55.骨董品

 で、でかい! 


 今、俺は市ヶ谷に来ている。そして神薙家の門の前にいる。角から角まで一町まるごと屋敷のようだ。小市民の俺から見ると信じられない光景だ。


 着なれない大学の入学式用に買ったスーツを着て、日本橋の老舗和菓子店の金鍔を贈答用に風呂敷に包んでもらい、手に持ち門の前にいる。


 あまりにも場違い感が凄い。帰りたい……。


 とはいえ、帰るわけにもいかず、正門の横にある小さい門にあるインターフォンを押す。もちろん出るのは神薙家ご本人ではなく、執事みたいな人。


 今日、ご当主と会う約束があることを告げ、数分待たされ小さい門の鍵が開き黒服の男性が出てきて、本来の玄関まで案内され今度はお手伝いさんに引き渡される。


 あまりにも現実離れしている。やべぇ、めっちゃ緊張してきた。


 玄関で靴を脱いで上がり、広い日本庭園に面した長い渡り廊下を進みこれまた広い部屋に案内される。


 誰もいない部屋でひとりぽつんと座布団に正座で待っていると、


「恢斗、よく来ましたわ」


 知ってる顔を見て、ホッとする自分がいる。


 瑞葵はいつもの服装とは違い、大正のモガを思わせるようなワンピース。普段着なのだろうか? 口惜しいが似合っている。


 見惚れているのも口惜しいので、お土産の金鍔を渡す。


「あら、恢斗にしては気が利くじゃない」


 えぇーい、貴様は何様だ! お嬢様だったな……。


「お父様はもうすぐ来るわ。もう少しお待ちになっていて」


 そう言って金鍔を持っていなくなる。


 またひとりぼっちかよと思ったら、青い猫が部屋に入って来る。お前、召喚されたままなのかよ……。


 その青い猫、どらちゃんは俺を一瞥したにも関わらず、我関せずとあくびをして日当たりのいい渡り廊下で丸くなる。お前、俺に喧嘩売ってる? 消滅させてやろうか!


「待たせたね」


 瑞葵と恰幅のいい和服の男性が部屋に入って来る。瑞葵の父だな。名家の当主で政財界に力を持つ人物。確かにそれだけの威厳を持っている。


 俺の正面、大きな座卓で向かい合う形で座る。瑞葵は俺の横に座った。


「本日はお会いする時間を作っていただきありがとうございます」


「うむ。気にすることはない。こちらとしてもなかなか興味深い話を娘から聞かされ、君に会いたいと思っていた」


「ありがとうございます」


 ホルダーから二つの箱を出し、瑞葵の父の前に差し出す。


 さすがに何もない所から急に物が出てきたことに驚いた様子を一瞬みせたが、すぐに平静を取り戻したところはさすがだ。


「これは?」


「瑞葵さんからご当主は骨董に興味をお持ちと聞き持参しました。お納めください」


 絵皿の箱を開け中身を確認する瑞葵父。


「柿右衛門のようだが箱が新しいが?」


「前の持ち主が新しくしたようですが、十代柿右衛門花鳥図皿となります」


 調べたところ十代は江戸時代末期の人のようだ。十分に骨董品と呼べるだろう。


「十代柿右衛門……。本物かね?」


 まあ、そう思うよな。


「この後の話にも通じますが、ホルダーになると特殊な能力を得ることができます。私が持つその特殊な能力の中に簡易な鑑定ができる能力があり、その物の情報や価値がわかります」


「鑑定……。それで、この絵皿の鑑定結果は?」


「十代柿右衛門花鳥図皿五枚、価値五百五十万円」


「ほう。こちらは掛け軸かな? こちらの鑑定結果は?」


 気になるよな。いい感じに上手く喰いついてくれた。情報をくれた瑞葵に感謝だな。


「横山大成の紅梅雪図の掛け軸。価値二千二百万円。前の持ち主が気に入った絵だったようで表装を新しくしたようですが、本紙が本物とは思っていなかったようです」


「よ、横山大成かね……」


 二千二百万だぞ。どんな金持ちだってさすがに驚くだろう。


 瑞葵父、急に破顔し急に床の間に飾ってあった大皿を大事に抱え座卓に載せる。


「これを鑑定してしてくれないかね?」


 大きな皿だ。見るからに高そうだ。


「古伊万里の伊万里絵皿。価値百二十万円ですね」


「……」


 あれ? なんだこの気まずい雰囲気は。


「ぷっ、ねぇ。偽物だったのね。千二百万が百二十万……ぷぷっ」


 いやいや、偽物ではないぞ? ちゃんとした伊万里焼きには違いないぞ? 千二百万円はしないけど。 ってそういうこと? 古伊万里だと思って千二百万円で買ったってことか……。


 百二十万円の皿でも凄いな、なんて思った小市民と違って金銭感覚が違う人たちだってことを忘れていた……。


 正直に言ったのは不味かったか?


「う、うむ。こちらはありがたく頂いておこう」


「誤魔化したわね」


 ああ、誤魔化したな。まあ、俺はスルーするけどな。


 掴みはOKとまではいかなかったが、及第点だったろう。


 さあ、ここからが本番だ。







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