優秀な人ということだな。
所長は麗華が務めるが、実質のクレシェンテのトップはこの人になる。
「まさか、こんな世界があるなんて思いもしなかったわ」
まあ、そうだろうな。常識的に考えれば誰でもそう思う。
「話はあとでゆっくりしましょう。まずは、やらなければならないことを済ませてしまいましょう。もう来て待っていらっしゃるわよ」
そう、今日来たのはクレシェンテでの顔合わせもあるが、本命は顧問候補の元ホルダーとの面接。
面接場所は小会議室。十人も入れば狭く感じる広さの会議室だ。
そこに五十前後のロマンスグレーの渋メンが座っていた。厳つい顔ではなくどちらかというと優男系。ガタイはいい、スポーツマンって感じだ。ただ、着ているのが白のワイシャツに黒のスーツ。これにサングラスを付けたら、異星人取締官か八九三だな。
ここからは俺たちだけ、月山さんは部屋を出ていく。お互い立って握手を交わし挨拶をする。
「風速恢斗だ」
「神薙瑞葵よ」
「雪乃麗花です」
「水島俊一郎だ。よろしく頼む」
さて、何から聞こうか。履歴書なんてものはない。この人の経歴は元ホルダーランク200番台のホルダーということだけ。ほかのことは何も知らない。ホルダー管理対策室から紹介されたというだけ。
用意されていたお茶のペットボトルを開け喉を潤し、俺が口火を切る。
「では、始めよう。ホルダーを引退した理由を聞きたい」
「仲間の死に耐えられなかった。次は自分かと思い、死を感じたら戦えなくなっていた」
なるほどね。最初から重い話だったな。
「今回の件を受けるに至った経緯をお聞きしたいわ。高ランクのホルダーだったのであれば、お金には困っていたとは思えませんわ」
「そうだな、金には困っていない。後進の育成に興味がでたからだろうか。ホルダーだった頃は、ずっと
「建前はどうでもいいですわ。本音はどうなんですの?」
「ホルダー管理対策室には借りがあってな、雇われる云々は別としてその貸しを返せと言われた。だが、先ほど言った後進の育成については嘘は言っていない」
ぶっちゃけたな、この人。自分からホルダー管理対策室の紐付きですよと言いやがった。
「では、問います。もしどうしてもクレシェンテとホルダー管理対策室で二択を迫られた場合、どちらを選ぶつもりですか?」
麗華らしい、予想ではなく起こり得る断定した質問はさすがだ。だがなぁ……。
「難しい質問だな。そうだな、人命が関わる場合であればクレシェンテを優先しよう」
「……」
「話になりませんわ!」
俺的には予想された回答だったが、麗華は難しい顔、瑞葵は憤慨している。麗華と瑞葵はクレシェンテに忠誠をなんて考えているのかもしれない。
「いいんじゃないか。それで」
「「恢斗!?」」
「俺たちが欲しいのは本当の顧問ではなく情報だ。別にクレシェンテに骨を埋めてほしいなんて思っていない。前にも言ったろう。古い考え方を押し付ける人間は必要ないと。割り切ればいい。俺たちは対価を払い情報をもらって、俺たちで新しいホルダーの道を作る。それだけだ」
ホルダー管理対策室から送られてくるんだ、こうなることは当たり前。
逆に隠さずはっきりと本音を言うだけ見どころはある。
信用はしても信頼しなければいいだけだ。
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